迷い家(まよいが)⑤
だが、悠真は断言した。
「後悔は……していない。1ミリもな!!」
悠真の宣言に、杏の動きが止まった。
「な、なんじゃと!?」
その顔には、信じがたいといった驚愕が広がっていた。
「なぜじゃ!?こんなにめんこい女子じゃぞ!?」
言いながら、杏はユサユサと胸元を揺らし、アピールポイントを最大限に強調してくる。匂い立つような色香、誰が見ても超絶美少女。しかし、悠真は涼しい顔で、きっぱりと答えた。
「ああ、確かに君は可愛い。いい匂いもする。俺のドストライクだ!しかし、俺は、ババアには興味がない!!」
「なっ……!!」
杏はグッと怯んだ。その一瞬の隙を逃さず、悠真は彼女の股の下から身を翻し、勢いよく跳ね起きた。そして、指を突きつけて叫ぶ。
「雪から聞いたんだよ!お前は“姉”なんかじゃない!
“おばあちゃん”だってな!」
「よ、世の中には!ロリババアというジャンルもあるんじゃぞ!!」
「ない!」
悠真に完全否定された杏は、ヨロヨロと後ずさり、その場に項垂れた。
「……需要なしということじゃな……」
「そうだ。雪がリアル中学生とわかった今、この俺に隙はない」
「この浮気者!!」
「何とでも言え!ファンタジーは空想の世界に帰れ!!」
「覚えてろ!」杏は、捨て台詞を吐いて、風景の中に溶けるようにして消えていった。
異様な空気がふっと晴れ、さっきまでの喧騒が嘘のように、爽やかな初夏の風が木々の間をすり抜けた。
悠真はひとつ、深呼吸をする。
そのとき、
「……なぜ君は上半身裸なんだ?」
スーパーの袋を提げ、たまたま通りかかった藤木さんが、いつもの無表情で問いかけてきた。
悠真は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに落ち着いた表情に戻って、こう言った。
「もうすぐ夏ですよ、藤木さん」
彼の心は、夕暮れの風のように穏やかで、どこか晴れやかだった。
今年もまた、猛暑になるのだろうか。




