08 思い出(Side Claude)
「……クロード。クロード。早く来て!」
「待って。シュゼット。前を見て走らないと、転んじゃうよ!」
「わ!」
シュゼットは足を引っかけ見事に転倒し、追いついた僕はすんでのところで彼女の腰を持って、地面に身体を打ち付けるところまでは防げた。
「ほら!」
「うふふ。ごめんなさい! けど、クロードが居たから、大丈夫でしょう?」
シュゼットは僕が怒った表情を見せても、楽しげに笑うだけだ。
「……それは、そうなんだけど、あぶないよ」
「だから、大丈夫なの。一緒に居たら、私はあぶなくないもん。ずっと私のそばに居てね。大好きよ。クロード」
僕だけに見せる、無邪気で可愛い笑顔。
クロードのことが好きだと、子どもらしい独占欲を出せば、それがとても嬉しかったのを覚えている。
離れるはずはないと思って居た。同じ邸に住み、毎日会って遊んでいる。
身分差なんてわからなかった。今では思う。あの初恋はそのままいけば、叶わなかったのだと。
だが、ずっとずっと、続くと思って居た……いつも傍に居るはずのシュゼットが、いきなり居なくなってしまうなんて思いもしなかった。
シュゼットが別れも告げず、居なくなってしまうまで。
◇◆◇
「さっき……シュゼットは仕事だと行ったけど、偽名を使って飛空艇で何かを運ぶの? それって、俺からすると、何だか危ない仕事のような気がするんだけど……」
「……大丈夫よ! 何度もこなした仕事だし、これまで何の問題だって、起きたことはないわ。今私が使用人として働いている邸の主人から受けた仕事で、特別報酬だってちゃんと出るんだから」
「特別報酬上乗せでって……やっぱり、危なくない?」
ようやく探し続けたシュゼットに会えたと思ったら、彼女は自分でも知らないうちに大分危険な橋を渡っていたようだ。
真っ直ぐに人を信じ騙されやすい、育ちの良さ。それでいて、素直で人に対し誠実だ。
俺が『それは、危ない仕事だ』と指摘しても、助けてくれた恩人を疑うことなど出来ないと頑な態度を取る。
意地っ張りな性格だが、そういう部分も可愛いと思ってしまっているので、ここはもう引き下がるしかない。
とにかく、ようやく居場所を探し当てたのだから、時間を掛けてでも存在に慣れてもらって、俺を信用してもらう他ない。
それか、その雇い主とやらの悪事の証拠を突きつければ、すぐにわかってくれるだろう。
シュゼットは生来、真面目な性格で良い子なのだ。貴族令嬢として教育も受けているため、道徳的な倫理観も高い。
それが犯罪行為であるとわかれば、いくら高額のお金が貰えようが止めるはずだ。
それにしても、シュゼットは想像していた以上に素晴らしい成長を遂げていた。
元々容姿は愛らしかったのだが、今では色々と苦労したせいか、ふとした瞬間の表情に色気も見える。
彼女がどんな人になって居ようが、俺が好きなことは変わりないと思っていたが、それはその通りだった。
しかし、曲がりなりにも一人で生計を立てているシュゼットと生半可な理由では一緒に居られないと思ったので『昔の約束』を盾に取った。
シュゼットが『私以外、絶対好きにならないで』と俺に約束させたのは、確かに事実だった。彼女も幼いながらに、トレイメイン伯爵家が財政的に傾いていることはわかっていただろう。
もうすぐ別れが来るかもしれないと、察していたのだ。
しかし、そんな約束がなくても俺がシュゼットを好きなことには変わりない。初恋だから美化し過ぎていると嘲られても構わない。
それだけ彼女は、俺にとっては大事な存在だった。
世界救済のため、居なくなってしまったシュゼットを探しに行けないという焦燥感は、今思うと酷いものだった。
今こうしている間にも何かあったらと思えば呼吸も苦しく、胸を掻きむしってしまいそうなくらいの焦りを感じていた。
出来るだけ最短で魔物を倒そうと決意した俺は、たとえ自分勝手な暴君だと言われようがそれで構わなかった。
世界を救うことだって大事だ。それは、わかっていた。シュゼットを探し出したとしても、世界が滅びてしまえば何の意味もない。
だから、出来る限りのことをして急いだ。
あの頃はシュゼットが殺されたり誘拐されたり、酷い目に遭っている悪夢を良く見た。
そして、俺の名前を呼んでいる。
――――どうか、私を助けて……と。
やっと見つけ出したシュゼットは、驚くほどあっけらかんとしていた。彼女が心配で眠れない日々が、今では笑い話になった。
シュゼットの雇い主は俺に言わせると、貴族令嬢だった彼女を利用するために、メイドとして雇ったように思われる。おそらくそういう部分を利用したかったのだろう。
……とにかく、シュゼットは無事なのだ。時間を掛けてわかって貰うしかない。
俺に養われることを嫌がるのは、彼女がこれまで、どれだけ気を張って生きて来たかが理解出来る。
そのおかげで、彼女はたった一人でも生きて来られたのだ。それを頭ごなしには否定したくはない。
気が強い癖に泣き虫で、やると決めたことは諦めなかった。
俺はそういうシュゼットが好きで、これからもずっと、変わらずに好きなのだろう。