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11 予告

 ほぼ揺れることのない、飛空挺での快適な空の旅だった……とは言えるけど、やはり、地に足がついた場所で眠れるのは嬉しい。


 私が住む場所は一階に十ほど部屋のある集合住宅で、私は三階の角部屋。ローレンス侯爵の口利きもあるし、女性一人暮らしだからという配慮もあった。


 暗い階段を上がるとふきっさらしの長い廊下を抜けて、奥の部屋まで歩く。鍵を開けて部屋に入れば、私が出て行った時からこもっていた空気がそこにはあった。


 ここが、私が稼いだお金で借りたお城。


 狭い部屋の中には、大きなベッドと小さな机と椅子があって、玄関前には浴室とお手洗い。


 ただ、それだけの簡素な部屋。


 けれど、私にとっては『自分の家と言える唯一の場所』だった。


「……どうぞ。先に言っておくけど、ほんっとうに、狭くて汚いからね」


 私は警告のつもりで言ったんだけど、クロードはにやっと笑った。


「すごく気持ち悪いこと言うけど、狭い部屋にシュゼットのと二人なのは、俺は嬉しいね」


「……クロード。あの……」


「俺だって、予告はしたよ」


 なんとも言えぬ表情で私は背の高い彼の顔を見上げたけれど、確信犯のクロードは余裕ある仕草で軽く肩を竦めた。


 玄関先で立ち止まり話をしている場合でもないので、扉を開けて私は先に部屋の奥へと進み、大きな張り出し窓を開けた。


 新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んで、吐いた。


「はー……っ!! 久しぶりの我が家だわ! 手紙を渡して返事を持って帰るだけだけれど、ずっと移動中なのは疲れてしまうもの」


「うん。お疲れ様。シュゼット」


 クロードは室内を見回して、肩に掛けていた小さな鞄を置いた。


 旅をしているはずのクロードの荷物があまりに少なすぎると私が言ったら、空間収納魔法を使えるから、財布やその日使うもの以外は宿屋の部屋などで出し入れしているらしい。


 ……まあ、財布もその気になったら持たなくて良いんだろうけれど、何もない場所から財布を取り出している男性を見れば、私だって焦ってしまうものね。


 別に疑ったことなんてないけれど、本当にクロードは勇者様なんだわ。


「クロード。ご飯はどうする……? 外で食べても良いし、良かったら、軽く作っても良いわよ」


「ああ……シュゼットは着替えるだろうし、俺が何か、すぐに食べられる物を買ってくるよ。長旅の後だし、楽な格好をして」


 そう言ってクロードは返事も聞かず、さっさと出て行ってしまった。


 私も彼から言われて、はたと気が付いた。


 今着用しているような貴族令嬢が着るドレスは、狭い洗面所でなんて着替えられない。ふんわりと膨らんだスカートの下にはバッスルがあって、一旦これを外さなければいけない。


 このドレスは特別製で一人でも脱ぎ着出来るものだけれど、クロードが出て行かなければ私は彼の前で着替えることになっていたのだ。


「……気が利くんだから。それとも、優しいから? 幼い時からずっと、優しかったけど」


 そう呟きながら、私はひとつひとつ留め具を外し、洗える箇所は綺麗に畳み、洗えない箇所には消臭で霧吹きをかけた。


 そして、久しぶりに髪をひとつにして高い位置に括り、なんのへんてつもないワンピースに着替えた。


 堅苦しくもないゆったりとしたつくりの服に、ほうっと息を吐く。


 貴族令嬢のドレスは美しいけれど、重いし苦しい。何も締め付けられていない状態が、驚くほどの解放感だった。


「お疲れ様。やっぱり君は、何着ても可愛いね。シュゼット」


 大きな紙袋を手にして戻って来たクロードは、私の着替えた姿を見て頷いた。


「クロード! お帰りなさい」


「うん。何でも食べたいもの選んで」


「まあ! ありがとう……何にしようかしら」


 私は彼に渡された食料一杯の紙袋を覗き込んだ。


 お金のない私には縁のなかったご馳走ばかりで、とても美味しそう。


「……シュゼット。泊まって良い?」


「え? けれど、眠る場所ないわ。クロード。宿屋の方が良くないかしら」


 私は部屋の中を見回したけれど、ベッドはひとつしかないのだ。それも、クロードのような身体が大きな人が使うようなベッドではない。


「いや、俺は床で良いよ」


「床は駄目よ」


「シュゼットが寝心地を心配しているんなら、俺はどこでも眠れそうな寝袋出せるんだよね。ほら」


 クロードは『どこか』へ手を伸ばし、次の瞬間、寝袋は床に落ちていた。


 寝袋は驚くほどふかふかとしていて、なんなら、私のベッドよりも寝心地良さそう。


「まあ……すごいわ。クロード。それなら、別にここに居ても良いわよ。眠る場所さえ大丈夫なら」


「よくこれで、今まで……無事だったね。驚くよ。シュゼット」


 私が微笑んで許可を出せば、クロードはしみじみとした口調で言った。


「何を言ってるの? クロードは、幼なじみでしょ!」


「うん。それは、まあね。間違いないね」


 クロードは寝袋を調整しはじめたので、私はテーブルの上に食事を並べることにした。


 私はベッドの上、クロードは小さな椅子に腰掛けて、晩ご飯を食べる。


「美味しい……ありがとう。クロード。飛空挺に乗っている時の食費は出してもらえるけど、普段の生活でなかなかこんな物食べられないもの」


 肉汁たっぷりのサンドイッチにかぶりつく私を見て、クロードはしみじみして言った。


「なんだか……変わったね。前は、どこからどう見ても、育ちの良いお嬢様だったけど」


 お嬢様は手掴みで食事することなんて、絶対にありえない。それは、クロードの言う通り。


「変わらなければ、生きられなかったのよ。仕方ないわ」


「そっか……これまで、大変だったね」


 クロードは窓の外に目を向けて、そう言った。赤い夕日が沈む。もうすぐ、本格的な夜がやって来る。


「一人で生きるって、快適よ……」


「そっか」


 詳しいことを知りたいだろうクロードは、私の話を聞いて相づちを打ってくれるばかりになり、それからは何も聞かなかった。

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