貝殻の中は初恋で埋めて
[君と仲良くなりたい]
貝に耳を当てると波の音がする!
なんて、ロマンチック言い出したのは誰だろう。
生まれ育った場所の音を秘めている、なんて素敵な話だ。
夏の日差しはもう終わり。次に来るのは、秋の風だ。
葉は色を変え、空は模様を変える。
人は服を変え、鳴く虫は変わる。
そんな季節の変わり目だ。
新学期はやたらと早く目が覚める。
いつもより綺麗に髪をといて、何回も準備をする。
ワクワクしながら課題を鞄に詰める。
いつもより早く家を出て朝の匂いを肺一杯に吸い込むんだ。
夏休みの終わりを感じながらも学校に向かうのは、少し寂しい気がする。
相変わらず明るい教室。
旅行の話をしている子達が沢山いる。
夏休みに旅行に行った人からプレゼントをもらえる事もある。キーホルダーにおやつだったり、置物だったり。
その日、私は最高のプレゼントをもらった。
君はあまり物だと言ってたけど、とても綺麗な貝殻や巻き貝。本当にあまり物なのだろうか? と疑ってしまうほどだ。
だが、“やるよ”そんな短い言葉で差し出された貝たち。
太陽のように笑う君の顔を見ると、裏があるようには思えない。本当にあまり物だったのだろう。
白い艶が輝いている貝に私は瞳が輝いた。
手のひらに乗せてもらった貝は思ったより軽く、大きかった。太陽に照らすと、貝殻はより一層綺麗に輝く。
「きれい……」
そう呟くと、
「あぁ、きれいだな」
と私の顔を見て行ってきた。こちらも年頃の女子だ。
少しくらいドキドキしても、いいだろう。
私は唇をキュッと閉じた。
初恋泥棒とはこの事だろう。
こんな無邪気な笑顔に勝るものはない。
手を振りながら去る後ろ姿を瞳が追う。さっきまでそこにあった光に私は恋をした。
手に包んだ貝殻。手のひらがチクっとする。
あまり物でも、私はこれが貰えてよかったと思った。
いや、他の子に渡されなくてよかったと思う。
私はそれから貝殻の事を調べる事が増えた。
図書館で漁った本。鮮やかな青い表紙。
すっかり慣れた手つきで開いた一ページ目に書いてあったものに私は目を見開いた。
「えっ、これって……」
〈数年後〉
「どうした、貝なんかに耳当てて」
「ウーン?波の音がするの。」
「ははっ、そうか」
「うん、それに私からしたらこの貝は最高の宝物だよ」
「あまり物だって」
「それでもいいんだよ」
手を頭の後ろに回して、新聞を置いた彼に私はニヤリと笑う。
「私が知らないとでも?」
「…、さぁなんのことかな?」
とニカッと笑う彼。
耳に残る波の音は、私の初恋の音だ。
涼しいようでドキドキする音。
夏の終わりを告げた音。
秋の始まりを告げた音。
私に春を持ってきた音。
太陽に照らされた貝殻は相変わらず綺麗に光っていた。
そんな、彼女と彼の首からは貝殻のネックレスがかかっていた。二枚で一個のやつだ。
そのネックレスの真ん中には、シルバーにダイヤの付いた輝く指輪がかかっていたとか。
「君は本当にずるい人だ」
そう呟いた人は顔を赤く染め上げた。
ー
「えっ、これって……」
本の一ページ目の説明。そこには、貝殻を人に渡す意味が書かれていた。
“君と仲良くなりたい”
君がこの意味を知っているとは思わなかった。だけど顔が熱くなる事はよくわかる。
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