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星が告げた、始まりの終わり

「おい、そこ! ぼーっと立ってると邪魔だぞ」


商人に軽く肩を小突かれ、青年は小さく頭を下げて道をよけた。

手に持ったチラシは風にあおられ、しわくちゃになっていた。


《星霊占い・今日限りの無料鑑定》


――どうせ暇だし。

それだけの理由で、彼は占い小屋の扉を開けた。


「いらっしゃい」


中にいたのは、まだ若い女性だった。くすんだ金の髪を編み、青いローブをまとっている。

優しげな声に、彼は少し驚いた。


「……本当に無料なんですか?」


「はい。ただし、“今”の運命しか見られません。それでも?」


「どうせ何もないし。お願いします」


彼は小さな声で答え、古びた椅子に腰を下ろした。

彼女――リュミは黙って頷くと、星霊盤と呼ばれる魔道具に手をかざす。


盤面に散らばる光が、ゆっくりと形を成してゆく。

静かな時間。だがその中で、リュミの顔色が徐々に変わった。


「……あなたの、寿命は――」


言い淀んだ彼女に、彼は先回りするように笑った。


「残り、一ヶ月。でしょ?」


「……どうして、そう思ったの?」


「なんとなく。最近、何をしても“終わっていく感じ”がしてたから」


その言葉には、奇妙なほどの落ち着きがあった。


リュミは迷った。告げるべきか。否、これは“事実”だ。

占い師は、真実から目を背けてはならない。


「……はい。星霊盤が示す寿命は、あと一ヶ月です」


青年は、深く息を吐いた。


「そっか。やっぱりな」


「……怖く、ないんですか?」


「怖いよ。でも……」


青年は不意に窓の外を見た。

外は晴れていた。どこまでも、雲一つない空。


「俺、これまでずっと“無駄”に生きてたんです。やりたいこともないし、親とは絶縁。友達もいない。ただ、起きて、寝て、また朝が来て……それを繰り返すだけ」


「……」


「でも、一ヶ月で終わるって決まったなら……せめて最後くらい、何か意味のあること、してみようかなって」


彼は笑った。それは悲しい笑顔ではなく、不思議と晴れやかだった。


「占ってくれて、ありがとう。じゃあ、俺……少し、生き直してきます」


そう言って彼は、小屋をあとにした。



それからの一ヶ月、彼の足取りはゆっくりと、けれど確かだった。


通りすがりの老婆の荷物を持ってやったり、

迷子の子どもを衛兵のもとへ届けたり。

町角の楽士に銀貨を一枚投げて「いい音だったよ」と言ったり。


彼にとっては、どれも特別なことではなかった。

ただ、誰かと少し関わってみたかった。それだけだった。


夜になれば、手紙を書く。


《父さん、母さんへ。元気ですか?

……今さらだけど、俺、ちょっとだけ、がんばってます。》


未送の手紙は、机の上に積まれていった。


誰に褒められたいわけでもない。ただ、生きた証を残したかった。



そして――最期の週。

彼はもう一度、小屋の扉を叩いた。


「……こんにちは」


「……いらっしゃい」


再び対面したリュミは、青年の顔を見て、一瞬だけ言葉をなくした。

その表情には、以前にはなかった“光”があったのだ。


「顔つきが……変わりましたね」


「そう? たぶん、ちょっとだけマシな人間になったかも」


「……占ってみますか?」


彼は頷き、椅子に座る。


リュミはまた、静かに手を星霊盤にかざした。


盤はゆっくりと回転を始め、再び光が集まり、形を結ぶ――

その瞬間、盤の奥で、ごく微かな“揺らぎ”が走った。


「……っ」


「どうかした?」


「……あなたの運命に……小さな変化があります」


「変化?」


「寿命は、まだ“一ヶ月”というまま。でも……盤が少し、光ったんです。

わずかに、けれど確かに。まるで――運命が軌道を変え始めたみたいに」


青年は、しばらく黙っていた。

そしてぽつりと言った。


「……俺、今まで“変わらない”ことに絶望してた。どうせ何をしても、人生なんて無意味だって。

でも、この一ヶ月で気づいた。たとえ無意味でも、人に優しくするって、案外、心地いいんだよ」


「……ええ」


「リュミさん、ありがとう。あなたの占いがなかったら、俺はきっと、何も変えられなかった」


青年は席を立ち、軽く会釈して出ていこうとした。


だが、扉の前でふと足を止める。


「そうだ……もう少し、生きてみようかな。“もしかしたら”を信じてさ」


それは、自分自身への小さな賭けだった。

でも、その声には確かな“意志”があった。


彼の背中を見送って、リュミはそっと息をついた。


盤を見下ろせば、微かに揺れる星々が今も煌めいていた。

運命は確かに“今”を示す。けれど、それは決して絶対ではない。


彼のように、変わろうとする者がいる限り――


星たちも、未来の形を“書き直す”のだ。


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