26 強さ
どこまでも続くような真っ暗闇の中で、なお黒を増す漆黒とも呼べる穴が私の目の前に唐突に開いた。
「え?」
「見える? その穴を通り抜けるんだ。シュゼットが自ら出て来る方が、君に危険がない」
けれど、何も見えないこの穴に入るって、とても勇気が要る。だって、自分がどうなってしまうか、まったく想像もつかないもの。
未知への恐怖。ここから早く出たいとは思うけれど、なかなか一歩が踏み出せない。
「えっと……これって、どうなるの?」
「今、そこは俺の居る位置から見て、高所にある。無理に破ればシュゼットが怪我をしてしまうから、そこから出て貰う方が一番手っ取り早いんだ」
「こっ……高所ってどのくらい?」
それって、この穴に入れば高い場所から、落ちるような感覚になるってことでしょう……。
「うん……シャンデリアが吊されているくらいの高さかな。心配ないよ。俺が受け止めるから」
ローレンス侯爵邸にあった、あのシャンデリアのこと?
……嘘でしょう。無理だわ。
「怖い……クロード、怖いよ……だって、クロードにも怪我をさせてしまうかもしれないし」
そんな高所から人が振ってくると思えば、彼がどんなに鍛えられた勇者だとしても怪我は避けられないと思うもの。
「大丈夫。大丈夫。万一、肋骨折れたら看病してくれたら良いから」
私の震えた声を聞いて、クロードは敢えて明るい口調で答えた。
「……死なない?」
「うん。シュゼット残して、死ぬはずがない。そういう面に置いては俺は信用があると思うけど」
……クロードが信じられるか、信じられないか。
信じられる。クロードなら。
私は心を決めて、目の前にある穴の中へと足を踏み入れた。
――――ふわっとした浮遊感を感じたのは、一瞬。
「クロード」
「頑張ったね。シュゼット」
目の前にあるのは、クロードの整った容貌だった。こうして間近で見ると、天使のように愛らしかった時の面影がある。
幼い頃にあれだけ可愛かったのだから、男性として成長すれば素敵な人になるはずよね。
不意に唇に熱を感じて、私は驚いて彼の身体を押しのけた。
さっ……さっき、クロード私とキスしたんだけど!!!
「あ。ごめん。そういうことなのかと思ったんだけど」
「違います! だって、そういうのは……その、もう少し時間が経ってからにしましょう」
だって、クロードが私をずっと好きで居てくれたのは知っている。それって、彼の自由意志に基づいているか不安なのだ。
「どうして。俺のことは……もう好きじゃないの?」
ここまで来て何を言い出すのかと不思議そうに言ったクロードに、私はムッとして彼を睨み付けた。
「好きだよ! 好きだけど、私だけ好きでも仕方ないでしょう! クロードは約束を守り続けていてくれているだけなのは、私だって知っているもの」
「好きだよ」
クロードはさらりと言ったけど、すごく嘘くさい。
「うそ」
「嘘じゃないよ。俺は嘘つけないから」
「……そうだった」
勇者は持っている加護の関係で、嘘がつけない。だから、私との約束を守り続けていてくれたはずで……。
「俺たちが今こうしている大前提、忘れないでよ……けど、シュゼットは嘘をつける。それに、実は厳密に言うと嘘がつけない訳ではないんだ。代償として寿命が縮むだけで」
「えっ……それは、嫌」
クロードが嘘をつくと、代償として寿命が削られる。そんなこと、絶対に嫌だった。
「うん。俺はわかってたんだ。嘘は言えないって教えられて、ああ言えばシュゼットのこと、ずっと好きでいられるから」
「私のこと、好きって……信じて良い?」
「再会してから、それをずっと言い続けていたけど、やっとここで信じてくれた?」
もういつ諦められてもおかしくないくらいに分からず屋だった私にクロードは苦笑いしていたけど、急に真面目な表情を見せた。
横抱きしていた私をサッと地面に下ろすと、腰に佩いていた剣を抜き放った。
私が彼がそうした理由を知ったのは、その後のこと。洞窟の中に巨大な黒い影が見えて、クロードはその魔物と対峙していた。
けれど、それは呆気なく終わってしまった。
クロードが剣を薙いだのは、二回ほど。それだけで、重い音をさせて巨大な影は倒れてしまった。
彼のことは勇者だと理解していた。だって、飛空挺での魔物退治も見事なものだったし……けれど、こうして戦っている姿を目の当たりにすると、本当に凄い。
「クロード。どうして、そんなに強いの?」
私はその時、素直に思ったことを聞いた。
凄まじいくらいの強さを持つ、勇者クロード。
彼が大いなる素質を与えられた上に、強くなるための修行を重ねたとしても、それだけでは何か追いつかないように思えるのだ。
「なんだろう……俺は負けると、思ったことがない。これかな。絶対、自分が勝つと思ってるから? ……うん。多分、シュゼットの聞きたいことへの答えなら、それだな」
「絶対、自分が勝つと思って居るから……なのね」
そこで私は、なんとなく彼の言い分を理解をした。
クロードはどんな敵を前にしても、自分は勝てると確信しているから、負けないんだわ。
たとえどれほど劣勢になっても、本人が絶対に勝てると思って居るのなら、どこからか勝利の鍵を見付けることだって、可能なはずよ。
だから、勇者クロードはパーティーを全員追放したって、一人で魔王も倒せたんだわ。