屋根裏ライブラリー
僕の住む家には屋根裏部屋がある。
二階から梯子を使って昇り、人一人がギリギリ通れるくらいの入り口を開くとそこにある。
特に用事もないし、今まで一度も屋根裏には入ったことはなかった。
だがある日、僕はちょっとしたきっかけで屋根裏部屋に入ることになる。
僕はその日、ある本を探していた。全五巻からなるシリーズ物の本で、三巻がどこにも見当たらなかった。
そこで僕はもしやと思い、母さん達がいない隙を見計らって、屋根裏部屋への梯子を昇った。
長めの棒を使って入り口を開き、中によじ登る。しかしそこで見たものは、想像していたものとは大分違っていた。
まず、そこはかなり広かった。家の面積など遥かに超えているだろう。
そしてそこには沢山の本棚が並び、そこにはもちろん本もぎっしり入っていた。あたりを見回せば、いくつかの椅子や机、柔らかそうなソファーも置いてあった。カウンターもあり、「貸し出し」と「返却」に分かれていた。
そう、そこにあったのは、大きな図書館だった。
「・・・・・・ここはどこだ?」
僕が驚いて、立ち尽くしていると、後ろから足音が聞こえてきた。
振り返ると、そこには小さな女の子が本を抱え、立っていた。
栗色で長めの髪を後ろで束ね、真っ白なYシャツに黒いスカート、そして緑色のエプロンをしている。人形みたいな女の子だった。
「屋根裏ライブラリー」
女の子は突然そう口にした。
「え?」
「ここの名前、屋根裏ライブラリー」
「ああ、そうなんだ。屋根裏ライブラリー・・・・・・。ええと、君はだれ?」
僕は慎重に尋ねる。すると女の子は静かに口を開く。
「ピピ」
「ピピ?」
「そう、ピピ」
変わった名前だな、と思いながらも僕は次の質問をする。
「じゃ、じゃあピピ?ここは、なに?その・・・屋根裏ライブラリーだっけ?僕の家の屋根裏部屋だったと思ったんだけど」
そういうと、ピピは少し困ったような顔をして
「私にもわからない。私は気付いたときからここに居た。ずっとここにいたから、外の事は本でしか知らない。人と会ったのもあなたが初めて」
「え、ずっとここに?」
「うん」
どういうことだろう。どうして誰も気付かなかったんだろう。屋根裏部屋にこんな場所があるなんて。
「あなたはどうしてここに?」
「え?ああ、そうだ、本を探しに来たんだ」
「そう。ここにある本は好きに読んでいいよ。ただ、外には持っていけないからね」
「う、うん。わかった」
貸し出し、返却カウンターがあるのにそれもおかしな話だと思ったが、黙っておいた。
するとピピはスタスタと本棚の奥へと行ってしまった。
僕は探していた本を探す事にした。
目的の本はすぐに見つかり、僕は手ごろなソファに腰をかけ、そこで読み始めた。
色々と不思議に思う事はあったが、ここが図書館で僕には読みたい本があったから、何も言う事は無かった。
しばらくすると、ピピがやってきた。さっきとは違う本をいくつか手に持っている。
僕の隣に腰を掛け、その本を読み始めた。僕らは二人、静かに本を読んだ。
ふと気付くと、目の前にはピピが立っていた。どうやら僕は眠ってしまったらしい。
「もうすぐ閉館の時間だよ。あまり遅くまでいないほうがいい、元の場所に戻れなくなっちゃうから」
「そ、そうなんだ。わかった」
僕は慌てて体を起こし、入り口に向かう。ピピも後からついてきた。
入り口を開け、僕は振り返る。
「ねえ、また明日も来て良いかな?」
「うん、もちろん」
ピピは微笑んだ。初めて見る笑顔だった。
それから僕は頻繁に屋根裏ライブラリーに通うようになる。
毎日、屋根裏ライブリーに行くのが楽しみになっていった。学校が終わるとまっすぐ家に帰り、閉館時間まで屋根裏でピピと本を読んだ。
ただ二人並んで本を読むだけだったけど、僕はピピとのこの時間が楽しく、幸せだった。
しかしそんなある日のことだった、僕は家を引っ越す事になってしまう。
母さん達にいくら抗議をしても、それは揺るがないことだった。
僕は慌てて屋根裏ライブラリーに行く。
「ねえ、ピピ。一緒に外に出よう?ここよりいいとこじゃないかもしれないけど、図書館もあるんだ。母さんや父さんにも君を迎えてくれるように言う。ねえ、一緒に行こう」
「・・・・・・ごめんね、私はここから出て行けない」
ピピは苦しそうに言った。
「え、どういうこと?」
「ここと、あなたの場所は違う世界。私はあの入り口は通れないの」
「そんな・・・・・・」
「ごめんね、ごめんね。私もあなたと一緒に行きたい」
ピピは泣いていた。それを見て、僕も泣いてしまう。
僕ら二人の泣き声が、屋根裏に響いていた。
引っ越し当日、僕は屋根裏ライブラリーに忍び込んだ。
ピピは驚いたように立っていた。
「・・・どうして?」
「僕はここに残るよ。君と一緒に、この天井裏ライブラリーに」
「・・・ダメだよ。ここに長くいたら、君はもう戻れない」
「いいんだ。僕はピピとここにいたい」
僕はピピを抱きしめた。
「・・・・・・そう」
ピピはそう呟くと、僕の手を引いて歩き出す。
カウンターの『貸し出し』の方に僕らは立つ。
「君が本気なら、連れて行ってあげる」
「うん」
ピピはカウンターの向かい側に立ち、紙に文字を書き始める。
『名前』の欄に、僕の名前が書かれる。
すると、突然紙から光が溢れてきた。光は僕とピピを暖かく包んだ。
ピピは優しく微笑み、僕に言う。
「あなたが返しに来てくれるの、ずっと待ってるから」
目が覚めた。すると僕は泣いていた。
何故だろうか。多分、見ていた夢に関係するのだろうけど、うまく思い出せない。
キッチンでは妻が朝食の支度をしていた。そこで僕はふと思い出す。
「そういえば、この家には屋根裏部屋があったな」
「ああ、そういえばね」
「懐かしいな。昔よく、自分の家の屋根裏で本を持ってきて読んでたな」
「ああ、あれ?あなたが言ってた『屋根裏ライブラリー』ってやつ?」
「ははは、そうだったな。……なあ、朝食を食べたら行ってみようよ」
「ええ」
僕と妻は、朝食を食べ終え屋根裏部屋に向かった。
「ねえ、これ」
妻が指す先には、小さな人形が壁にもたれかかるように座っていた。
「なんだろうな、前に住んでいた人が残していったのかもな」
「ふふ、かわいいわね」
そう言って、妻は大きくなった腹を優しく撫でた。
「きっとこの子もこの人形みたいに可愛くていい子に決まってる。あ、そうだ。その子の為にまた屋根裏ライブラリーを作っておこうかな」
「ふふっ、それはいいかもね。
ねえ、あなた。私、幸せだわ」
「ああ、僕もだよ」
光の中で、ピピは言った。
「大丈夫。そこには沢山の本もあるよ」
「君は?」
「うん、もちろん」
僕らは光の中を進んでいった。ふたり一緒に、手を繋いで。