未来は、ひとりでは変えられない
雨上がりの午後、まだ空に薄雲が残る頃だった。
リュミの小屋に現れたのは、旅人風の青年だった。
焦げ茶色の短髪に、くたびれたコート。どこか、時間の止まった眼差し。
だが、手元だけはきつく握られ、震えていた。
その震えにこそ、彼の“願い”が滲んでいた。
「お願いがあります。――あの人の未来を、見てくれませんか」
青年の名はカイと名乗った。
話によると、彼にはかつての親友がいるという。
共に育ち、何でも語り合い、傷を舐め合いながら生きてきた唯一の存在。
けれど数年前から、親友は違法な仕事に手を染めるようになった。
最初は小さなことだった。だが、次第に後戻りできない深みへと沈んでいく姿を、カイはずっと傍で見ていた。
「俺は何もできなかった。止めようとすると、いつも“お前に何が分かる”って突き放される。
……でも、今もあいつのことを放っておけない。
どうすれば――あの人の未来を、変えられるんだ……?」
リュミは黙って頷き、星霊盤に手を添えた。
小屋の中に、わずかに光の粒が浮かび上がる。
やがて盤面には、二つの影が現れた。
一つは、うずくまる小さな灯。
もう一つは、その前に立ち、そっと手を差し出している影。
「これは……」
「星は、“支え合う二つの意志”を見せています」
カイが顔を上げた。
「それは……俺と、あいつが……?」
「そうです。あなたは、未来を“変える力”がないと思っている。
けれど、星はそれを否定しています。
変えたいと思う心は、無力ではありません。
あなたの意志が、あの方の中にまだ残っている“信じたい気持ち”を呼び起こす。
未来とは、ひとつの力ではなく、“共にある意志”で開かれるものです」
カイの目が、見開かれた。
「……でも、俺は何を言っても、もう届かない気がしてるんだ。
あいつ、ずっと笑ってごまかすんだ。平気な顔して、危ないことにも手を染める。
“こうするしかなかった”って、諦めた顔で」
リュミは目を閉じ、静かに語る。
「それでも、諦めきれずに、ここに来られたのですね。
占いに頼ることを、恥じないでください。
それは、“誰かの未来を願う力”です。
あなたのその想いは、確かに星に届いています」
沈黙が落ちる。
雨が、屋根にぽつりと一滴だけ残った水を打った。
やがて、カイは小さく呟く。
「昔、あいつが言ってたんです。
“俺はカイみたいに真っ直ぐになれない。お前は、誰かのために本気で泣ける人間だ”って。
……なのに、今の俺はただ見てるだけで――全然、何もしてやれてない……」
「その言葉は、あなたにとって“呪い”ではなく、“証”です。
その方は、あなたのことを尊敬していたのです。
今も、どこかで“変わりたい”と願っているのではないでしょうか。
それは、あなたの言葉にこそ反応する心です」
カイの目に、何かが宿る。
「……本当に、変えられるんでしょうか。俺に、何かできるんでしょうか」
リュミは静かに微笑んだ。
「できるかできないかではなく、あなたが“どうありたいか”が未来を決めます。
怖くても、傷ついても、それでも向き合う覚悟があるなら、きっと――星は応えてくれます」
カイは、しばらく何も言わなかった。
けれど、その沈黙には明確な決意の熱が宿っていた。
やがて彼は立ち上がった。
「――行きます。
あいつに、もう一度会って、言います。
“お前のために生きたい”って。
……きっと、それで怒鳴られて、殴られるかもしれないけど……それでもいい。
俺は、見捨てたくない」
リュミは頷く。
「その意志が、星を動かします。あなたのその光が、きっと誰かを照らすのです」
カイは微笑むように小さく息を吐き、戸を開けた。
その背中に、今度は迷いがなかった。
いつかこの青年が、かつての親友と“並んで歩く日”が来るかもしれない。
いや、来てほしい――リュミはそう願った。
星霊盤の灯は、確かにその未来の兆しを示していた。




