氷川神社の結び玉①
その日、悠真が喫茶「雪塚」に入ると、ちょうど先客のおばさまたちが立ち上がるところだった。
「またねー、千鶴ちゃん」
「ありがとうございまーす」
千鶴がにこやかに手を振ると、おばさまたちは楽しげに喋りながら店を後にした。
「今日は朝から賑やかだったな」
悠真はカウンター席に腰を下ろしながら言う。
「いつものでいい?」
「うん、頼む」
悠真がメニューも見ずに答えると、千鶴は慣れた手つきでホットミルクの準備を始めた。
ふと、カウンターの上に視線を落とすと、白くてつるんとした小さな石が置かれている。
「……なにこれ?」
悠真が首を傾げると、千鶴はちらりと石を見て「ああ、それね」と軽く説明する。
「さっきのお客さんがおいていったの。いらなくなっちゃったんだって」
悠真は石を手に取ってみる。小さな札が紐で結びつけられていて、そこには『縁結び玉』と書かれていた。
「縁結び玉?」
「そう。氷川神社で限定で配ってる石で、すごいご利益があるんだって」
そう言いながら、千鶴はホットミルクを悠真の前に置いた。ふわりと湯気が立ちのぼる。
「へえ……でも、なんでそれを置いていったんだ?」
悠真が石をくるくると回しながら尋ねると、千鶴は少し苦笑して肩をすくめた。
「娘さんのために並んで手に入れたんだけどね、つい最近その娘さんに彼氏ができたんだって。それで、『もういらないから千鶴ちゃんにあげるよー』って」
「…それってそういうもんなんかね」
悠真は、雑な話に微妙な顔をした。
「うん、まあ、正直ちょっと複雑だよね」
千鶴も苦笑いしながら石を見つめる。
「でもまあ、せっかくだし、いいご縁があるかもしれないしね?」
「ふーん……」
悠真はカップを手に取りながら、チラリと千鶴を見る。
——いいご縁、ねえ。
千鶴は冗談っぽく笑っていたが、ほんの少し、どこか気にしているようにも見えた。




