底なしの穴②
「おーい」
穴の中から、また声がした。
悠真は息を呑んで、穴を覗き込む。
暗闇がどこまでも続いているように見える。
「誰か……落ちたのか?」
「おーい」
同じ調子の声。
悠真は眉をひそめた。
「……おかしくないか?」
「え?」
千鶴も不安そうに穴を見つめる。
「助けを求めてるなら、普通もっといろいろ言うだろ? どこにいるとか、どうしてほしいとか……」
確かに——。
穴の中から聞こえるのは、ただ「おーい」という単調な声だけだった。
「でも、もしかしたら意識が朦朧としてるのかもしれない」
悠真は、周囲を見渡した。
「ロープとか……ないよな」
「ちょっと待って! まさか行く気!?」
千鶴が腕を掴むが、悠真は軽く振り払った。
「もし本当に誰かが落ちてたら、放っておけないだろ」
そう言って、悠真は穴のふちに足をかける。
「バカ! 危ないってば!」
「大丈夫、ちょっと降りて様子を見るだけ——」
「うわっ!!」
悠真の足元の土が崩れた。
「悠真!!」
千鶴が叫ぶ間もなく、悠真の体は穴の中へと吸い込まれていった。
「悠真!? 大丈夫!?」
千鶴の声が穴の中に響く。
「………痛いけど大丈夫だよ。底はあったみたい」
穴が開いたときに積もったのか、土砂の上に落ちた悠真に怪我はなかった。
中は、思ったよりも広く、なだらかな下り坂になっていた。
「ちょっと、見てくるからそこで待っててくれ!!」
「うん…気をつけてね!!」
スマホのライトを頼りに、慎重に足を進める。穴の中に、悠真の歩く音だけが響く。
足を取られながら、進んでいくと、人が倒れているような影が見えた。
「だ…大丈夫ですか?」
悠真が声をかけると、影はこちらを向いた。
どうやら、男のようだが、スマホの光では、暗くてよくわからない。近づいて見ると、脚が大きな岩の下敷きになっていた!
「大変だ!今、岩をどかしますね!」
悠真は、男の足を押さえつける岩を両手で掴み、力を込めて持ち上げようとした。
しかし——
「くっ……重い!」
全く動かない。
(どうする……!?)
悠真は、息を整えながら考えた。
「……反対側から押してみてくれませんか?」
男は、静かに言った。
悠真は、岩を迂回するため、少し奥へ進もうとした——その時。
「ねぇ、悠真……誰と話してるの?」
千鶴の声が、すぐ近くで響いた。
悠真は驚いて振り向くと、千鶴が穴の中へ降りてきていた。
「ばっ、なんで来たんだよ!?」
「だって…、悠真が心配になって」
千鶴は、泣きそうな顔で言う。
「誰って……ここに男の人がいるんだよ! 足が岩の下敷きになって……」
悠真が説明しようと、再び倒れた男の方へライトを向けたが、
そこには、誰もいなかった。




