雪塚稲荷の夜①
雪が降っていた。川越の古い街並みは白く染まり、石畳の路地はしんと静まり返っている。観光客の姿も消え、閉店後の店々が並ぶ通りには、ぼんやりとした街灯が静かに灯っていた。
そんな中、一軒の喫茶店の看板がまだ光を放っていた。
「喫茶 雪塚」
高校生の悠真は、寒さに震えながらその店の扉を押す。店内には柔らかなジャズが流れ、コーヒーの香りが漂っていた。カウンターの向こうに立っていたのは、同じ高校の千鶴。この店の娘で、放課後はここで手伝いをしている。
「いらっしゃい。寒かったでしょ?」
「まあな。雪、けっこう積もってきたな」
悠真はカウンター席に腰を下ろした。コーヒーは苦手だが、ここのホットミルクは絶品だ。千鶴はなれた手つきでミルクを温めながら、ふと窓の外を見た。
「ねえ、悠真。白い狐って見たことある?」
「何の話?」
「さっきね、見たの。真っ白な狐が、この店の前を横切るのを」
「狐?こんな街中で?」
「うん。それに……妙な噂も聞いたの。このあたり、昔は狐の祟りがあったって」
千鶴は真剣な表情だった。
「江戸時代、この町で狐が迷い込んだことがあったの。それを何人かの若者が捕まえて……殺して、その肉を食べたんだって」
「それで?」
「その後、全員が高熱にうなされて、それだけじゃなくて……毎晩、火の玉が現れるようになったんだって」
悠真は鼻で笑った。
「そんなのただの昔話だろ?」
「……そうかな?」
千鶴が何か言いかけた、そのとき。
ぱちん。
店の外で、小さな音がした。悠真と千鶴は思わず顔を見合わせる。
「今の……?」
悠真は立ち上がり、そっと店の扉を開けた。冷たい夜風が吹き込み、目の前には雪がちらつく。その向こう、暗闇の中で、ふわふわと青白い光が揺れていた。
「……え?火の玉?」
悠真はぼうぜんと青白い光を見つめる。
「ねえ……もしかして、本当に……?」
千鶴が震える声で言ったとき、火の玉がフッと消えた。辺りには、さやさやと雪の降り積もる音だけが聞こえている。
雪の降る路地の向こう、暗がりに小さな影。
真っ白な狐が、じっとこちらを見つめていた。




