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06 翼猫

「けどっ……けど、クロード。ここで私たちが会ったのは、ただ偶然でしょう?」


「うん……そうだね。乗り合わせたのは偶然だけど、シュゼットを見つけられて良かった。探していたけど、見つからなくて困ってていた。このままだと、俺は一生結婚できないところだったから」


「本当に……クロードは私と、結婚するつもりなの……?」


 信じられない。


 理由はわかったけど、幼い頃の勝手な約束を……彼は何年も、守っていてくれているなんて。


「あれだけ、自分一人だけだと言い聞かせ、好きにならせておいて……あっけなく目の前から居なくなられた身にもなってみてよ。シュゼット。俺は君に別れの言葉も言えなかった」


 父親の事業が突然破産することになり、慌ただしく親戚が私を迎えに来て、手を引かれて連れ出される時、何もかもを失った。


 全て決まっているかのように思われた明るい未来も、住んでいた邸も親も……大事な幼なじみも。


 その手の中にあった、なにもかもを。


「……ごめんなさい」


「あ。ごめん。これは、言い方を間違えた。シュゼットのせいでもないけど……そろそろ、店を出ようか……会計を頼む」


 クロードは思いもしなかった経緯を聞いて混乱した私を見て、ここは店を出るべきだと思ったのか、店員を呼んで会計を済ませるようだ。


「こちらになります」


 ウェイトレスが金額を書かれた紙を持ってきたので、彼は名前と部屋番号をそれに書いた。


 この飛空艇の中では、それが小切手代わりになり、到着時に清算となる。


「あ……ごめん。今このお店に居る人の全員の会計、俺が払うから。この部屋番号に、請求してくれる?」


「よろしいんですか?」


 信じられない様子のウェイトレスは、クロードの言葉を聞き返した。


 飛空艇の中はほぼ富裕層向けの店で、このお店だって決して安くはない。


「ああ。ずっと探していた人が、見つかったからね。幸せのおすそ分けで、俺が勝手にする個人的なお祝いだから」


「……クロード。大丈夫なの?……とんでもない金額になってしまうのではない?」


 確かに彼は浮かれているみたいだけど、平民にとってみれば、とんでもない額を請求されることになる。


「俺を誰だと思っているの? 世界救済の報酬以外にも、さっきみたいな魔物退治で儲けているから、心配無用だから……部屋まで送ろう。シュゼット、部屋番号、何番?」


 機嫌の良さそうににこにこしたクロードとは対象的に、私は釈然としない思いだった。


 クロードのことは、好き。それは、否定しない。


 とんでもない事をこうして明かされたけれど、全く嫌悪感はない。


 今ではあの頃とだいぶ変わってしまっているけど、多分それでも、変わらずに好きだと思う。


 けど、忘れてしまっていた昔の約束を律儀に守り続けてくれているクロードに、素直にありがとうと感謝するには、今の私はあまりにも余計な経験を積み過ぎたのかもしれない。



◇◆◇



「シュゼットが頼まれている……その届け物って、どんな物なの?」


 私を船室まで送り届けてくれたクロードは、私の部屋の中に当たり前のような顔で入って、物珍しそうに内部を見回していた。


 飛空挺は主に貴族が使うと言っても、私が使うここは一番グレードの低い三等室。


 あまり広くなく、眠るためのベッドと小さな机と椅子があるだけ。


 これでも、平民の稼ぐ賃金三ヶ月分はするような、高価な船室なのだ。


 勇者であるクロードはここよりも高い部屋を使用しているだろうし、私の部屋の内部がどういう造りになっているのかが気になったんだろう。


「ああ……これは、まだ言ってなかったわね。もう既に届けた後なの。私はもう届け先から、手紙を貰って帰るだけなのよ」


 私は今、隣国から往復をしていて、帰る復路なのだ。


 私は何も書かれていない蝋で封をされた大きな封筒を、クロードに振って見せた。


「……それだけ? 名前も書いていないけど……」


「それだけよ。そして、これを雇い主に渡せば、私の仕事は完了なの」


「……ふーん。まともな取引なら、宛名くらいあると思うし、俺は怪しすぎると思うけど」


 クロードは私の持っていた固い紙で出来た封筒を取り上げて、灯りに透かすようにした。


 何をするのかと慌てて背伸びした私は、彼から封筒を取り上げる。


「私の雇い主と届け先が、懇意なのだと思うわ。別に宛名を書かなくても良いくらい親しいってことではない?」


「……なんだか、危ない仕事ではないって、自分に言い聞かせているみたいに思えるよ。シュゼット」


「なんですって?」


 私がクロードに言い返そうとしたその時、何かが部屋の中へと飛び込んで来た!


「えっ……!? え? え!!」


 私は驚いた。驚いたとしか言いようがなかった。


 船室内には背中に翼を持つ猫が確かに居るのだけど、上空を飛ぶ飛空挺の船室には窓を開くことなんて出来る訳がないし壁には穴は空いてない。


 けれど、綺麗な羽根を持つ薄紫の猫がそこに居るのは事実だった。


 魔物……ではないわよね?


 ……いいえ。もしかしたら、噂に聞く……魔力を持ち知能の高い獣、魔獣なのかしら。


「良いですか? クロード、落ち着いてください!」


「いや……お前がな。ギャビン。俺に何か用か?」


 猫は流暢に人語を喋り、立ったままで驚いた様子など見せないクロードの目の前で何かを訴えていた。


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