あたりくじ③
ふと、背後に気配を感じて悠真が振り返ると、そこには店長が立っていた。
「うわっ、ビックリした……」
悠真が身体を強張らせると、店長は祭りの喧騒を背に、遠ざかっていく三人組の背中を目で追いながら、ぼそりと呟いた。
「やっぱりな……」
重たく、低い声。
「悠真くん、さっきの子たちからもらったお金を持って、裏に来てくれ」
「え?あ、はい」
言われるままに、足元に置いてあった手提げ金庫を持って行く。店長は、手提げ金庫の中から、くじの代金として手渡された千円札と小銭を念入りに確認する。
「ふむ……見てみろ」
店長は、千円札と小銭を悠真に渡す。悠真は、意味も分からず千円札を見比べていたが、やがて異変に気がついた。
「……これ!?」
千円札の番号が、全て同じだった。
「え?これって、コピー?」
いや、そんな雑な印刷ではない。見た目はどこからどう見ても本物だ。しかし、製造番号が一致している。そんなことがあるのか……
「うわ、百円玉も……全部、同じ平成19年だ」
全身に寒気が走った。悠真は、ごくりと唾を飲み込む。
「これって……どういうことですか?」
悠真はそう尋ねるが、店長は遠くを見るような目つきで黙っていた。しばらくの沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「……河童の仕業だよ」
「は?」
「カッパだよ」
悠真は思わず素っ頓狂な声をあげる。
「いやいや、河童って……昔話じゃないんですから!?」
しかし、店長は真顔だった。
「昔話ってのはな、本当にあったから残ってるんだ。川越には、三人組の河童が人を騙したって話も存在する」
「そんなバカな……」と言いかけた悠真だったが、ふと一つの伝承を思い出した。
”河童の伊勢参り”
三びきのいたずら好きな河童が、伊勢参りをしようと旅に出て、行く先々の宿で大盤振る舞いをした挙句、不審に思った村人たちに正体がバレて懲らしめられるという話だ。
たしか、河童たちが使ったお金は、全てタニシの蓋だったとか……
そのとき、
「すみませーん、くじやりたいんですがー?」
屋台のほうから声がした。
「すみません、いまちょっ……」
言いかけて、悠真は声を失った。
屋台の前に立っていたのは、また、あの三人だった。
悠真は、口をぱくぱくとさせたが、声が出ない。
「僕たち、まだ特等が出てないから……」
そういって、少年たちはニヤリと笑った。
***
(これは……マズいぞ……!)
悠真は、額の汗をぬぐう。
それと言うのも、屋台の最上段に置かれて、ライトアップまでされている景品。
"特等 Nyantendo Switch 2”は、空箱だった。
中身は、ない。
店長が懸命に手を尽くして入手しようとしたが、祭りの日には間に合わなかったのだ。フリマサイトでようやく見つけたゲーム機を、定価の二割増しで購入した店長だったが、郵送されてきたのは「箱だけ」だった。
中には、何のつもりか、キャラメル味のポップコーンが入っていた。昨晩は、怒りのあまり、そのポップコーンをむさぼり食ったと店長は言っていたが、そんなものを食べて腹の具合は大丈夫だろうか?
……とにかく、景品が空き箱だということはバレるわけにはいかない。いくら、暗黙のルールがあるからと言って「当たった商品が空き箱でした」では、お祭り会場中から顰蹙を買ってしまい兼ねない。そうなれば、インチキ屋台を手伝った男として、悠真も無事では……
三人組を前に、悠真は言葉を失う。
そのとき、
「……ここは、俺がやる」
低く唸るような声とともに、店長が一歩出た。
悠真の前に立ちふさがる店長の背中は、提灯の明かりに照らされて大きく見えた。白いタオルを首に巻き、全身に気合をみなぎらせながら三人組を真っすぐに見据える。
「……くじの鬼、出るのか……?」
隣の屋台の親父がぼそりと呟く。悠真も、藤木から事前に聞いていた。この店長は、屋台界隈では有名な逸話……かつて、某神社の縁日でくじ引き屋台を一晩で黒字転換させたという、伝説のくじ操作テクを持つ男だった。
対する小学生三人組も、悠然と前に出る。
「じゃあ、やりますね」
背の高い少年が最初だ。これまでと同じように、スッと無造作にくじ箱に手を入れる。
だが、店長はその瞬間を狙っていた!
「手元封じ!」
ガシャン!
何の躊躇もなく、くじ箱を置いている台を横に傾ける店長。弾みで、横にあったペットボトルが落ちるが、お構いなしだ。案の定、少年の手は狙いがそれて別のくじを掴んでしまう。
「はい、掴んだらそれね」
「うわっ、4等か……」
「残念でしたぁ~!おめでとうございまーす、4等はこちらから選んでね~」
悔しがる少年は放っておいて、くじ箱を再度セットする店長。
「……次は僕」
丸メガネの少年が前に出る。
だが、くじ箱を見て驚愕の表情を浮かべた。
「はい、最後の1個ね」
くじ箱の中には、くじが1つしか残っていなかったのだ。
「必殺、未来封じ!」店長が叫ぶ。
「……ぐっ」少年は、声を詰まらせながらくじ箱に手を入れる。
「はい、5等はこちらから選んでね~」
二人目もやり過ごした店長は、いそいそと別の箱に交換する。
「最後は……僕だ」
三人目の少年が前に出ると、場の空気がピリッと張りつめた。先ほど、1等のゲーム機を当てた赤いキャップの少年だ。
(……さっきの二人とは雰囲気が違う)
悠真は、少年の横顔を見つめながらそう思った。鋭い目つきをして、ニコリとも笑わない。最初から”勝負”の顔だった。
「じゃあ……いきます」
少年は、箱の前に立った瞬間、猛スピードで箱に手を突っ込んだ。
(は、速っ!!)
店長が何かをする前に、少年の指は、目的のくじを正確に捉えていた。
「どうぞ」
そう言って、少年は引いたくじを、店長に渡す。
店長は、一瞬だけ目を見開いた後、ふぅ、と肩をすくめて笑った。
「あちゃ~、まいったなぁ……」
穏やかな笑みを浮かべながら、くじを受け取る。その動作には、なんの不自然さもなかった。
だが、
悠真は、見てしまった。
「……!」
店長の指が、くじを受け取るその瞬間。
袖の奥に潜ませていた、もう一枚のくじと”すり替えた”のを。
(えっ……今の、絶対……!)
まるで手品のように自然で、ほんの一瞬の出来事だった。
少年は、まだ気付いた様子はない。
内心大騒ぎの悠真をよそに、店長はにこやかに、すり替えたくじを広げて見せた。
「ざんねーん、5等!」
「えっ!だって、僕が選んだのは……」
「5等だよ~」
店長は、ヒラヒラとくじを少年に見せる。
「それとも、もう1回やる?まだ、タニシの蓋はあるかな……?」
ビクッとする赤いキャップの少年。残りの2人も、狼狽えた様子で赤いキャップの少年を見る。
「こ、これで終わり……!」
そう言うと、少年は逃げるように去っていった。
「ま、待ってよー!」と、少年を追いかけて2人も去る。
その背中を見送りながら、悠真はそっと店長に声をかけた。
「店長……今、袖から……」
「しーっ」
「勝負ってのはな、ただの運じゃねぇ。戦略が必要なんだよ」
そう言って、ニヤリと笑った。
(いや、ただのインチキじゃん!!しかも、バレバレの!?)
「ひさびさに熱い勝負だったな。さぁて、そろそろ俺も屋台に立つか!」
そのときだった。
「あっ!健さん、店に立っちゃダメって言ったじゃないですか!営業停止にしますよ!?」
メインステージの騒ぎを収めた藤木たちが戻ってきた。
「やべっ!いや、藤木さんこれには事情がありまして……!」
「ダメです。健さん、”屋台は真剣勝負”とか言って、高い景品出さないもんだから、お客さんたちから顰蹙買って、神社出禁になったんですからね!!」
「いや~、面目ない!」
(そうだったのか……、そりゃ、黒字転換ってそういうことだよな)
悠真は、藤木に叱られる店長(健さん)を見て、働くって大変だなぁ……としみじみ思った。
***
いくつもの提灯が風に揺れていた。
街を包む、やさしい光。川越百万灯祭りは、今まさに最高潮を迎えていた。
駅から続く通りには、人、人、人。
浴衣姿の家族連れ、楽しそうに話すカップル、昔話に花を咲かせる老人たち。みんなそれぞれの想いを胸に、この夜を歩いている。
(バイトが終わったら、喫茶「雪塚」に寄って行くかな……)
祭りの喧騒の中で、ちょっと人恋しくなった悠真だった。




