雪塚稲荷の夜②
悠真は急いで上着のポケットからスマホを出すと、路地の方向に向けた。
「……あれ?いないじゃんか」
「せっかくのシャッターチャンスだったのに!」
「しょうがないだろ。まさか、狐が出てくるなんて思わなかったんだよ」
千鶴と悠真がそんな話をしていると、
チリンと、遠くで、ドアベルが鳴る。
「あっ!お客さん?」
千鶴は慌てて振り向くと、喫茶店のほうに駆け戻った。
一人取り残される悠真。
雪の夜の川越は、歩く人もなく、しんと静まり返っていた。
(……おれも戻ろう)
悠真は積もり始めた雪を踏みしめながら、雪塚へと向かった。
……店に戻ると、カウンター席には1人の女性が座っていた。
白い着物を着た少女だ。まっすぐな黒髪は、肩の上で切り揃えられている。悠真は思わず、座敷わらしを想像した。
「油揚げを一つ」
「……うちは喫茶店ですよ?」
千鶴が困ったような表情で答える。
「では、ホットミルクを」
「切り替え早っ!」
悠真はツッコミつつ、少女から1つ離れた席に座る。
千鶴は、落ち着かない表情でホットミルクを用意し、少女の前に置いた。少女は「ありがたくいただきます」と言って、湯気をじっと見つめる。
「……こんな夜更けにどうされたんですか?」
千鶴が意を決したように聞いた。
「はい、相談がありまして」
(……絶対怪しいやつだな)
悠真と千鶴は顔を見合わせたが、少女は構わず続けた。
「実は、雪塚稲荷に異変が起きているのではないかと思いまして」
千鶴の顔がこわばる。
「……そういえば、最近ちょっと変なことが起きてるかも」
「え、マジ?」
「社の扉が勝手に開いてたり、しめ縄の位置がずれてたり……こないだなんか、誰もいないのに鈴の音が聞こえたんだよね」
「それ、誰かのいたずらじゃない?」
「そんなことする人がいるかなぁ……」
千鶴は、首をかしげる。
すると、少女はにこやかに言った。
「それは、やはり何かが起きてるかも知れませんね」
「何かって?」
「それを確かめるために、今から一緒に行きませんか?」
悠真と千鶴は、再び顔を見合わせた。
「いやいや、夜の神社とか絶対ヤバいやつじゃん!」
「でも、気になりますよね?」
千鶴は、しばらく考えた後に静かに言った。
「悠真、気をつけてね……」
「いや、お前も来いよ!?」
降り止まない雪。突然現れた怪しい光と白い狐。そして、謎の少女。
2人は、突然現れた状況に戸惑いながらも、夜の神社に向かうことになったのだった。




