あたりくじ①
昼間の暑さが嘘のように、夕方になるとそっと涼風が吹き始めた。提灯が灯る頃、通りは人波で埋まり、浴衣姿の人々の笑い声と、太鼓の音が響いていた。
百万灯祭り。川越の街を、やさしい灯りが照らし出す夏の風物詩だ。
「悠真くん、またバイト探してるんだって?1日だけだけど、ちょっと頼まれてくれない?」
商店街の副会長・藤木から紹介されたのは、屋台の手伝いだった。
「はいよ、こっちお願いね。看板娘は別にいるから、悠真くんは”当たりくじ”担当!」
屋台を仕切る50代くらいの男性から手渡されたのは、赤と白のストライプ模様が派手な”くじ箱”だった。箱の中には、今日の屋台で使うくじがぎっしり詰まっている。
屋台には大きく「あたりくじ」と書かれている。少し大きめな店内には、景品の陳列台がひな壇のようになっており、一番上の段には大きく「特賞 Nyantendo Switch 2」の文字が躍っていた。
Nyantendo Switch2は、最近発売されたゲーム機で、人気のため、中々手に入れることが難しくなっているらしい。
悠真が、景品を並べて、店の準備をしていると、背後から話しかけられた。
「あっ!悠真じゃん!?何やってんの?」
クラスメイトの女子2人が、かき氷を片手に祭りを楽しんでいるところだった。
「バイトだよ。くじ引いてかない?」
「えーっ!本当にゲーム機なんて当たるの!?」
「当たるよ。はずれなし。残念賞は、スーパーボールだ」
クラスメイトの女子たちは、「いらね~!」と笑いながら去っていった。
その日、あたりくじの屋台は盛況だった。お客さんは家族連れの子どもたちが多い。
くじは1回300円。今日はまだ3等以上の大当たりは出ていなかった。
「5等!あたり!この棚から景品を選んでね」
「おっ!4等だ!ピストルのおもちゃが人気だよ」
悠真はテンポよく、くじの結果を読み上げながら景品を渡していく。5等は、光るブレスレットやキャラクターが書かれたスーパーボール。4等は、おもちゃのピストルやバルーンの剣。3等は、プラモデルやアニメのフィギア。2等は、大きなぬいぐるみや人気ゲームのブロックなどが並んでいる。
「1等は、Nyantendo Switchと人気ソフト!特等は、Nyantendo Switch 2ですよ!」
悠真が声を張り上げると、通りを歩く人々が振り向く。中には「1等なんて当たらないようにできてんだろ」というような声も聞こえたが、それも夏祭りの風景のひとつだ。ウソかホントか、祭りの屋台には暗黙のルールがあり、人々はそれも込みで祭りの雰囲気として楽しんでいる。
「悠真くん、頑張ってるな!」
見ると、袢纏姿の藤木だった。祭り会場の見回りをしている最中らしい。
「急にバイトの子が来れなくなってさ!いや、ほんとに助かったよ!これ差し入れ」
藤木は、そう言いながらラムネの瓶を渡してきた。
「本当は、店長がやればいいんだけどさ。ちょっと事情があって……」
「副会長!すいません、メイン会場のほうで、ちょっとトラブルが……!」
揃いの袢纏を着た商店街の役員が駆けてくる。
「また、例のサルが……ヒートアップして……警察が……」
「すまん、言ってくるわ……」
藤木は、うんざりとした顔でそう言った。
「いつも、ご苦労さまです……」
悠真が、苦笑いすると、藤木たちは祭りの人混みの中を駆けて行った。
(……やっぱり、あっちのバイトは断って正解だったな……)
ありがたくラムネを飲み干すと、悠真は呼び込みを再開した。
「いらっしゃい!ハズレなしのあたりくじ、引いて行きませんか~!」
祭りの熱気に当てられて、ちょっとだけテンションの上がっている悠真だった。




