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星のような日々

わしの一日は、だいたい同じように始まる。

朝、ゆっくり目を覚まし、湯を沸かして、ひとりで朝飯を食べる。

誰もいない家は静かで、椅子のきしむ音だけがやけに響く。


……昔は、こんな静けさが堪らなく寂しかったもんじゃ。


けれど今は、少し違う。


湯飲みを干して上着を羽織れば、自然と足が市場の方へ向く。目的地は、あの古びたベンチ。ちょうどリュミの占い小屋の角を曲がった先、リンゴ屋の前のやつだ。


あそこに座っていると、いろんな子どもたちがやって来る。


「おじいちゃん、またお話して!」


「この前の話の続き聞きたい!」


そう言って寄ってくるのは、町のいたずら坊主たち――ルカ、ティナ、それに双子のサムとリリィ。年はバラバラだけど、皆わしの話を目を輝かせて聞いてくれる。


「おじいちゃん、ほんとにドラゴン見たの?」


「いや、あれはドラゴンというより、大きなトカゲじゃな。でも火を噴くんだから、十分ドラゴンじゃろう」


「それって怖くなかった?」


「怖いもんは、怖かったさ。でもな……わしの後ろには仲間がいた。逃げるわけにはいかんかったんじゃ」


そう語ると、子どもたちは一斉に「かっこいい!」と叫ぶ。


……正直言えば、誇れるほどのことじゃない。若い頃のわしは、ただ命令に従って剣を振るっていただけだった。仲間を守ったというより、自分が怖くて動けなかったことだってある。


けれど子どもたちは、そんな話にも真剣な顔をして耳を傾けてくれる。


その瞳を見ると、心の奥で何かがじんわりと温かくなる。


ある日、ルカがそっと聞いてきた。


「ねえ、おじいちゃん……ぼく、学校で“役立たず”って言われたんだ。何しても遅いし、みんなより下手って……。ぼく、いなくてもいいのかなって思っちゃってさ」


その言葉に、わしは思わず息を呑んだ。

昔の自分の姿が重なったんじゃ。


誰かの役に立たなきゃ、生きている意味がない。

そう思い込んで、長いこと歩いてきた。


わしはルカの頭を撫でて言った。


「役に立つかどうかは、他人が決めるもんじゃないよ。お前が笑えば、誰かが嬉しい。それだけで、立派な“役割”じゃ」


ルカは黙って頷き、次の日からまた笑顔で来るようになった。


ある夕暮れの日、ティナが小さな花束を抱えてやって来た。


「おじいちゃん、これ……ママが作ったの。お話いつもありがとうって!」


わしは驚いて、花束を受け取った。白い野の花と、小さな青い花が束ねられている。香りが、なんとも優しかった。


「ママも言ってたよ。おじいちゃんが町の子に話してくれてるおかげで、皆が前より優しくなったって」


そう言って笑ったティナの顔は、まるで春の陽のようにあたたかかった。


その晩、わしはその花を机の上に飾った。花瓶なんぞなかったが、代わりに空き瓶に差しておいた。

何年ぶりじゃろうな、花を飾ったのは。


あるとき、リュミの小屋に立ち寄った。例の星霊盤で、わしの未来をもう一度見てもらいたくなってな。


リュミは少し驚いていたが、快く盤を展開してくれた。


静かに回る盤から、柔らかな金の光が立ち上がった。


「……“あなたの言葉が、未来を育てています”」


そう読んでくれたリュミの声は、確かに震えていた。


「おじいさん……たぶん、今のあなたは……いちばん星に近い人かもしれません」


わしは照れくさくて、肩をすくめて笑った。


「そんな大げさなもんじゃない。……ただ、少しだけ、わしにも居場所があるって気づけただけじゃ」


リュミは、静かに微笑んだ。


あの若い娘も、なかなか苦労してるようだ。自分の言葉に責任を持ちすぎるところがある。でも、それもまた、人の痛みに寄り添うために必要なことなんじゃろう。


最近は、子どもたちのほうが“話をしに来てくれる”。自分の悩み、夢、ちょっとした秘密まで。


リリィなんぞ、好きな子の話までしてくる始末じゃ。


「でもね、サムには内緒なの。双子だけど、そういうことって言いにくいでしょ?」


なんて生意気なことを言って、わしを笑わせる。


時々、町の大人も立ち止まって話しかけてくるようになった。


「うちの子、家じゃ何も話さないのに、あなたのとこではいろいろ話すんですね」


「町の隅に、小さな“灯り”があるって気がするんです。……あなたがいてくれると」


そんなことを言われるたびに、胸の奥が熱くなる。


わしは変わったんじゃと思う。いや、何か大きなことをしたわけじゃない。

ただ、誰かの話を聞き、昔の話を語り、笑っているだけ。


けれど、それだけで――誰かが笑ってくれる。

誰かが、「また明日」と言ってくれる。


それが、こんなにも大きな喜びだったとは、長い間知らずにいた。


……きっと、わしは今、生きている。


それはただ“息をしている”という意味ではなく、ちゃんと“人とつながっている”ということじゃ。


今日もまた、あのベンチで子どもたちを待とう。

彼らの未来が、ほんの少しでも明るくなれば、それだけで十分じゃ。


わしは、星じゃないかもしれん。

でも――あの小さな星霊盤が言ったとおり、誰かの“灯り”には、なれている気がするんじゃよ。


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