底なしの穴①
…あの騒動からしばらく経ったある日、悠真が自分の部屋にいると、千鶴からメールがあった。
「悠真、今度の土曜日に遊びに行かない?」
「遊びに?」
「うん。最近、なんか元気なさそうだったし」
「……そうか?」
悠真は首を傾げたが、思い返してみると、確かにこのところ色々あった。特に藤木事件。あれは思い出すだけで背筋がゾワッとする。
「気分転換しよ? ゲーセンとか、カラオケとか!」
千鶴と2人で遊び行くのは初めてだ。悠真は、断る理由もないので快諾した。
「……じゃあ、行くか?」
「よし! じゃ、決まり!」
悠真は、初めてのデート(?)が嬉しくて、ベッドの上で転げ回った。
***
デート当日、楽しい時間はあっという間に過ぎて行き………
駅前のクレアモールを抜け、帰り道を歩く悠真と千鶴。
「久しぶりに全力で遊んだ気がするわ」
千鶴が伸びをしながら言う。
「俺もだな」
悠真はポケットに手を突っ込みながら、しみじみと頷いた。
千鶴の誘いに乗ってよかった。ゲーセンもカラオケも、久々に心から楽しめたし——何より、千鶴との距離が少し縮まった気がする。
(なんか、帰るのが名残惜しいなぁ……)
思わず千鶴を横目で見たが、彼女は気づいていないようだった。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に千鶴が足を止めた。
「……きゃ!?」
「えっ?」
悠真も立ち止まり、千鶴の視線の先を見た。
「な、なにこれ!?」
千鶴の足元には、突然現れた大きな穴がぽっかりと口を開けていた。
悠真は千鶴の手を掴んでを引き寄せた。
「え?何この穴!?」
驚きつつも、千鶴は地面を見つめる。
穴は直径3メートルほどで、街灯の光が届かないほど深く暗い。
「…道路の陥没かな? 最近、多いよね、こういうの」
千鶴はそう言いながら、靴の泥を払った。
「いや……」
悠真は嫌な予感がした。
ここは、日枝神社の近くだ。
「これ……もしかして、『底なしの穴』じゃないか?」
「底なしの穴?」
千鶴は首を傾げる。
「日枝神社に昔、底が見えないほど深い穴があったんだって。今は埋められたらしいけど」
悠真は、記憶を辿りながら言う。
「ある日、『どれだけ深いか調べてやろう』って、近所の人たちが、鍋とか下駄とかを放り込んだんだけど、全く底に落ちた音がしなくて、みんなで首を傾げていたら、遠く離れた池で落としたものが浮かび上がったって話があるんだ」
「へぇ……そんな話があるんだ。」
千鶴は感心したように頷いた。
「ってことはさ、この穴に何か落としたら……」
千鶴が何かを取り出そうとした、その時——
「おーい」
穴の中から声がした。
「……え?」
「今、誰か……」
千鶴と悠真は顔を見合わせた。
「……ちょっと待って、どういうこと?」
「分からない……なにかいるのか…?」
悠真が穴を覗き込むと、深い闇の中から、再び声が響いた。
「おーい」
悠真と千鶴の背筋に、ゾワリと寒気が走った。




