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妻が猿に見えた話②

「え、悠真、この話、知ってるの?」


千鶴が、カウンターの向こうから意外そうに声を上げる。


「妻が猿に見えた話だろ?本当はこういう話なんだ……」


そう言いながら、悠真は昔読んだ本の記憶を辿る。


「昔、城下町に住んでいた侍が、はるばる島原の乱の平定のため、九州まで遠征に行った。何とか反乱を治めて帰ってきたときに、自分の屋敷の妻が猿に見えた……って言う話なんだ」


「さっきと同じじゃない?」


「でも、ここからが違うんだ」


***


 九州平定から久方振りに戻った侍は、懐かしい我が家を道の向こうに見て安堵した。まわりには、河越藩に先祖代々仕えている御徒組の屋敷が並んでいる。侍は屋敷の門をくぐったところで、違和感を感じた。本来なら、自分を迎え入れるはずの使用人がいない。庭の様子も、どこか手入れが行き届いていないようで、所々に雑草が生えている。


けしからん、主がいないのをいい事に怠けているのだな。そう思いながら、玄関に向かうと、なんと、入り口が板で打ち付けられているではないか。


いよいよおかしい。ここは我が家ではなかったか。そう思って、改めて屋敷を見るが、どこからどう見ても自分の屋敷に相違ない。再び玄関に目を移すと、今度は引き戸が開け放たれており、屋敷の中が見える。


先ほどは、板で打ち付けられていたではないか!侍は、驚愕し、そして、腰の刀に手をかける。なにかが起きている。これは、怪異、もののけの仕業ではないか。


屋敷中の雨戸は締め切られており、昼間であるにも関わらず中は暗かった。侍は、刀の柄を握ったまま、暗闇に目を凝らし、屋敷の中へと入った。


室内は、しんと静まり返っており、物音一つしない。生まれ育った我が家であったが、侍は、まるで化け物のすみかに入るような心持ちがして、ぞくりと寒気が立った。


「誰かおらぬか!」


侍は、怯えを振り払うように大声を出した。屋敷の中からは返事がない。と、そのとき。


ミシリ。


床が鳴った。侍は音が聞こえた方を向く。


ミシリ。


再び床が鳴った。何者かが近づいている。


正面には座敷があり、ふすまを隔てて奥の座敷に繋がっている。足音は、座敷の奥から聞こえている。


侍は、剣の腕に覚えがあった。怪異であろうが、あるいは賊であろうが、一太刀で切り伏せてやる。覚悟を決めた侍は、草履を履いたまま、座敷に上がった。


すると突然、奥の座敷を隔てているふすまが、すーっと開いた。


侍は、とっさに身をかがめて、抜き打ちの体制を取る。


ふすまの奥は良く見えないが、何かがいる。ゆっくりと近づいてくるそれは、侍が見慣れたものであった。朱色に白い花模様。侍の妻が好んで来ていた着物の柄である。


足音の正体は我が妻であったか。しかし、なぜ雨戸を締め切って暗い室内などにいるのか。声をかけようとしたところで、侍は異変に気付き体を強張らせた。


……臭い。奥の座敷からは強い異臭がした。まるで、熊や猪のような強い獣のにおいに、侍は気分が悪くなった。


「ど……どうしたのだ。こんな暗がりにおって、体調でも悪いのか?」


そう声をかけると、下を向いていた妻が侍のほうを向いた。


妻は、猿の顔をしていた。


***


「怖っ!」


千鶴が悲鳴を上げる。


「それからどうなったんですか?」


少女が興味深そうに聞いてくる。


「びっくりした侍は、その場で腰を抜かして倒れ込んだんだけど、なんとか屋敷の外まで這い出て振り返ると、玄関には、怪訝な顔をしたいつもの妻がいたんだって」


「えー!?なにその話。まぼろしか何かを見たってこと?」


「さぁね。昔の話だから、よく分からないけど。まぁ、そんなこんなで、侍は無事に奥さんと再会できたのはいいんだけど……」


「え、なに?まだ続きがあるの?」


「うん、安心した侍と奥さんが帰りの無事を喜んでいると、隣の屋敷から悲鳴が聞こえたんだ」


「えっ?」


「慌てて駆けつけたら、隣の屋敷の主が、自分の妻に斬りかかってたんだって」


悠真は、そこで、ぬるくなったカフェオレを一口飲んだ。


「隣の家の侍は、居合の達人だったそうだ」


「……それってつまり、そっちの屋敷でも、奥さんの顔が猿に見えたってこと?」


「そういうことだろうな。斬った後に気がついたんだ。自分が斬ったのは……」


「ストップ!もういいわ」


千鶴が青い顔して、悠真を止める。


「な、さっきのバナナの話とだいぶ違うだろ?」


「たしかに……、でもなんでそんな違いが?」


「昔話って、語り継がれるうちに変わるもんだから、都合よく丸くなったんじゃない?」


「いや、丸くしすぎでしょ!」


「でも、バナナの話のほうがいいじゃないですか?」


少女が明るい声でそう言う。


「えーっ!でも、本当の話は怖い方の話なんでしょ?」


千鶴が大きな声を上げる。


「そうかも知れませんね。でも、何十年も、何百年も”恨みつらみ”が語り継がれるより、そういう話もあったけど、今はもう水に流してバナナの話になったんです、のほうが良くないですか?」


「そうかなぁ……」


千鶴は納得が行かない様子だ。


「でもまあ、こういう話を聞くとさ……」


悠真は、カップを置くと、少女の方をじっと見つめた。


「恨みつらみじゃなくて、何か目的があって出てきたんじゃないの?とか思うよな」


「………」


少女は、一瞬だけ不思議な笑みを浮かべた。


「それは秘密です」


(それが一番知りたいんだけど……!)


悠真と千鶴は、心の中で叫び声を上げた。

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