20 治療係
仕事から帰り、狭い部屋の中で二人過ごして居るけれど、私たち二人はどこか不自然なままだった。
……理由は、わかっている。私がクロードのことを、意識し過ぎてしまっているだけ。私がぎくしゃくしているので、彼も通常状態でいられる訳もなく……。
クロードは窓辺に座って何か考え事でもしているのか、憂い顔で街の灯りを見つめていた。
黙ったままでそうしていると、やけに魅力的に見える。クロードは私のことについては執着し過ぎているとは思うけれど、それ以外は完璧と言える男性だもの。
……どうしてそこまで、クロードは私なんだろう。私以外好きにならないでと、幼い頃に約束させたから?
どうして……。
「いた……」
椅子から立ち上がろうとした私は、足場台から落ちてしまった時に、右足をくじいてしまったらしく顔をしかめた。
最初は痛みもそれほどでもなく大丈夫だろうとは思って居たんだけど、違和感は増して今では足を一歩でも踏み出すと痛みが走った。
「……シュゼット。大丈夫? 足をくじいたのか?」
クロードは心配そうな声を出し、私は苦笑いして頷いた。
もし、あの時に彼が助けてくれなかったら、足の怪我はこんなものでは済まなかったもの。
「そうなの。けど、クロードが助けてくれたから、大丈夫……私もぼーっとしていたから。明日は休みだから医者に行くことにするわ」
治療費は高くなってしまうけれど、足が使えないと仕事自体が出来ないのだから、死活問題で必要経費でそれは仕方ない。
「医者なんて要らないよ」
「わ!」
「……え!」
クロードが何気なく手を動かせば、ナイフとフォークを持った中年男性がその場に現れた。私も彼も声をあげて呆然としていて、落ち着いているのはクロードだけだ。
だ、誰?
「ベネディクト。食事中呼びだして悪いけど、シュゼットの足を治療してあげて貰える?」
クロードは無表情のままで突然姿を現した中年男性に向けて、私の痛めた右足を指さした。
ベネディクトと呼ばれた彼は、持っていたナイフとフォークを慎重に机の上に置いた。
わ……なんて、曇りない美しい銀食器。それだけで、彼が裕福な貴族であることが明確にわかってしまう。
銀食器は毎日磨かないとすぐに曇り、こんなにも光を弾いて輝かない。それだけ使用人が雇える余裕ある生活をしているという、まぎれもない証拠だった。
「クロード……せめて、予告が欲しいと何度も言ったと思うんですけどね。私は食事中だったんですが」
ベネディクトは無意味だとわかりつつも言うしかないと言わんばかりに、大袈裟にため息をついた。
「悪かったよ。こんなに遅い時間に、食事を取っていると思わなくて」
クロードはしれっとそう言ったけど、ベネディクトがして欲しいのは呼び出す前の予告であって、食事中だからという事ではないと思う。
「……もう良いですよ。こちらのお嬢さんですか?」
「あ! シュゼットです。はじめまして」
ベネディクトは私に視線を向けたので、慌てて挨拶をした。
彼は初老で白髪の紳士で、今はゆったりとくつろいだ服を着ていたので、見た目で神官であるとはわからない。
「私はベネディクト・マートン。勇者クロードにこき使われている神官ですよ。一番大変な仕事を任せてしまったので、逆らえなくてね……どれ。痛めた足を見せてくれますか」
「はい……」
おそるおそる右足を差し出せば、彼は大きな手をくるぶしに押し当てた。ふわっと白い光が放たれて、痛みが驚くほどになくなった。
「どうですか。まだ痛みますか?」
「いっ……いえ。ありがと……え!」
足の痛みを取り払ってくれたベネディクトにお礼を言おうと思えば、姿を消してしまった。
「どう? ベネディクトの治療」
「クロード! こんなに勝手に呼びだしておいて、こんな風に返すなんて……信じられない。お礼も言えなかったのよ!」
「俺が今度代わりに伝えるよ。それに、ベネディクトは俺の横暴に慣れているから」
なんでもないことのようにクロードはそう言い、私は言葉を失ってしまった。
いま目にしたことをそのままを言えば、クロードはベネディクトに対し、とても酷いことをしていると思う。
けれど……私の知っているクロードは、こんな人ではなかった。
何かこうなる要因があるのかもしれない。
「あの……クロード。あんなに優しかった貴方が、こんなに横暴なことをしてしまうなんて、何か理由があったの?」
「出来るだけ早く、シュゼットを探しに行きたかったんだ。誰かの気持ちを慮るという大事さはわかっているつもりだけど、そこに掛ける時間が惜しかったんだ」
「クロード……」
……確かに私たちは、ちゃんとしたお別れも出来ずに別れることになってしまった。
「……シュゼットを探すまではそういう理由だったけど、こうして探し当てたから、あれはあまり良くなかったな。ベネディクトを呼び出す時は、予告するようにするよ」
そうやって反省したように言ったので、私はこれ以上何も言えなくなった。
彼の前から居なくなった私にも、原因の一端はあると思えたから。
「ふふ。そうして。食事中に呼び出すなんて、可哀想だわ」
「わかった」
その言葉とは裏腹に、あまりわかって居なさそうな表情のクロードは肩を竦めた。