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16 初恋

「……あの、クロード……執事見習い(ホールボーイ)の仕事は、忙しいって聞いているけれどここに居て大丈夫なの?」


 使用人として一番大変で下積みの執事見習いは、執事から何かを指示されればすぐに動くしかなく、慣れない働き始めに辞めてしまう人だって多かった。


 逆にそこさえ耐えられれば、もっと楽で簡単な仕事だって任せられると判断されることになるのだ。


 今日、執事見習いとして雇われることになったクロードだって、こんな場所で私とのんびりしていることなんて出来ないはずなのに。


「今は俺の仕事は、分身にやってもらっている。一日の中で邸内では何をすれば良いかはもう理解したから、指示を受ければ適当に仕事するはずだよ。だから、ここに居ても平気。仕事はしているし」


 クロードにさらりとここに居る理由を告げられ、私は驚きで大きく目を見開いた。


 ……分身? クロードの分身?


「え? あの……クロードの分身って、一体どういうことなの?」


 普段あまり使うことのない単語を聞いて、私は戸惑っていた。


 いえいえ。私だってその単語の意味は知っているのだけれど、今ここでそれが出て来る意味が、すぐに理解することが出来なくて。


「ああ。俺の分身だよ。俺ではないけど、俺の役割を果たすんだ。自発的な行動は出来ないけど、先んじて行動を指定しておけば、言葉での簡単な指示なら勝手に動く。本来ならば魔物と戦っている時に(デコイ)として使うんだけど、こういう時にだって使えるから」


「そっ……そうなんだ……」


 すごい。勇者って色々なことが出来過ぎて……魔法も使えない私は、もうため息をつくしかなかった。


 それと同時に、この前に翼猫ギャビンが懸命に訴えていたことだって、理解出来るような気がする。


 クロードにはここまでの事が出来るのだから、それは出来れば人助けなどに役立てるべきで、使わずに眠らせておくべきではないと……そう言いたかったのよね。


 私もそう思うわ。クロードにしか出来ないことが、この世界にはたくさんあると思うもの。


「ねえ。シュゼット……これ、全部洗うの?」


 クロードは浸け置きのために、大きな槽に入れた汚れた布を指さした。


 そうだわ。これをやるためにここまで来たのに、ドレイクのせいで忘れてしまっていた。


 そろそろ洗剤で汚れも溶け始めたから、手で揉んで綺麗にしたら、水気を切るために絞って干す準備をしなければ。


「ええ。そうよ。この洗濯紐に干せば、今日の仕事は終わりよ」


 私は洗濯物を干す用に、壁と壁の間に設置された何本かの紐を指さした。時間も遅く日は照っていないけれど気持ちの良い風が吹いているので、明日の朝には乾いているはずだ。


「では、俺が代わりに洗うよ。シュゼットは……はい、これを塗って」


「え? これって、何?」


 彼がどこからか取り出し差し出した小さな箱を開けば、中身は白い軟膏が入っていた。


「手荒れに効くクリーム」


 私は彼の言葉を聞いて、息をのんだ。


 クロード。もしかして、前に手荒れをしていた私の手を、見ていたから……買いに行ってくれたの?


「……いつこれを、買って来たの?」


 だって、これまでに一人で買いものに行く隙なんてなかったはずなのにと驚けば、クロードは軽く肩を竦めた。


「今日の昼休み。これは、俺が気になっていただけだから。シュゼットは俺が洗った物を干していって」


「あ……はい。わかったわ……」


 大きく腕まくりしたクロードは、汚れた布を手際良く次々に洗い絞った。私は強い力ですっかり水気がなくなっている布を干していった。


 ああ……私が手荒れのことを、気にしていると気が付いたから?


 ……そうよ。同じ職場に来たのだって……おそらく、メイドとして働く私のことを心配してよね。


 クロードの優しいところは、幼い頃から変わらない。


 あの頃だって、私のことを一番に考えてくれていた。傷つくようなことなんて、彼には一度も言われたりされたりしたことない。


 クロードは……私の初恋の人で、それは、何があってもずっと変わらない。


 大事にされていると行動で示されて、今だってこうして胸がときめいてしまうのは、あの頃の気持ちが、心の奥底に残っているからなのかもしれない。


 今は……?


 今はどうなのだろう。


 わからない。だって、再会したばっかりで……すぐにクロードの結婚の申し出になんて、頷ける訳がない。


 貴族令嬢だった私だって、そこまで世間知らずでなんて、居られなかった。一人で生きて行くためには……。


 クロードは最後の布を絞り終えると顔を上げて、私が見て居たことに気が付いたのか目を合わせてにっこり笑った。


 ……駄目。


 私は慌てて彼から視線を外して、せっせと布を干し始めた。


 私の好きだったクロードそっくりの可愛い笑顔で……本人であることを、思い出させないで欲しい。


 何年も経って、終わっていた初恋を、また取り戻す覚悟なんて……まだ、出来ていないんだから。


 白くなった布は吹き始めた夜風にはためき、見上げれば、明るい月が雲から顔を出していた。


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