6話 男の子視点での話 ③
【夏のホラー2024用に作った連載文章です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【男の子視点での物語です】
ここは、日本。○○県の、××市というところ。
今は、202X年の7月。そしてここは、オレの家。
午後6時過ぎ。ふうぅ、ようやく帰れた・・・。
他にもいくつか個人クリニック?あるいは診療所?みたいなところを回ったけど。母ちゃん主観で言えば、どこもかしこも相手してくれなかった。クリニックの人達からすれば、なんかうるさいオバさんが騒いでる、って感じだったと思う。
ハッキリ言う。母ちゃん、ヤりすぎだよ。いくらなんでも文句言いすぎだよ。これがいわゆるカスハラってやつか。変な客がやってきて、理不尽なことを言ってくるアレ。・・・この言葉を教えてくれたの、母ちゃんなんだけどな。
「お義父さん、ごめんなさい。仕事中に抜け出して・・・」
「いいよ。どうせ、仕事になりゃしないんだから」
母ちゃんと一緒にウチに入る。ウチと言っても、ここは食堂だけど。爺ちゃんが店長で、父ちゃんと母ちゃんが従業員、他はアルバイト・・・の人達も、ほとんど辞めちゃったなぁ。爺ちゃんは客席で新聞を読んでる。
本当だったらこの時間は、それなりにお客さんが居るはずなのに。店の規模は、テーブルと座敷が合わせて8席、それとお1人様用カウンター幾つか。ランチ定食はだいたい600円から800円で食べられて、夜はどちらかと言えば居酒屋みたいな雰囲気になる。・・・アレが、やってくるまでは。
――世界的感染症。毎日ニュースでやってるアレ。
店の入り口にはアルコールスプレーを置いて、テーブル席には透明の板――パーテーションを多めに置いて。そして爺ちゃんも母ちゃんもオレも、口にはマスクを付けている。一応ここは住居スペースじゃなくて店内だからな。
・・・ちなみに、今は営業中。だけど客は1人もいない。ウチはそこまで繁盛しているってわけでもないけど、以前までなら少なくともテーブルが半分以上は埋まって、ビールやチューハイが飛ぶように売れていた、はずなのに。
「ああ、帰ってきたのか。おかえり」
店の奥・・・厨房から、父ちゃんが出てきた。
「ちょうど良かった。今度新しく新メニューを出そうと思って、それで」
「やめろ。どうせ、誰も来ないよ」
爺ちゃんは店の入り口の立て札をひっくり返した。営業中から、準備中へ。とりあえずオレは適当な席に座る。母ちゃんは父ちゃんを見たり、爺ちゃんを見たり・・・どうしていいのかが分からない、ってところかな。
「やっぱり今の時代は、持ち帰りやデリバリーを意識した方がいいと思うんだ。お客さんも外出したくないんだから、だったら店のほうから」
「やめろと言っている。今さら、そんなことして何になる」
父ちゃんは、爺ちゃんを見てる。爺ちゃんは背を向けている。
「今だからこそ、新しいことをやるんだよ。この店を続けるには」
「やめろと言ってるだろうが!・・・もう、いいんだよ」
・・・爺ちゃん、震えてる。
「もう、疲れた。少し前に店を改築した途端にコレだよ。禁煙だか分煙だかの法律のせいで、改築する羽目になって。そして今度は感染対策のために、アレやら、コレやら。・・・これ以上、出費や赤字を重ねるわけにはいかん。それに今のうちに店を畳めば、ナオキが高校を卒業するまでの金は」
「やめてください。お義父さん、何言ってるの?」
・・・さすがに母ちゃんも、止める側に回ったか。
「いいんだよ。ところで、学校の用事は何だったんだ?」
「えっ?――あ、ああ、ちょっと、その。子供同士の喧嘩、かしら?ナオキが怪我させられたから、怪我の治療費さえ貰えたらそれでいい、って話になったの。別に大したことはないわ。・・・ナオキ、そうよね?」
・・・まあ、そう言うことにしておくけど。
母ちゃんも薄々、分かってるんだと思う。
アイツの婆ちゃんに対しても。今日行った、個人病院に対しても。
あれは、ただの憂さ晴らしだって。
ああでもしないとやってられない。誰かを悪者にしないとやってられない。大声を出して、文句を言って、誰かに理不尽なことを言わないと。
辛いから。苦しいから。
爺ちゃん達が何をしたって言うんだ?オレが生まれるよりも前から、爺ちゃんと、父ちゃんと、母ちゃんで、頑張って、頑張って。同じことを、ずっとしてきた。時にはメニューが変わったり、値上がりしたり、色々あったけど。
ずっと、この町で、この店で、戦ってきた。
時にはSNS映えだとかで、注文をするだけして、写真や動画を撮って、一切食わずに帰る客もいた。こっちは客だぞと騒いで、物を投げつけたり、酔った勢いで母ちゃんやバイトの姉ちゃん達にセクハラする奴もいた。
それでもずっと、頑張ってきた。ウチの店だけじゃない。オレん家の周りには、個人経営の食べ物屋さんが。飲食店が、いっぱいあるんだ。
どの店もみんな、客を奪い合う商売敵ではあるけれど。この一帯には安くて美味しい飲食店が多いから、って。昼も、夜も、多くの人が訪れていた。仕事中のランチ目的や、仕事終わりにお酒を呑むために、多くのサラリーマンが。
・・・だけど、誰も来なくなった。ウチだけじゃない、他の店にも。中には、もう引っ越しちまった店もある。もうここではやっていけないから、って。
オレ達が何をしたんだよ。爺ちゃん達が何をしたんだよ。ここで飲食店を頑張って続けてた人達が何をしたんだよ。なあ、誰か教えてくれよ。
マジで意味分かんねぇよ。どうして、こうなっちまったんだよ。
ほとんど綺麗なままの店内の片付けを手伝って。
店の奥の住居スペース・・・たぶん、普通の家と同じだと思う。爺ちゃん達と一緒に、そっちに行って、そこで晩ご飯を食べる。
少し前までは、オレが学校から帰った時には、みんな働いているから。オレは店内の端っこかカウンターに座って、まかないみたいな晩ご飯を食べることが多かったんだけど。ここ最近はずっと、家の中のリビングで食べてるな。
『続いてのニュースです。今日、○○県内では――』
テレビでは飽きもせずに、いつもと同じ・・・あ、これアイツの母ちゃんが働いている病院だ。昨日に引き続き、今日もニュースに出ちゃってるよ。
全国ニュースが終わった後の、地方ニュース枠、とでも言えばいいのかな?病院の人達は、みんな完全フル装備をしている。そりゃあ病院のスタッフが伝染ったら元も子も無いもんな。これぐらい徹底するに決まって、
「ハァ。いいわねぇ、病院の人達は。こっちはマスクや消毒液を買いたくても、どこも売ってなかったり、ご家族1組につき1つって制限があるのに」
・・・もうオレは、母ちゃんにツッコむのはやめておくよ。
「いや、そうでもないらしいぞ?ウワサで聞いたんだけど、どこの病院もマスクや備品が足りないらしい。使い捨てのものを使い回すしかない、ってさ」
「ふん。そりゃあそうでしょ、どこも品薄なんだから」
「いや・・・その手の備品を扱う業者が、そういう病院に出入りしたがらない、と聞いた。だから感染者を多く受け入れている病院ほど、備品が足りずに」
「どうでもいいわよ。それに客がいるだけ、ウチよりは遥かにマシよ。あぁあ、医療機関はお客さんがいっぱいなの、に――ごめんなさい、お義父さん」
「いいよ。それが紛れの無い、現実なのだから」
・・・家族みんなが揃っての晩ごはんって、こんなに重苦しいものだったっけ?だけど、これももう慣れちまったよ。こんなの慣れたくなかったけどな。
晩飯を食べ終わって。しばらくした後で、ウチに電話が。
『もしもし。明日、お前ん家に行くから』
・・・正しく言うと、オレのスマホに、アイツから。えっ、何時に来るの?そもそもウチに来られても・・・と聞き返す間もなく電話は切られた。そして電話もメッセージも着信拒否にされた。いや待て、いくらなんでも一方的過ぎないか?
・・・まあどうせ、学校は休みだし。本音を言えば、伝染りたくないから来てほしくはないけど、噛まれた腕の損害賠償、て言うのか?そういう話もしないといけないからな。おーい母ちゃん、さっき電話があって――。
今回のコレを書くにあたって、詳細を伏せたうえで、幾つかの個人経営飲食店から話を伺ったと言ったら信じる・・・?