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その人は、あなたを助けに来た

冷たい風が、リュミの小屋の扉を鳴らしたのは午後も遅い時間だった。曇天の下、うつむきがちに入ってきたのは、黒いマントを肩にかけた青年だった。


「……頼みたいことがあって」


青年は名をライクと名乗った。年は二十代前半、目つきがどこか鋭い。その奥にある影のようなものに、リュミはすぐ気づいた。


「……最近、夢に同じ人物が出てきて。その度に――胸が痛くなるんだ。もうとっくに終わったはずなのに」


リュミは星霊盤に手をかざした。青白い光がふわりと浮かび上がり、繊細な星の軌道が彼の内面を照らしてゆく。


――“再会”。

――“救済”。

――“許し”。


彼女は、しばらく沈黙した後、静かに言葉を選んだ。


「近いうちに、あなたは“ある人”と再会します。その人は……あなたを助けに来ます」


「助けに? 冗談だ」


ライクは笑った。だがそれは乾いた音だった。


「……その人は、俺を裏切った。大事な場面で、手を離したんだ」


彼の語る過去は、五年前の出来事だった。故郷の港町で起きた盗難事件。濡れ衣を着せられたのは彼で、本当の犯人を知っていた旧友・ゼインは口を閉ざし、ライクは町を追われた。


「俺は全部、失ったんだ。家も、信頼も。……たった一言、庇ってくれるだけでよかったのに」


リュミは何も言わず、星霊盤の淡い輝きだけを見つめていた。過去の痛みは、未来への傷痕として長く残る。だが、時が流れてもなお再び交差する星があるということは――何かの“意味”がそこにあるのかもしれない。


「……あなたは、その人に会うべきです。過去がすべてじゃない。今のその人が、どんな気持ちであなたに会いに来るのか……それを知ってほしい」


ライクはしばらく黙っていたが、やがて小さくうなずいた。


再会は、思ったよりも唐突だった。


それは三日後の市場の片隅だった。果物を並べる商人の声、子どもの笑い声、その喧騒の中に見覚えのある背中があった。


「……ゼイン」


声に反応した男がゆっくり振り向く。少し痩せ、髪も短くなっていたが、その目の奥の真面目さは変わっていなかった。


「……ライク、か?」


息をのんだのはライクの方だった。彼はてっきり、罰のように謝罪されると思っていた。だがゼインの目には、確かな後悔と、何より“会いたかった”という想いが滲んでいた。


「……お前、俺に何の用だよ」


「謝りたくて来たわけじゃない。……本当は、助けたかったんだ」


ゼインの言葉に、ライクは思わず息をのんだ。


「俺、あの時……兄が関わっていた。あの盗難、実は家族ぐるみだったんだ。証言すれば兄が罪に問われる。だから、黙った……」


「そんな言い訳――!」


「言い訳だ。でも、だからこそ……今こうして、自分の口で言いたかった」


ゼインの瞳には嘘がなかった。ただ、ずっと悔いていたことが伝わってきた。


「お前を裏切ったのは事実だ。でも、今度は……お前の側に立ちたい。一緒に、もう一度やり直さないか? 町で、仕事を始めたんだ。お前と、何かを作っていきたいと思ってる」


ライクは、すぐには答えられなかった。長年抱えていた怒りと裏切りの記憶は、そう簡単に消えるものではない。けれど、ゼインの瞳の中にあった“今の彼”が、かすかにリュミの言葉と重なった。


――「その人は、あなたを助けに来ます」


助けというのは、過去の罪を帳消しにすることじゃない。共に未来を歩くために、再び手を差し伸べることだ。


ライクは、少しだけ目を伏せ、それから顔を上げた。


「……すぐには信じられない。でも……考える。少しずつ、考えてみるよ」


ゼインは、微笑んだ。


「それでいい。急がないから」


その夜、ライクは再びリュミのもとを訪れた。


「……あんたの占い、当たったよ」


リュミは穏やかに頷いた。


「でも、未来を変えたのは……あなた自身です」


ライクは、小さく笑った。


「まだ全部許せたわけじゃない。けど……前を見ようとは思えるようになった。たぶんそれだけでも、少しは救われたんだろうな」


星霊盤が、ふわりと淡い光を放った。その中心には、“和解”の印が小さく灯っていた。


「過去の痛みは、未来の架け橋にもなる。……あんた、うまいこと言うよな」


「……そう占いに出ていましたから」


リュミも小さく笑った。


夜の風が、二人の間をそっと通り抜けていった。痛みはまだ消えてはいない。だが、その上にほんのわずかな希望が降り積もっている。


きっと、未来はそこから始まる。


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