『光さす、食卓の真ん中に』ライルの家族のその後
木々の葉が色づき始める頃。ライルの家には、久しぶりに香ばしい匂いが戻っていた。
「ライル、ご飯できたわよ。お父さんも呼んできて」
「うん!」
母の明るい声が響き、ライルは小さな足で庭へ駆け出した。
かつて沈んでいた家の空気は、少しずつ変わり始めていた。
きっかけは、あの占い小屋だった。
姉のリゼが病を隠していたこと、父が職を失っていたこと、母がそれを一人で抱え込んでいたこと――
家族それぞれが“嘘”をついていた。優しさの名を借りた、黙っているという嘘。
でもライルは気づいた。
隠し事は、誰かの負担になる。
そして、真実を知ったあとにこそ、絆は強くなるのだと。
あの日から、家族は“話す”ようになった。
思っていること、困っていることを――小さなことでも。
その第一歩を踏み出しただけで、食卓には灯がともった。
「ただいま。父さん、薪割り終わったの?」
「うむ、あとは明日の分だけだな。今日はポトフか?」
「うん!母さんがいっぱい煮込んでくれたんだ」
二人で並んで家へ戻る。
その様子を台所から見ていた母の目が、ふと優しく細くなる。
「あなた、今日は町に出てたんでしょう? 何か収穫あった?」
父は少し照れたようにうなずく。
「教会の倉庫仕事を手伝ったらな。副牧師様から“冬の保管担当”を任されそうなんだ。報酬は少しだけだが……ありがたい話だ」
「本当?それは……よかった」
「本当だとも。……今度こそ、ちゃんと向き合いたい。仕事のことも、家族のことも」
母の目に、うっすらと涙が浮かんだ。
何かが崩れ落ち、何かが立ち上がる音が、静かに家の中に響いていた。
⸻
夜になり、暖炉の前でリゼが静かに本を読んでいた。
最近は調子がよい日が増えてきた。医者からは「油断は禁物」と言われていたが、
薬を飲み、体を温め、よく眠る――
それだけでも、表情はずいぶん柔らかくなった。
「リゼ、今日の外の空、すごく赤かったよ。見た?」
「ううん、見てない。どんな感じ?」
「なんていうか……桃のジャムみたいな色!」
「ふふっ、それ美味しそう」
二人の笑い声に、母が鍋から顔を出す。
「じゃあ、明日の朝はパンと桃ジャムにしましょうか。冷蔵庫に少し残ってたはずよ」
「やった!」
リゼが顔を上げ、少しだけ真面目な表情になった。
「ねえ、ライル」
「ん?」
「……この前、ちゃんと言えなかったけど、ありがとう。私が隠してたこと、あなたが言ってくれなかったら……今でもたぶん、私は平気なふりしてたと思う」
「……ううん。姉ちゃんを見てたら、なんかおかしいって思っただけ。家族だし」
「そうね。家族だものね」
その言葉に、母も父も静かにうなずいた。
それは、忘れかけていた合言葉のようだった。
⸻
日が変わり、ライルはひとりで町に出ていた。
手には、あの占い小屋の看板を描いた紙。
「まだあるかな……」
路地を抜け、角を曲がると、白壁の小屋が見えてきた。
リュミ――あの占い師の名を、ライルは今でもはっきり覚えていた。
彼女は、ただ「真実」を伝えただけだった。
でも、誰かがそれを言ってくれなければ、勇気は生まれなかった。
「こんにちは!」
扉をノックすると、しばらくして中から返事があった。
「あら……ライルくん。また来てくれたの?」
リュミは少し驚いたような、でもすぐに笑顔になった。
「うん。今日は……ありがとうって言いに来た」
リュミは少しだけ目を丸くしてから、穏やかに頷いた。
「家族、変わったんです。前よりも、みんなで話すようになった。お父さんも仕事に行くようになったし、姉ちゃんも元気になってきた。母さんも笑うようになった」
「……そう。それは本当に、よかった」
「でもね。たぶん、俺たちはまた迷うこともあると思う。言えなくなったり、怖くなったり……でも、その時は――また話せるように、頑張る。あの日のことを忘れなければ、大丈夫な気がするから」
「うん。きっと、そうね」
リュミの目が、少しだけ潤んでいた。
でも、それは悲しさの涙じゃない。
きっと、それは「つながった」という安堵の光。
「じゃあ、また何かあったら来ていい?」
「もちろん。星たちは、いつでも君の味方よ」
ライルはにっこり笑って、うなずいた。
帰り道。空は高く、どこまでも澄んでいた。
未来はまだ見えないけれど、胸の奥には、小さな灯りがあった。
それは――
家族で囲む温かい食卓。
姉の笑顔、父の言葉、母の涙、そして自分自身の変化。
きっとこの先も、いろんなことがあるだろう。
でも、あの夜を越えた家族なら、大丈夫だ。
ライルはゆっくりと家路を歩き出した。
その歩幅は、少しだけ――昨日よりも大人びていた。