05 約束
「これは私……飛空艇には仕事で乗っていて、乗船券や身分証は雇い主の貴族から、何もかも用意されているのよ」
「ふーん……それにしても高そうな可愛いドレスを、着ているね。それも……その貴族の持ち物なの?」
「ええ。貴方も知っているでしょう。今の私は普段はこんなドレスなんて、着られないから……あの後、預けられた親戚の家も出て、一人で自活してるの。これは、ただの借り物のドレスなのよ」
苦笑いして私の居る立場を、ここで説明するしかなかったけど、あまり説明したくはなかった。
私は以前は、裕福な伯爵家の貴族令嬢だったけど、十年前にお父様が事業が失敗して、トレイメイン家自体が没落してしまった。
クロードと別れることになってしまったのも、その頃だ。
それより以前に、私の親が雇っていた使用人の子どもが、目の前に居るクロードだった。とにかく急いで移動することになったため、お別れの言葉も言えなかった。
父母は借金の返済に走る回ることになり、幼かった娘の私は、親戚の家へと預けられた。
けれど、とある出来事が原因で、私は家出をすることになった。
自ら働いて生計を立てられるようになった今では……馬鹿なことをしたと思って居る。
ここまで生きて来られたのは、単なる奇跡だ。ローレンス侯爵のおかげで、私は誰にも騙されることなく普通の生活が出来ている。
「それよりも……クロードは、勇者になっていたのね。いつ、それがわかったの?」
私は目の前にある肉を切り分けていると、クロードはその時を思い出しているのか、物憂げな表情になった。
「行き始めた学校行事で観光した先で……勇者の剣を、抜いてしまったんだ。それからは、もう怒涛だった。役目を辞すことなんて許されず、行動は全て決められていて、魔王城まで行くしかなかった」
「まあ、なんだか……とても、大変だったのね」
世界を救ってくれた勇者が、どういった行動を取るかなんて、救われた私たちはほとんど知らない。特に有名なエピソードを聞いて、感心するだけ。
「うん。本当に大変だった。けど、今は良かったと思っている。何もかも……すべて、終わったことだし」
「立派になったわ……あの時は、本当に貴方は可愛かったから」
あの時のクロードは、本当に可愛かった。また可愛いと言ったけど、クロードは諦めてしまったのか、子ども扱いするなとは言わなかった。
なんだか、今ではもう……何もかもが、違う二人だ。
ついつい懐かしさが押し寄せて言葉を詰まらせた私に、エールが注がれたジョッキを置いたクロードは首を傾げて言った。
「さっき……シュゼットは仕事だと行ったけど、偽名を使って飛空艇で何かを運ぶの? それって、俺からすると、何だか危ない仕事のような気がするんだけど……」
「いいえ……大丈夫よ! 何度もこなした仕事だし、これまで何の問題だって、起きたことはないわ。今私が使用人として働いている邸の主人から受けた仕事で、特別報酬だってちゃんと出るんだから」
「特別報酬上乗せでって……やっぱり、危なくない?」
クロードは眉を寄せて、とても心配そうだ。彼にしてみれば、私はそれほどまでに騙されやすそうに見えているのかしら。
「もしかして、世間知らずだと馬鹿にしてるの?」
もう私は、一人では何も出来ない子どもではない。クロードと同じようにいろんな経験を経て、一人でだって生きて行ける。
「……している訳ない。俺はシュゼットのことが、ただ心配なだけ」
大きな息をついて、クロードは答えた。
「あら。心配してくれてありがとう。けれど、私は大丈夫よ。こうして一人でもちゃんと生きて行けるから」
「シュゼット……」
「それに、今は仕事をしないと、生きていけないわ。今のご主人様は親切で良い方よ。届け物をする仕事に私を使ってくれているのも、私が天涯孤独でお金がないことを知っているから、特別に気を使ってくださっているのよ……私のことを、救って下さったの」
早口で畳みかけるように言い切った私に、クロードは驚いているようだった。
現在、私が働いているローレンス侯爵邸では、多くの使用人を抱えている。
けれど、私一人だけがこの特別な遠方への届け物の仕事を請け負っていた。
私以外の彼らには、ちゃんと家族が居て、拠り所になるものを持っている。
……けれど、家出をして祖国から離れている私一人だけは違っていた。
「どうして……届け物の仕事に、ドレスを着る必要があるの?」
「飛空艇の中では貴族令嬢としてドレスでないと、浮いてしまうのよ。クロードだってわかるでしょう……私はもう貴族令嬢でもないから、仕事しないと生きていけないの」
「ああ……そのことについては、何の問題ないよ。これからシュゼットは、俺が養うから」
何でもないことのようにさらりと返されたその時に、私はカアっと顔が赤くなった。
クロードには、もしかして、今の私が可哀想に思えた? こうして仕事を持ち、立派に一人で自活しているというのに!
「駄目よ! ……何を言っているの。私たちは、結婚する訳でもないのに」
「俺たち、もうすぐ結婚するんだよ。もしかして……シュゼット。覚えてないの?」
私たち二人はじっと見つめ合い、また微妙な間が空いた。私の記憶の中では、クロードに結婚して欲しいなんて言われていない気がする。
いいえ。だって、私たちは幼い頃に別れているのよ。
「……覚えていないって、どう言うこと?」
「『私以外、絶対に好きにならないで』って、俺に約束させた……もしかして、忘れているの? 俺は勇者になった後だった」
「えっ。そんな……言ったような、気もする……けど、でも」
私はあの時、可愛いクロードを自分だけしか持てない特別な宝物のように思っていた。
だから、そういう子どもっぽい独占欲の強いことも、言ってしまったかも知れない。
なにせ、何もわからない世間知らずな女の子だったから。今は違うわ。
「勇者になってしまえば、実は守護精霊が居て、それのせいで、嘘がつけないんだ。だから、ずっと……俺は、その約束を守ってる」
「……え?」
嘘がつけない……? 勇者だから守護精霊が居て、特殊体質になった?
「俺が好きな人は、シュゼットだけだよ。約束を違えたことなんて、今までに一度もない」
……私以外、好きにならない……?
なれない?
私がクロードに、そう約束させたから?