閉ざされた雪塚④
「えっ!?」
悠真は問い返す。
「お主が叫び声を上げたとき、ワシらは裏口で待機していた。北村さんを始末した後に、わざと叫び声をあげた。そう考えれば不可能殺人ではないな?」
サル爺は、腕組みをしながらゆっくりと話す。
「ゆ、悠真が!?」
千鶴が叫ぶ。
「いや、違うから!!なんで、俺が北村さんを殺さないといけないんですか!?」
「お主は、サルイエローの活躍に嫉妬をしていた。あいつさえいなければ!そう考えて凶行に及んだんじゃろう?」
サル爺は、わかるぞよ…と同情したように話しかけてくる。
「そんなわけないでしょ!!サルレンジャーとか、もう二度とやりませんからね!!」
悠真が抗議するが、サル爺はうんうんと頷きながら目を閉じている。
「そもそも、まだ北村さんが殺されたとは決まってないじゃないですか!?自殺したとか考えられませんか!?」
すると、千鶴がまた冷静に答えた。
「なるほど、その線もあるわね。でも、北村さんはどうやって自殺したのかしら?」
千鶴は、腕組みをした手を頬に当て、足をクロスさせた。
(……なんで、こいつはこんなに余裕なんだ?)
悠真は、信じられないものを見たような目で千鶴を見る。
「ねぇ、悠真、ちょっと死因を調べてくれない?」
「はぁ!?そんなの無理だよ!?」
「男の子でしょ!」
「男でも死因は調べないよ!」
悠真は抗議した。
「でも、誰かが死因を調べないとねえ」
「そうね、死因が分からないと情報が足りないわ」
「先に進まないものね」
おばさまたちも焚きつけてくる。
「俺、あんまり……そういうの得意じゃないっていうか……怖いっていうか……」
「……」
千鶴がじとっとした目で見つめる。
「……」
おばさまたちも見つめてくる。
(いや、なんで俺がやる流れなの……)
悠真はガックリとうなだれた。
サル爺は、「ふむ」と頷く。
「お主が怖いのは分かった。ならば、ワシが変わりに調べてやろう」
そう言うと、サル爺はしゃがみ込み、北村さんの様子をじっくりと観察し始めた。
「うむ……」
サル爺は北村さんの首に手をかけ、慎重に触れてみる。
「これは…!」
「な、なんですか!?」
「北村さんは……何者かにロープで首を絞められた跡がある!」
「えーっ!!」
全員が叫び声を上げる。
「つまり……死因は、窒息じゃ!」
サル爺はそう宣言すると、近くのイスに腰かけた。
***
みんな、サル爺の次の言葉を待っていたが、沈黙してしまったため、手持ち無沙汰にしている。
「……ねぇ悠真、北村さんが窒息ってことはどういうことかしら?」
千鶴が小声で話しかけてきた。
「どういうことって……そうか、自分で首を絞めて死ぬのは不可能だよな?」
首を吊るにも、天井には何もぶら下がっていない。自分で首を絞めても力が途中で抜けて無理だろう。
悠真がそう答えると、千鶴はうんうんと頷く。
「……ということは?」
「北村さんは自殺じゃない?」
「自殺じゃないってことはどういうことかしら?」
……北村さんは自殺じゃない。ということは、やはり誰かに殺されたということだろうか?しかし、自分は当然犯人ではない。ということは、誰かが北村さんを殺して、どこかに隠れている?
悠真は周りを見回した。パッと見は誰もいないが、例えばトイレに犯人が隠れていたりしないだろうか?
「犯人がどこかに隠れている?」
「なるほど、さすが悠真ね!犯人がまだこの部屋にいるかも知れないわね!」
「ほぉー!さすがじゃ。よし、みんなで探してみよう」
サル爺はイスから立ち上がると、躊躇なくトイレのドアを開けた。
「ここにはいないの!」
バタンと閉める。
(……なんか、緊張感なくないか?)
おばさまたちも、ワイワイとキッチンの扉を開けたり閉めたりしている。
「……部屋の中にもいない。ということは、どういうことかしら?」
また、千鶴が例のポーズを決めながら聞いてくる。
部屋の中には、自分たちしかいない。しかし、北村さんは密室で殺されている。最近読んだ推理小説だと、こういうときは、何かトリックを使って密室を作っていたような……
「うーん、北村さんが殺されたときは、密室じゃなかったとか?」
「そうね。このカレーライスが怪しいわね!」
「え!?」
千鶴はカレーライスを睨みつけている。
……いや、そんなこと言ってないけど?
「おお!確かにこのカレーライスは不自然じゃ!なんでこんなところにあるんかのう!なぁ、悠真?」
サル爺が関心したように聞いてきた。
確かに、このカレーライスは不自然だ。北村さんがスプーンを握っていたということは、彼が食べていたものだろう。しかし、なぜ彼は誰もいない喫茶店でカレーを食べていたのか……
「なぁ、千鶴。このカレーは千鶴が作ったのか?」
「違うわ。この皿だって、うちのじゃないわよ」
ということは、このカレーは誰かが持ち込んだものだろう。不自然なカレー、倒れた北村さん。
(……あー、ダメだわからん!なんでこんなところでカレーなんか食べるんだよ)
悠真がカレーを見つめた。具沢山の野菜カレーだった。
「あー、最近照明の掃除をしてなかったから、ほこりがたまっちゃったなぁ……」
千鶴はそうつぶやくと、天井を見つめる。雪塚の照明は天井に固定されたレールに取り付けるタイプだ。そのレールの一部分だけが、ほこりが積もっていない。
不自然なカレー、倒れた北村さん、ロープで絞殺、ほこりの積もっていないレール……
悠真の頭にある情景が浮かび上がった。
「……わかったぞ」
悠真はそうつぶやいた。
「何じゃ、何がわかったというのじゃ!」
サル爺が大きな声で問いかける。
「北村さんは、店の外から殺されたんです」
キャー!!と、おばさまたちから悲鳴が上がった。




