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28 底知れぬ闇

 私とクロードはノディウ王国へと戻り、引っ越しの準備をすることにした。


 クロードには帰り道の途中で、住んで居る集合住宅の大家へと解約手続きを頼んだ。出来るだけ一刻も早く、この国から出て行きたかったからだ。


 私は階段を駆け上がり、部屋へと戻って荷物の準備をする。


 どうしても持って行きたいものだけを選別して、クロードの空間収納魔法ですぐに出て行くつもりだった。


 部屋の中はいつも通り、長く窓を開けていないために篭もった空気だった。


「ふう……」


 私は一旦荷物を置いて、貴族令嬢のようなドレスを着替えようと思った。


 ……けれど、クロードの話によると、私が家出したトレイメイン伯爵家は厳しい金銭難を切り抜け既に復興しているらしい。


 だから、私は今でも一応……トレイメイン伯爵令嬢シュゼット。ということになるのかもしれない。


 ふとその時、テーブルの上に目をやれば、そこには一通の手紙があった。


 私がここを出て行く時には置いていなかったし、もしかしたら、追い掛けて来たクロードがすれ違った時用に私宛に置いて行ってくれた手紙なのかもしれない。


 何気なく手紙を持ち上げ、その宛名を見て愕然とした。


 『リズ・キングレー』……私があの、特別な仕事の時に使っていた偽名だった。


 慌てて手紙を開く。封筒には封がなく、まるで、誰かが手紙を読んだ後のような……。


 手紙の内容はリズ・キングレーという女性に向けて、宝石の密輸を頼んでいる『誰か』からの手紙だった。


 飛空挺のチケットも同封していると書かれており、決してこれが最初の依頼ではないと読み取れるもの。


 ……ああ。


 私は大きく息をついて手紙を胸に抱き、悲しく辛い絶望的な気持ちになった。


 これをここに置いた人物。それは、ローレンス侯爵に他ならない。


 私は宝石を密輸していた、『誰か』に雇われた工作員。ローレンス侯爵とは無関係で、ただ人の良い彼は私に騙されていたことになるのだろう。


 救ってくれた、優しくしてくれた、私に必要なものを与えてくれた。


 ああ……私という人間を最後まで、利用するために。


「……ああ。シュゼット。戻って来たのかい」


 その声を聞いて背中に緊張が走った。そうよ。この部屋に手紙があるという事は、いつ何があっても私を犯人に仕立てようとしていた。


 彼が居ても何もおかしくない。


「ローレンス侯爵」


 ゆっくりと振り向いて、思って居た通りの人物の名前を呼んだ。


「心配したんだよ。シュゼット……逃げ出したようだね。あれは腕の良い奴らとは聞いていたが、結果を見ればそうではなかったようだ」


 にっこりと微笑んでいる。いつも彼が使用人たちに見せるような、優しい笑顔。


 けれど、どうしてだろうか。ローレンス侯爵の目から、底の見えない深淵のような暗闇を感じてしまうのは。


「……あの人たちに、私を誘拐させたんですね。どうして」


 理由は明白だったけれど、私は聞いてしまった。もしかしたら……何かの勘違いであると言って欲しかったのかもしれない。


 そんな訳があるはずもないのに。


「ああ。誘拐はさせたね。今回は手紙を渡して貰う機会ではなかったからね。君を殺すかどうやって存在を消すか。ただ、それを実行する機会だっただけなんだよ」


 謳うように滑らかに吐き出される、信じがたいほど酷い言葉。


「……ひどい」


 声が震えてしまった。私が辞めようとしたから、口封じのために殺そうとしたんだ。


「シュゼット。君は本当に可愛いね。どこからどう見ても、上流階級の出だ。誰も君のことを、平民であるなんて思わない。言葉遣いや所作を見れば、育ちはどうしても出てしまう……君は裏路地で蹲っていたあの時が懐かしいね。私が君をあそこから連れ出さなければ、すぐに売られて娼館行きだっただろうけどね」


 ……それは、その通りだった。私はだから、ローレンス侯爵に感謝して……だけど。


「これまで私に宝石の密輸を、手伝わせていたんですね」


 私の言葉を聞いてローレンス侯爵は、にこにこと微笑んで頷いた。


「ああ。知っていたのか。話が早いねえ。そうなんだよ。どうしても、それは誰にも知られたくなかった。君が私の管理下から離れると言い出すなら、こうするしかなかったんだよ」


「私の口止めのために、こんなにも大がかりなことを?」


 信じられなくて絶句した。


 けれど、それだけ宝石の密輸は儲かる犯罪なのかもしれない。使用人への金払いも良く、裕福なローレンス侯爵。


 違法な犯罪行為で簡単に儲けたお金であれば、使う時にも軽々しくなってしまうものなのかもしれない。


「君を誘拐したあいつらは、頼んだ通りにシュゼットから奪った宝石を私に売りに来たから全員消したんだよ。先に絶対に逃げられないと聞いていたのに、シュゼットは帰って来ているじゃないか。どこからどう見ても可愛らしい貴族令嬢なんだから、殺しても良いし売っても良いと言っておいたんだけどねえ」


 にこやかな黒い目の奥にある、底知れぬ闇。


 どうして私はこれに気が付かず生きて来たのだろうと、ゾッとして背筋に冷たいものが走った。

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