雨の日の訪問者②
店の片隅で、悠真と千鶴はこっそり視線を交わしていた。
(……雪って、普通に「お母さん」とか呼んでるけど……)
(……いや、そもそも私生活あるの……?)
(この世とあの世の狭間みたいなところに住んでるんじゃなかったのか……?)
疑問は尽きなかったが、言葉にするのはためらわれた。とりあえず、目で会話するしかない。
そんな二人をよそに、雪の母は、静かに席に座ると、品のある動作でメニューを開く。
「紅茶をいただけるかしら?」
「はい、すぐにお持ちします」
千鶴が注文を受け、悠真はこっそり雪の方を見た。雪は、居心地が悪そうに視線を落としたまま黙っている。
やがて、千鶴が湯気の立つ紅茶を運んでくると、雪の母は微笑みながら彼女に話しかけた。
「いつも、この子がお世話になっているそうで。ご迷惑じゃないかしら?」
「そんなことないですよ。雪ちゃんは常連さんですし、よく話をしてくれますから」
「それなら良かったわ。でも、この子、たまに変なことを言うでしょ? 妖怪がどうとか、霊的な力がどうとか」
上品な微笑みを浮かべながら、雪の母はさらりと言った。
「お母さん、やめてよー!」
雪が、いつもの落ち着いた口調ではなく、年相応の娘らしい声で抗議する。
「だって、本当のことじゃない?」
雪の母は優しく言いながら、紅茶をひと口飲んだ。
悠真は、混乱していた。
(雪って、狐の化身か何かだと思ってたけど……)
(いや、でも出会ったときも、雪の中に狐がいて……)
(え、つまり何? 雪って普通の中学生なの? でも、普通の中学生が霊的なことを言い当てたり、狐の姿でいるわけないし……)
考えが堂々巡りし、思わず千鶴を見ると、千鶴も困惑した顔をしていた。
「そろそろ高校受験なんだから、計画的に勉強しなくちゃダメよ?」
雪の母は当たり前のように言った。
「……はーい」
雪は、どこかバツが悪そうに返事をする。
悠真はさらに混乱した。受験?そんな普通のことを言われる存在なのか、雪は?
その後、雪の母は千鶴と雑談をした。
「ここの紅茶は、街で人気なのよね。お友達から美味しいって聞いていたの」
「ありがとうございます。うちの紅茶はこだわっているので、そう言ってもらえると嬉しいです」
千鶴が微笑むと、雪の母も穏やかに微笑み返した。
やがて、雪の母は上品に席を立ち、雨の降る外へと出ていった。
扉が閉まると、店内には再び穏やかな静けさが戻る。
雪は、まだテーブルに座ったまま、不機嫌そうに頬杖をついていた。
「……何?」
悠真と千鶴がじっと見ているのに気づき、雪がむくれる。
「いや、お前……普通に受験すんの?」
「するに決まってるじゃないですか」
当たり前のように言う雪に、悠真と千鶴は思わず顔を見合わせた。
(……どういう存在なんだ、雪……?)
雨はまだ、静かに降り続いていた。




