『星読みの小屋、今日も灯りは消えず』
王都の東、古い石畳を抜けた先。
木々に囲まれた小さな広場の片隅に、“星読みの小屋”は静かに佇んでいる。
月と星の紋章が刻まれた古びた扉の向こうで、今日も一人の少女が灯りをともす。
リュミ。若き占い師。
亡き師から受け継いだ魔道具《星霊盤》を使い、人々の運命を読み解く彼女の元には、毎日のように誰かが訪れる。
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「次の市に出すお菓子……売れますかねえ?」
最初にやって来たのは、隣の通りで菓子屋を営む中年の女性だった。
太陽のように明るい声と、ほんのり甘い香りを纏っている。
「お店の名前を唱えてください。――“ラ・メール・ドゥ・シュクル”、ですね。では、見てみましょう」
星霊盤に魔力を注ぐと、淡い金色の星が盤の上に浮かぶ。リュミの目がわずかに細まる。
「……新作のリンゴ菓子、素朴な味わいが評判になります。ですが、試食を配るタイミングが重要です。市が始まって一時間後、最初の波が落ち着いた頃が狙い目です」
「ほほぉ……さすがリュミちゃん! よーし、試してみるよ!」
快活な笑顔に送り出され、リュミはそっと微笑む。
今日も一つ、小さな未来がほどけた。
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二人目の来訪者は、泣きそうな顔の少女。
「お母さんが、私の話、聞いてくれなくて……わたしの夢なんか、占っても意味ないって……」
声は震えていた。手のひらには、破れかけた絵の紙――舞台に立つ自分を描いたもの。
「あなたの名前を教えてくれる?」
「……ティナ、です」
リュミは静かに頷き、星霊盤に魔力を注いだ。
浮かび上がったのは、舞台衣装を纏った少女の姿。その周囲には拍手と、誇らしげな大人の笑顔があった。
「ねえティナ。あなたの夢は、ちゃんと叶います。時間はかかるかもしれないけど、舞台に立ったあなたを、きっとお母さんも見に来てくれる」
「……ほんとに?」
「うん。あなたの声は届くよ。言葉だけじゃなくて、姿で、伝えることもできるから」
涙を堪えながら笑ったティナは、小さな勇気を握りしめて帰っていった。
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日が傾く頃、今度は年配の男性がやってきた。
「若いもんが“星占い”に頼るのはまだわかるが、わしの歳で来るのはどうも恥ずかしいのう……」
「占いに年齢制限はありませんよ」
リュミはそう言って、茶を差し出した。男の手は少し震えていた。
「家を継ぐ者がのう、遠くの街で職を見つけてしもうた。戻るつもりはないらしくて……この家はどうなるんじゃろうかと……」
星霊盤に魔力を注ぐと、薄緑色の光が揺らめいた。
「……確かに、今のご家族は遠くにいます。でも、この先、違う形で“継ぐ人”が現れます。血の繋がりではなく、“想い”を受け継ぐ人が」
男の目が細くなり、しばらく黙っていた。
「……そうか。なら、もう少し手入れして、待ってみるかのう」
去っていく背に、リュミはそっと「お元気で」と呟いた。
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夕暮れが深まる。
外ではランプに火が灯り始め、人々が家路につきはじめている。
リュミは少し伸びをして、窓を開けた。外の風が、魔道具の匂いと一緒に入り込む。
(今日は、もう閉めようかな)
そう思った瞬間、扉が小さくノックされた。
最後の客――小柄な少女。身なりはぼろぼろで、声もか細い。
「……ここ、占い、してくれるとこ?」
「ええ。どうぞ」
「……あたし、名前がないの。占っても、いいの?」
リュミは少し驚いたが、うなずいた。
「じゃあ、心にある一番大事なものを、そっと唱えてみて」
少女は目を閉じ、小さく唇を動かす。
星霊盤に宿る光は、かすかに震えながらも、澄んだ白い光を放った。
「……あなたには、まだ名前はなくても、これから出会う人たちが、あなたに“呼び名”を与えてくれます。安心して歩いていけば、大丈夫」
少女はぽかんとしながらも、やがてうれしそうに笑った。
「……ありがと、お姉ちゃん」
小さな背中が去っていくのを、リュミは静かに見送った。
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夜になった。
カウンターに座り、今日の記録帳にペンを走らせる。
客の名前、星の光、未来の兆し……師匠から引き継いだ習慣だ。
時々思う。自分の未来は占わなくていいのかと。
でも――
「私の未来は、きっと、みんなの中にある」
そう呟いて、リュミは今日も小屋の灯りを落とす。
星霊盤が静かに光る中、夜が深まっていった。