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01 飛空挺

「ふあ……ぁ」


 あ……いけない。


 無意識に貴族令嬢にあるまじき無作法をしてしまっていることに気がつき、私は白い長手袋を嵌めた手で、慌てて開いた口を押さえた。


 長距離飛空艇内は海を渡る船舶(せんぱく)とも違い、ほぼ揺れもせずに、とても快適な旅……けど、これまでに幾たびも繰り返された旅路は、あまりにも退屈で死んでしまいそう。


 だから、美しく高価なドレスに身を包んだ貴族令嬢らしくもない、大きな欠伸(あくび)が出てしまった。


 沢山の人が集う飛空挺の広いロビーの中で、誰も私のことなんて気にもしていないと思うけど、ついつい恥ずかしくなってしまい気を取り直すため小さく咳払いした。


 なんでも私が現在乗船している大型飛空艇は、最新鋭の特注品らしい。


 空を自在に飛び広い海を抜け多くの国を跨いで移動するから、十年ほど前にあった衝撃的な飛空艇のお披露目以降、安全性や速度上昇にと運航会社は日々開発を重ねていると聞いたことがある。


 本当に便利な物が、開発されたと思うわ。まさしく、私たちの暮らしをすっかり変えてしまう素晴らしい技術の誕生は革命的だった。


 この世界にある飛空技術の粋を集めたような飛空艇へ乗り込み、私は仕事で赴いたリベルカ王国より、現在居住するノディウ王国に戻るために移動していた。


 本来であれば、この二国間の移動は船や馬車を乗り継いで、二月は掛かろうかと長い長い道のり。


 長い距離と時間も空を飛ぶ飛空艇に乗ってしまえば、それを一週間に短縮してしまえる。


 それに、巨大な空飛ぶ鉄の塊である飛行艇の中には、まるで小さな村を詰め込んでいるかのように、各商業施設が揃っていた。


 いわば、常に移動しながらでも、乗客たちは快適に普通の生活をすることが出来るのだ。


 飛空艇が出来る前には考えられない、まるで……夢物話のような話が、現実になった。


 そんなこんなで大人気な飛空艇の切符は、一日にひと便しか運行せず非常に数少なく価格が高く、貴族や富裕層しか買えない。


 よって、そんな船内は、とても治安が良い。


 運営会社側も貴族や富裕層の安全について配慮していて、屈強そうな見た目の警備兵だって、そこらじゅうに配置されている。


 一人で同行者の居ない私はロビーに出て窓際に座り、どこまでも続く白い雲海を見ながらお茶を飲んでいた。


 けれど、辺りを見回せば、同じように女性一人旅だって珍しくない。それほど安全だからだと思う。


 本当に、楽園かと思ってしまうほどにいたれり尽くせりの……とても快適で安全な良い旅のはずなのに、時間に追われる仕事を離れて、ゆっくりのんびり出来ると喜べるのも一日か二日。


 いくら千人を一度に運べる巨大な飛行船の中と言えど、普通の客が行動出来る範囲は、当然のように限定されている。


 大きく透明な窓にある景色を楽しめたのは、壮大な青い空と白い雲が、どんなに時間が過ぎてもほぼ変わらないものだと気がつくまで。


 ……私は必要あって、裕福で優雅な貴族令嬢のように見せかけているけれど、実は今はそうではない。


 昔はそうだったこともあった。けれど、今は没落した家を離れ、メイドとして暮らしている。


 現在の雇い主ローランス侯爵から言いつけられた仕事で、何度もこの飛空艇に乗船している。


 それは、不思議な仕事ではあった。


 小さな封筒を隣国に持って行く。そして、ある場所にまで行けば返信の手紙をもらう。そして、飛空挺に乗り、折り返し帰って来る。


 とは言え、特別報酬が貰える美味しい仕事で、ローランス侯爵から直々に頼まれた仕事だった。


 ローランス侯爵は家出をして裏路地で蹲り行き倒れになりそうになった私に声を掛けてくれて救ってくださった方で、現在安定して一人暮らして行けるのも、紹介状もなく邸で働くメイドとして雇ってくれた彼のおかげだった。


 まぎれもなく、ローランス侯爵は、私の命の恩人よ。


 そんな彼を、疑うことなんて出来ない……と言ったら、語弊(ごへい)がになるかもしれないけれど、ローランス侯爵はとても素晴らしい良い方なのだ。


 雇用している使用人たちにも優しくしてくれるし、皆からの評判だって良い。使用人の扱いが悪い貴族も多いので、その中で金払いも良く彼は非常に貴重な存在なのだ。


 侯爵ともなれば重要なポストを任されているのだろうし、大事な仕事を信頼して任せてもらえて彼を助けられるということに、私は喜びを感じていた。


 そもそも彼が悪人であれば、私はすぐに売り飛ばされているはずよ。


 ……ただ、裕福な人しか乗れない飛空挺に乗って、手紙を持って往復して来るだけなのよ。


 それに、あんなに良い人のローレンス侯爵が、悪事に手を染めるなんて思えない。


 ……とは言え、空の旅も何度も何度もになると、特別感が薄れてきてしまった。


 青と白が埋め尽くす窓の色をとても新鮮だと楽しめたのも、二回目までだろうか。夜、厚い雲の下を飛ぶときの周囲は、まるで見るものを吸い込むような暗黒になる。


 これは、ほんの少しの間の贅沢で……ただの仕事で移動中の身にはわがままを言っているとは、わかってはいるけど……暇だった。


「……はー……何か、面白い事でも起こらないかしら?」


 青い空をぼんやりと見て頬杖をつきながら退屈だと呟いた私が、何もかも悪かったのかもしれない。


 白い雲の向こうに小さな黒い点が見えたのは……その時のことだった。


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