閑話)その後のサル爺
今日も悠真は喫茶「雪塚」にいた。
期末テストも近いので、参考書を持参し、ホットミルクを片手に勉強するつもりだった。
「そういえば、最近あのじいさん見ないな」
悠真は、ページをめくりながら、ふと思いついて千鶴に尋ねる。
「あー、あの人ね」
千鶴は、カウンターを片付けながら答える。
「なんか最近、人気になっちゃって忙しいらしいよ?」
「人気!? じいさんが!?」 悠真は驚いた。
「あれ? 知らなかった?」 千鶴は、あはは…と気まずそうに笑う。「あのおじいさん、小学生の登校を見守る活動をしてたんだけど——」
「うんうん」 悠真は頷く。確かに、地域の見守り活動をしているのは知っていた。
「それでね、なぜか突然変わった格好になって…」
「……まさか」 悠真は嫌な予感がした。
「そう。最初は普通の黄色いベスト着てたんだけど、『子どもたちに楽しんでもらいたい』って言って、ある日突然、猿の全身タイツで現れたらしいの」
「……攻めるなぁ」
「最初は『えっ!?』って感じだったけど、子どもたちがめちゃくちゃ喜んじゃって、それ以来 『見守り猿』として定着したらしいよ」
「 全身タイツで大丈夫なのか!?」
悠真は、世間の常識を疑った。
「最初は 『不審者では!?』って警戒されたらしいけど、ちゃんと地域の公認になったから大丈夫らしいよ?」
悠真は想像してみた。通学路の端で、猿の全身タイツを着たおじいさんが、元気よく「おはよう!」と子どもたちに声をかけている光景。
「……不審者だな」
「でね、最初は一人でやってたんだけど、小学生たちに人気が出すぎちゃって、 『お猿さんもっと増やして!』って要望が来たんだって」
「え、まさか……」
「そう、今は 『猿の見守り隊』になって、人数も増やしてやってるらしいよ」
悠真は、頭を抱えた。
「ね? だから、おじいさん、今すっごく忙しいらしいのよ」
「そう…か」
喫茶「雪塚」の窓の外では、今日も平和な街の風景が広がっている。
……そのどこかで、今日も全身タイツの男たちが元気に「おはよう!」と声をかけているのかもしれない。




