星の光は、路地裏にも届く
小屋の扉がそっと開かれたのは、夕方のことだった。
空は茜色に染まり、光が地平に傾きかけていた。
現れたのは、やせっぽちで小柄な少年だった。
手には泥がつき、服の袖はほつれている。靴も左右で色が違う。
だが、その目だけは、やけに真っ直ぐで――どこか、何かを諦めたように乾いていた。
「……なあ、お姉さん。俺の“未来”って、どうなってんの?」
リュミは驚かなかった。ただ、優しく椅子を指さした。
「よければ、名前を教えてもらえる?」
「……ケイ」
座る姿もぎこちない。椅子に慣れていないのか、あるいは、人と向き合うことに慣れていないのか。
「ケイくん、今日はどうしてここへ?」
彼はしばらく黙っていた。やがてぽつり、と言う。
「……これまで、ずっと盗みばっかしてきた。食いもん、服、金……悪いことだって分かってる。でも、やめたら死ぬ。だからやってた」
そして、言葉を詰まらせた。
「でも……もう、疲れたんだ。逃げるのも、嘘つくのも。
初めて“怒らずに話を聞いてくれた”のが、あんたなんだ」
リュミは微笑まず、ただ静かに聞いていた。
「だからさ……もし“やり直せる未来”があるなら、知りたいんだ。もう変われないのかなって。
どうせ俺は、クズだって思われてるけどさ」
少年の言葉に嘘はなかった。ただ、過去の重みが、肩に鉛のようにのしかかっていた。
リュミは立ち上がり、星霊盤の上にそっと手を置いた。
「ケイくん。占いというのは、未来を決めるものではありません。
それは“今のあなた”が、どんな光を宿しているかを見るものです」
そして、盤の上に小さな星の光が現れた。
最初は濁っていた光が、リュミの手が触れるたびに、わずかに澄んでゆく。
中心には、小さな影が描かれ、その足元には――立ち止まる一人の姿。
「……星は、“誰かのために立ち止まる日”が来ると告げています」
ケイの眉がわずかに動いた。
「誰かの、ため……?」
「はい。あなたはこれまで、自分を守るために生きてきた。
でも星は、やがて“誰かを守るために、自分の足を止める”と告げている。
それは――自分だけでなく、他人を信じられるようになるということです」
「信じる……なんて、したことないよ。信じたら、裏切られるだけだった」
「それでも、信じるという選択をしたとき、はじめて“過去”から一歩、抜け出せる」
リュミの言葉に、ケイは目を伏せた。
「でもさ、俺みたいなやつ、もう手遅れじゃないの? 盗んだモンの数なんか、もう覚えてないし」
「……ケイくん、過去はあなたの“重さ”じゃありません」
「……え?」
「過去は、あなたが背負う“荷物”ではなく、あなたをここに連れてきた“道”です。
その道がどんなに曲がっていても、先は真っ直ぐにできる。
大事なのは、“今、どこに立っているか”です」
ケイは、震えるように笑った。
「なんだよ、それ。……おとぎ話みたいなこと、言うんだな、あんた」
「おとぎ話が嘘かどうかは、物語の“続きを生きた人”にしか分からない」
そう言うと、リュミは小さな布袋を渡した。
中には、磨かれた銀色の小さな星の欠片が入っていた。
「これは、お守り。もし心が揺れても、“誰かのために立ち止まれる日がくる”って、忘れないでほしいから」
ケイはそれを受け取って、しばらく無言だった。
だがその手は、確かに震えていた。
怒りでも、飢えでもなく――初めて、自分以外の誰かから何かをもらったことに、戸惑っているように。
「……じゃあさ」
ケイが立ち上がり、扉の方を向いた。
「俺、ちょっとだけ頑張ってみるわ。……そっからまた、ダメになったら、また来てもいい?」
リュミは微笑んで、うなずいた。
「ええ。その時はまた、星に聞きましょう」
扉が閉まり、夕闇が深くなる。
星霊盤の光は、まだかすかに残っていた。
“誰かのために立ち止まる日”――その日は、今日ではないかもしれない。
でも、今確かに一歩踏み出したその背中に、星の光はそっと差し始めていた。




