18 疑問
「クロード」
私は扉を開けて室内へと入って来たクロードを見て、彼の名前を呼んだ。
「ああ……ただいま。シュゼット」
クロードは道中で何か買い物でもして来たのか、紙袋を机の上に置いた。
「あの……何か、私に……言うことないの?」
何をどう言えば良いかわからず、私は彼へと尋ねた。クロードは不思議そうな表情を浮かべていた。
「何が? 俺がシュゼットに言いたいことは、仕事辞めて俺と暮らそうってことだけど」
「違う……ほら、何か、変わったこととか……」
「? 別に……何もないけど」
クロードは私の質問に首を傾げて答えた。そして、私はそれ以上は何も言えずに、浴室へと移動した。
……いえ。女性関係の話を向こうから言ってもらおうだなんて、虫が良い話だったわ。
せっかく努力して手に入れたノディウ王国での仕事を辞めて、彼と一緒に生きて行くとすぐに言えない私は……ここで、クロードの交友関係になんて口を出すことなんて……出来ない。
だって、女性関係に口を出すって、そういうことでしょう……彼と付き合って結婚するって、そういう覚悟を決めているとか……もしくは決めて行くというか、そういうことだから。
私だってクロードのことは初恋だけど、何年も離れて居た人と『すぐに結婚しましょう』なんて、そんな事は言えない! それに、まだ私の中でどういう気持ちなのか整理出来ていないし。
不意に顔を上げて鏡を見れば赤くなって焦った顔の私が、こちらを見て居た。
……クロードのことが、好き? それは、好きなのかもしれない。
幼い頃は、間違いなく彼のことが好きだった。
何年も経って再会して……あまりにも、お互いの立場が違い過ぎて……覚悟も決まらずに私はこれからどうすれば良いのか、わからなくなってしまっただけで。
◇◆◇
「あの……シュゼット。何か機嫌悪い……?」
朝日に照らされて艶めく黒髪に、透き通る青い瞳。整った造形を持つクロードはいつ見ても変わりなく美男で、私ははーっと大きく息をついて首を横に振った。
昨夜から、彼女が誰かということをすんなり聞くことも出来ずに、私は変な態度をとり続けるしか出来なかった。
「……いいえ。なんでもないわ」
ちぎったパンを口に放り込みながらそう言った私に、クロードはどうして不機嫌なのかわからずに戸惑っているようだった。
どうしても気になってまう。あの女性は一体、誰なの……?
話掛けられた時のクロードの対応からして、知り合いだったわ。
だって、クロードはこれまでにリベルカ王国居た訳でしょう。ここはノディウ王国。隣国とは言っても一国間の距離は長い。
普通に王都と王都を行き来すれば、二ヶ月掛かる道のり。
それを……あの女性はものともせずに、クロードを追い掛けて来たことになるのよ。
「あのっ……」
「ん?」
あの女性は誰でどういう関係なの? 私のことがずっと好きって、言っていたよね?
彼に聞きたい疑問が言い掛けて言えなくて、私の口は開いては閉じてを繰り返した。
……だって、あの人とのことを詳しく聞きたいって、どうやって言えば良いの……?
クロードは私のことを……昔した約束のこともあって、好きだって言ってくれていた。
ただせっかく一人で生きていけているし、クロードが現れたからって、すぐにこの生活を手放したいだなんて思えない。
……だって、どんなに愛し合って結婚した男女でも……何かの理由で、別れてしまう可能性がある。
私たちは再会したばかりだし、付き合って結婚すると定めるのも、お互いを知ってからでも遅くないはずよ。
私だって、多少は大人になったのよ。
けど……! けど、気になる……あの女性は、どういった関係の人なのか。
「クロード。あのね……」
「うん?」
クロードもこう何度も言い掛けては止めてを何度も繰り返され、流石に何か深刻なものがあったのかと私の目をじっと見つめた。
その時。
薄紫の毛に覆われた猫の顔が机の上に現れて、私は驚いて後退った。
「わっ!」
ぽふっと座っていたベッドに倒れた私を、クロードは右手を伸ばして起き上がらせた。
「……ギャビン。いきなり現れるのはやめろって、この前にも言っただろう?」
「失礼。僕は普通にこの部屋へ来ただけのつもりだったんですけどね。今度からはどこかを叩いて音を立ててから部屋の様子をうかがうようにしますよ」
ギャビンも私の驚きように驚いたのか、胸に両手を当ててほーっと息を吐いた。
「床や壁をすり抜けるのを止めて、窓から入れよ。そうすれば、お前が入って来ることだってわかりやすいから」
「いえ。それは出来ませんね。僕は誇り高い翼猫ですよ? 移動手段に口を出さないでください」
呆れたようにすり抜ける抗議を口にしたクロードに、ギャビンは身体をくるんと宙に回して意見した。
「だからなんだよ。それに……何の用だ?」
「昨夜にも、させていただいた話ですよ。クロード。昔から、人助けは自分のためと申しましてね……世界救済出来る程度に能力の高い君には、これからも色々とやってもらわないといけないことがあるんですよ」
「俺は勇者の役目は果たしたし、あとは知らない。自由にやってくれ……魔王を倒し世界を救わせておいて、人助けをした方が俺のためになるなんて、二度と言われたくはないな」
「クロード。どうしても? ですか」
「どうしてもだ。ギャビン。俺は勇者としての役目を果たした。それゆえに能力を与えられたことについては事実だが、それはもう自分以外、誰にも使い道を指定させない。俺にはこれからやりたいことがあるんだ。わかったな?」
静かに圧を掛けるようにクロードは話し、そんな彼の言葉に押されるようにギャビンは何度か頷いた。