迷い家(まよいが)②
蝉の声が、耳の奥を叩くように響いていた。
空は抜けるように青く、雲ひとつない。照りつける日差しは四月のものとは思えず、真夏のような熱気がじわじわと体力を奪っていく。
悠真はシャツの襟元を引っ張りながら、ポケットからスマートフォンを取り出した。
画面の右上には、わずか3%のバッテリー残量が表示されている。
焦る指で地図アプリを立ち上げると、読み込み中を示す円がクルクルと回り始めた。
「頼むから、間に合ってくれよ……」
小さくつぶやくが、そんな願いもむなしく、地図が表示されかけたところで画面はふっと暗くなった。
電池が尽きたのだ。
「あー、もう……!」
思わず天を仰ぐ。
まぶしすぎる太陽が真正面から睨み返してきた。
仕方なくスマホをポケットに戻し、再び歩き出す。
そこの角を右に曲がり、左手に見える閉店した酒屋の前を通る。
さらに進んで、大きな杉の木が立つ角を左に折れる。
「蔵造りの街並みはこちら」と書かれた古びた立て看板が、民家の前に立っている。
案内に従って進むと、またしても行き止まり。
もう何度同じ道を歩いただろう。
この道順は確かに知っているはずなのに、今日はなぜか、たどり着けない。
まるで見えない手に、何度も同じ場所へ引き戻されているようだった。
ふと、「誰かのいたずらか?」という疑念が頭をよぎる。
戻ろうと踵を返したとき、ふと生垣の切れ間から、公園の一部が覗いた。
近づいてみると、それは小さな町の公園だった。
遊んでいる子どもも、休んでいる大人もいない。
けれど水道が見えたのは、救いだった。
悠真は迷わず蛇口をひねり、手ですくってぬるい水を喉に流し込んだ。
滑り台、ブランコ、そして砂場。
どれも陽に焼け、少し色褪せていた。
砂場には、赤いバケツとスコップがぽつんと置かれている。
まるで誰かが遊びかけたまま、そのまま時間が止まってしまったような、そんな光景だった。
ベンチを見つけ、どさりと腰を下ろす。
再びスマートフォンを取り出してみたが、やはり電源は入らない。
蝉の声が、なおもけたたましく響いていた。
あたりは静かで、どこまでも時間が止まっているようだった。
悠真は思った。
この町のどこかに、知らない裏道があるんじゃないかと――
それとも、自分が、迷いこんでしまったのだろうか。
見上げた空は、相変わらず夏のように青かった。




