氷川神社の結び玉④
悠真は藤木を見て、目を見開いた。
なぜだろう——先日と違って、藤木がやけに凛々しく見える。
まるで、薄暗い喫茶店の照明が彼をドラマチックに演出しているかのようだった。
さらに妙なのは、藤木もまた、悠真をじっと見つめていることだった。
(え? なんだこの空気…)
悠真は戸惑いながらも、視線をそらせない。
その様子を見ていた千鶴は、静かに混乱していた。
「なんか雰囲気おかしくない!? ちょっと待って!!」
千鶴はカウンターをバンと叩いた。
「えっ?」「ん?」
藤木と悠真がきょとんとする。
「いやいや、なんでそんないい雰囲気みたいになってんの!? ちょっと!?」
「…いい雰囲気?」
「そうか?」
2人は、怪訝そうに首をかしげた。
——そして。
藤木が、ゆっくりとネクタイを緩めた。
「!?!?」
「ふぅ…」
藤木は色気たっぷりに息を吐きながら、シャツの襟元を軽く開いた。
「ちょ、ちょっと待て待て待て待て!!」
千鶴は勢いよく立ち上がり、椅子をガタガタと揺らした。
「な、何!? なんで今ネクタイ緩めたの!? ねぇ藤木さん!!」
「いや、普通に暑かったからだけど?」
「いやいやいや!! そんな妙にスローで色っぽくやる必要あった!?」
「そうか?」
今度は、悠真が藤木をじっと見つめたまま、指で自分のシャツの襟元を軽く引っ張る。
「ん…」
シャツの隙間から、わずかに覗く鎖骨。
藤木は一瞬、息を呑んだ。
「え、なんか私、試されてる!?」
千鶴は、混乱している。
「試してはいないよ。ただ、悠真くんがずっと俺のこと見てるから、気になっただけだけど?」
「み、見てないし!! ていうか、藤木さんが先に見てきたんでしょ!!」
悠真は、全力で否定しながら視線をそらした。
(なにこの空気!? なんかすごい変な汗かいてきたんだけど!!)
——そのやりとりを、頬を赤くしながら見つめる千鶴。
喫茶「雪塚」には、一足早い春が訪れていた…!!




