23 時間
クロードはすっかり朝になってから、寝袋の中で目を覚ました。
「……わ」
狭い部屋の中にある机の上に、フルーツサンドなどお祝い用のものが揃っていた。
「おはよう。クロード。お誕生日おめでとう」
「シュゼット……今日、誕生日だった? 忘れてた」
やっぱり忘れていたみたい。これまでろくにお祝いもしていないのなら、当然のことなのかしら。
「どうぞ。座って。せっかく作ったから」
「……これって、シュゼットが全部作ったの?」
「あ……あの、ギャビンに手伝ってもらったわ」
それを聞いた時に、クロードは片眉を上げて笑った。もしかしたら、魔法の粉で眠らせたことを察したのかもしれない。
「それで、俺が起きなかった訳だ……なるほどね」
「ごめんなさい」
彼を眠らせて驚かせたかったことは事実だけど、クロードの意に反していることをしてしまった。
「どうして。別に良いよ。俺がこれを好きだったことを、覚えていたんだね。シュゼット」
クロードは寝癖のついた髪のままで、フルーツサンドをひとつ取って大きな口でかぶりついて食べ始めた。
「どう?」
「美味しい! ありがとう。シュゼット。久しぶりに食べたよ」
嬉しそうに笑うクロードを見て、私の決心はついた。
「あの……あの、クロード。この前に会っていた女性なんだけど……」
「女性? 誰のこと?」
私の質問に対し、何の事だろうと不思議そうにするクロード。
もしかして、誤魔化そうとしている? ……ううん。そんな訳ない。クロードはそんなことしないもの。
ここで……ちゃんと聞くって決めたでしょう。シュゼット。
「この前、窓から見たの。クロードは路地裏で、女性と会っていたわ」
「ああ……あれか。テレーズのことか」
「テレーズ?」
首を傾げた私はその名前に、聞き覚えがあった。私たちが生まれ育った、リベルカ王国のお姫様のお名前だ。
王族が新しく誕生すれば、不敬だと同じ名前はあまり使われなくなる。だから、リベルカ王国にはテレーズ姫より年下の女の子はあまり居ないはずだ。
「うん。テレーズ・エヴァンス。王族の姫だよ」
「え! そうなの? どうして、お姫様がこんなところまで?」
私は一瞬ひどく焦ってしまった。だって、お姫様はクロードのことが好きだから、こんな長距離を移動して来ているということになる。
それだけ、クロードのことを好きだということでしょう?
「いや、テレーズを魔王から助けたから。王様から嫁にやるとは言われたけれど、丁重に断ったんだ。俺はシュゼットしか好きになれないから」
「……え?」
「勇者の性質上、嘘がつけないから、シュゼットしか好きになれないってちゃんと説明したんだけど、それでも良いって諦めてくれなくて……勇者と助けられた姫って、そのまま結婚することが多いらしいんだ」
「お姫様が諦めてくれないの?」
「ううん。王様が。俺と結婚することを望んでいるから、一応はああして俺に会いに来るんだよね。努力義務は果たしたって父親に言いたいんだよ。大変だね。お姫様も」
クロードはテレーズ姫のことをなんとも思って居ない……それは、そうよね。クロードは私のことが好き……だし。
「……お姫様は、クロードのことを好きではないの?」
私の質問を聞いて、次なるフルーツサンドに手を付けようとしていたクロードは嫌そうに顔を顰めた。
「あの人は、俺のこと好きなわけないよ。テレーズは、自分が一番好きなんだ。そんな人が自分を好きでない男を、好きになるはずがないよ」
クロードはさも当然のようなことを言ったけれど、お姫様は国で一番と言えるほどに周囲から大事にされて育って来たはずだし、そうなってしまうのかもしれない。
「そっか……それは、確かにそうだよね」
「そうそう。自分を嫌いな人は、自分のことを嫌いな人を選ぶようにね……自分を好きって良い事だよね。自分の幸せ最優先で、常に動くようになるしさ。俺はそれは良いと思う。それって、自分勝手でもなんでもないよ」
「なんだか……誤解してて、恥ずかしい」
私は両手で顔を覆った。ただ二人が会っているのを見ただけで、勝手に勘違いして、良くわからないやきもちを妬いていたことになる。
「どうして、可愛かったよ。シュゼットは、俺のこと好きなんだなーって」
「そんな!」
私が顔を上げると、思ったより近くにクロードの顔があった。
「違うの?」
「私。用があるから!」
私はその場から慌てて立ち上がり、とにかくすぐに扉から出ることにした。
そして、扉の前で財布も何も持っていないことに気が付く。
「シュゼット。ごめん。揶揄った。こっちにおいでよ」
間抜けにも私はクロードに手を繋いでもらって、元の位置に戻ることになった。
なんて、恥ずかしい……。
「ごめんごめん。あまりにも可愛くて変なことを言ってしまったけど、いくらでも待つよ。シュゼットの気持ちが落ち着くまで」
「私……クロードのことが好き」
いくらでも待つと言ってくれたクロードに対し、私の唇からはそんな言葉がこぼれていた。
「うん。俺も好きだよ。シュゼットしか好きじゃない」
真剣な眼差し……そうだ。私は彼のことがすごく好きだから、テレーズ姫のことが誰だか気になってしまっていた。
「あの……私、家出してから一人で生きて来て、誰かに頼ることは抵抗があった。けど、クロードのことを少しずつ頼るようにする」
「嬉しいよ。シュゼット。俺はそれで良いよ」
そう言ったクロードと見つめ合い、私たちは長い時間互いの心を探っていたように思う。
私はクロードのことが好き。彼も好きだと言ってくれる。
これは、両想い。だから、彼を拒む理由なんて、ある訳ない。
……私がノディウ王国ローランス伯爵邸で働いていた理由は、一人でも生きて行くためだった。
クロードと二人で生きて行くなら、もう必要ない。
それを認めるのに、時間が掛かってしまった。
「……けど、仕事は最後までやりたいの。後任の人への引き継ぎもちゃんと終わらせて、これまでにお世話になった人たちに迷惑を掛けるような辞め方をしたくないの」
「良いよ。さっき言っただろう? 俺ならいくらでも待てるって。シュゼットが気が済むまで、したいことをすれば良い」
クロードは私の意志を出来るだけ、尊重してくれる。それこそが……彼からの愛を感じる。
だって、勇者になったクロードはその気になれば私の意志なんて関係なく、ここから連れ出すことだって、とても簡単に出来るもの。