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22 素直

 翼猫ギャビンは深夜、約束した通りに私の前に現れた。


 無言のままで大きく頷くと、暗くなっている室内で眠っているクロードの上を翼を使って飛行してキラキラとした光る粉を振り撒いた。


 綺麗……なんだか、妖精みたい。けれど、対象に状態異常を誘発する魔法の粉なので、綺麗なだけでは終わらないけれど。


 これは、明日のクロードの誕生日の準備に私がギャビンにお願いしたのだ。


 どうせなら、喜んで欲しいし出来れば驚かせたい……と。


 仕事はちょうど休みだった。クロードもしれっと私と同じ休みを取っているらしい。


 こういう事からも理解出来る通り、クロードは私から長時間離れる気は無いようだった。


 これまで家出をした私が何処に居るかと長期間探し回っていたらしいし、とても過保護なことを言い出すことにあるので、幼い頃の私のままだと思って居るのかもしれない。


 だから、ぐっすりと寝静まった深夜に、ギャビンにお願いして彼を眠らせてもらうようにしたのだ。


 キラキラした魔法の粉は、ゆっくりとした速度で眠っているクロードに舞い降り、そして、静かに光を消した。


「早く早く……クロードは耐性が強いから、効きが悪いんです」


「わかったわ!」


 役目を終えたとばかりに額の汗と拭く仕草をギャビンに急かされて、私は慌ててお祝いの準備に取りかかった。


 今では大金持ちになっている勇者クロードに満足して貰えるような何かが私に用意出来るはずがないし、喜んで貰えるような美味しい料理でもてなそうと決めたのだ。


 クロードは幼い頃、ふわふわの白いパンに挟まれたフルーツサンドが好きだった。


 今思うとあれは貴族だけしか食べられないような贅沢品だったので、彼にとってみれば珍しい食べ物だったのかもしれないと思う。


 私が開いた籠の中に詰められたフルーツサンドを見て、嬉しそうに微笑む姿を今でも思い描くことが出来る。


「早くしなきゃ……」


 再会してから思った事だけど、クロードは成人男性なので、それなりの量を食べる。


 つまり、彼が満足出来るような量を作ろうと思えば、時間が掛かることが予想された。


 私は事前に多めに買っておいた果物を取り出し、綺麗に洗うと皮をむき始めた。たくさん使う生クリームも早めに混ぜないといけないので、


「大変ですね。僕も何か手伝いましょうか?」


 宙に浮いたギャビンが私の顔の横で聞いたので、私は驚いた。


「……出来るの?」


「出来ますよ! 僕は誇り高い翼猫ですよ。何をすれば良いですか?」


 確かにギャビンが自らの一族に対して誇り高いことは知っているけれど、それと作業が可能か不可能かは別だと思うの。


 私は苦笑いしつつも、洗いおけに水で浸けている果物を指さした。


「あ……じゃあ、果物を洗ってくれる?」


 彼の持つふにふにの肉球で出来そうな作業をお願いすれば、ギャビンは軽く頷いた。


「良いですよ。果物も切りましょうか?」


「……出来るの?」


「出来ますよ! もしかして、シュゼット、僕が何も出来ないと勘違いして居ないです?」


 いぶかしげに聞いた私に、ギャビンはぷんぷん怒った仕草で洗い桶に手を付けた。


 そうすると自然と渦を巻いて果物が水の中をまわる。そして、蛇口から出て居る水に勝手に飛び込んでは、水切り用の金属製の籠へとうつった。


「シュゼット! 時間がないんですよね? 急いでください!」


「わ! わかった」


 ギャビンが果物をどうするんだろうと彼に目を奪われていた私は、急げと怒られてとりあえず生クリームを泡立てることにした。


 たっぷりとある白い生クリームを角が立つまで混ぜて、砂糖を入れてまた混ぜた。


 生クリームをパンに塗り、そして、どうやって切ったのかわからないくらいに綺麗に切れている果物を載せた。そして、反対側をパンで押さえてを繰り返した。


「ふーっ……なんとかなったわね……」


 私は小さな机の上に置いたフルーツサンドの山と、お祝い仕様の飾り付けを見た。面積の都合上、小山のようになってしまっているけれど、仕方ないわ。


 クロード……喜んでくれたら良いけど……。


 眠ったままのクロードを見れば、窓から光が差していて、そろそろ朝日が上がりそうだった。


 私とギャビンは結構音を立ててしまっていたように思うけれど、クロードは起きずにぐっすり眠っていたからギャビンの魔法の粉の効果は大きいみたい。


 彼の寝顔を見られることはあまりないんだけど、あどけなくて可愛い……まるで、幼い頃のクロードみたいだ。


 ……ずっと、私を探して居てくれたんだ。


「あの……シュゼット。もう……良いんじゃないですか。クロードのことが、好きなんでしょう。僕は男の趣味が悪いとは思うんですけど、誰かから見れば一目瞭然ですし、そろそろ素直になっても……不自然ですよ」


「……そうね」


 濡れた肉球を布巾で拭いているギャビンに(さと)されて、私は小さく頷いた。


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