アイドル精子隊
大学四年の市川杏梨は、人生の岐路に立たされていた。 誰もが振り返るほどの美貌を持つ彼女は大学のミスコンでは満場一致でグランプリを獲得。
けれど、彼女はアイドルにしか興味がなく「恋愛とか、面倒くさい」と思っていた。
そして将来が見えないまま迎えた就職活動。 自己PRに「アイドルオタクです」とは書けず、履歴書を何枚も破り、自分のやりたいことを模索していた。
そんなある日、偶然紹介された求人バイト。それは「有名アイドルの“お世話”バイト。高収入・秘密厳守」 胡散臭さにためらいながらも、興味本位で足を踏み入れた世界は、 表の華やかさとは真逆の、黒く深い闇だった――。
彼女が背負うことになるのは、ただのアルバイトではない。
芸能界に潜む欲望、権力、そして罪。 その渦の中で、杏梨は“真実”を暴く決意をする。
きらきらとした水面を見上げ、このまま私がこの世からいなくなったらママとパパは心配してくれるかなと考えていた。
段々と目の前がぼんやりしてきて、なんだか気持ちのいい気分になった時、目の前に人影が現れ私を水中から必死に助けようとしてる。
貴方は誰なの。なんで私を助けるの?
ぱっと目覚めると自分のベッドにいた。私はまた同じ夢を見たのかとぼんやり考えながらベッドの天井を見つめていた。
大学四年の夏、私は未だ進路を決められずにいた。
海外旅行が好きな理由で国際学部に入り、英語漬けの日々の大学生活を送った。
海外で働くのもありだなと思ったりもしたが、海外旅行と実際に住んで働くのは違うのかなとなかなか一歩が踏み出せずにいた。
自分の好きな旅行業界はどうだろうと思い、旅行会社の求人を見たりもしていたが、周りからは旅行会社は給料が低い割に残業がきついと言われ、ゼミの教授からも旅行会社に入った先輩の苦労話を聞かされ、好きなことと仕事は切り分けて考えた方がいいとマイナスなことを言われるばかり。
そんな気の滅入る進路相談の後、重い足取りで廊下を歩いていると、友人の遥と遭遇した。
さっきの会話を愚痴りつつ、私ってどんな仕事が向いていると思う?と何気なく聞いてみると、遥は大きなため息の後にゆっくりと口を開いた。
私が杏梨だったらね、絶対女子アナかCA受けてるよ!
あなたミスコングランプリ取ってるんだよ!
そんな容姿に恵まれているのに職に悩んでいるのが、私には理解できない。と呆れ顔だ。
遥が言うように、私は自分でいうのもなんだが、容姿は恵まれている方だった。
サークルの先輩に半ば強引にミスコンに申込され、最初はやる気力が湧かなかったが、周りが真剣に取り組む姿を見て私もスイッチが入った。そしてなんとも有難いことにミスコングランプリを獲ったのだった。
そこで初めて万人受けする容姿なのだと自分でも自覚した。
ずっと中学から女子校だったこともあり、モテるという経験をしたことがなかったから、あまり自覚がなかった。
女子校でモテるのはサバサバ系の男勝りな女子だったからだ。
大学に入ってから突然共学になり、色んな男性から声を掛けられるようになったが、正直興味がなかった。
なぜなら高校生の頃から私はアイドルにしか興味がなかったからだ。
私は正真正銘アイドルオタクなのだ。
だから言い方は悪いが、その辺を歩いている一般男性には全く見向きもしないし興味がなかった。
ステージ上でダンスをしたり、キラキラしているアイドルこそが私の推せる異性なのだ。
正直、ミスコングランプリを取ってしまったばっかりに、私の人生は激変した。
SNSでは100人程度の友人のみしかフォロワーがいなかったのに、今では20万人越えのちょっとした有名人になってしまった。それこそ街を歩けば杏梨さんですよね?いつもSNSみてます!
写真撮ってください。と同世代の人から特に声をかけられる機会が増えた。
私自身がアイドルのような扱いを受けるようになってしまったのだ。
最初は一躍有名人になれたような嬉しさもあり、積極的に自分の自撮りなどをアップしていたが、街を歩く度に知らない人から声を掛けられたり、陰で写真を撮られたりしたりするうちに心は疲弊していった。
常に誰かに見られていると思うと外でも学校でも気が抜けなくなってしまったのだ。
だからこそ、この生活から抜け出したかった。
私はひっそりと自分の好きなアイドルのために、彼らのキラキラした姿を見ていられたらそれで満足なのだ。
正直芸能界のスカウトや女子アナのオファーもいくつかきていたのだが全て断った。
一般企業では貰えないような桁違いの給与額を提示されても、だ。
私はただ平凡に暮らしたいと気付き、最近になってすべてのSNSを突然辞めた。
すると名門大学のミスコングランプリ杏梨さん、突然SNSから消えるといったネットニュースまで流れてしまって、周りからも心配されてかなり気が滅入っていた。就活する意欲も沸かないほど、SNSや周囲の注目に疲れ果てていた。
就活の時期になると、親は子供がどんな職に就くのか気にするような気もするが、私の両親は全くといっていいほど無関心だった。
私の両親は一言でいうと自由奔放に私を育ててくれた。育ててくれたというより興味がなかったのかもしれない。
一人っ子は溺愛されていると思われがちだが、全くそんなことはなく、両親は自分の人生をそれぞれ謳歌している感じだ。
母は高校の美術講師。自分の個展を開くなどわりと芸術業界では有名みたい。私にはただ適当に書いているような絵にしか見えないので、正直母の絵の良さがよくわからない。
母はひたせら絵を書くことに没頭していた。そんな母に育てられたこともあり、私は割りと家事も一人でこなせるようになった。
一方の父は10年前に脱サラし、海外で買い付けた服をネットで販売する、ネットビジネスの先駆者だった。
敏腕経営者として大学でもビジネスの講演をするほどのちょっとした有名人だった。そして、ある日を境に海外に買い付けに行くとかなにかと理由をつけてほとんど家に帰ってこなくなった。父のSNSには外国人美女と映る写真で溢れている。
各国で浮気をしているのは私の耳に入るくらい知れ渡っていたが、母は黙認しているようだ。
何も知らないと思った母を気の毒に思った私は、父の楽しそうなSNSを見せると、好きにさせたらいいのよ。
養育費と生活費を入れてくれるなら問題ないし、お金を入れなくなったら離婚を考えるわ!とわりとさらっとしていた。
だからこそ私が何を選択しようとどんな人生を歩もうと両親とも興味がないし聞いてもこない。
私がミスコンでグランプリを獲ったことだって知らせていない。
私が言ったところでそうなのねと流されるだけだろうから。
遥と最寄り駅まで歩き、今日はバイト代わってくれて本当にありがとう!今度何か奢るねと別れを告げられて、それぞれ違う方向の電車に乗った。
私はと言うと遥の代わりにアルバイト先に向かっていた。ちなみにアルバイトは何をしているかと言うと、表参道のフレンチレストランで働いている。
友人の紹介で入ったのだが、このレストランは会員制のレストランで一般の人は入れない。
場所も大通りに面しておらず、裏路地にひっそりとある感じ。
芸能人や経営者、官僚の人など俗にいう成功者たちが集まるレストランだった。
遥に杏梨の好きなアイドルもよく来るレストランらしいよとうまい話にのせられて面接を受けて採用された。
しかし後々シェフに聞いてみると、私の推してるアイドルのAトレインは一度も来店したことがないらしい。
遥にそのことを伝えれると「えー!そうなの?来てると思ったんだけどな〜でもシェフが可愛い子紹介してくれたら、紹介料あげるって言うからさー。杏梨にも今度そのお金でご飯奢るから許してー!」
とまさかの紹介料欲しさにデタラメの情報を伝えられたようだった。
そんな遥は目がぱっちりとしていて小顔で誰が見ても今時の可愛らしい子だった。
さらに愛想もよく元気なので、お客様からもよく可愛がられていた。
常連の大手金融業の社長に気に入られ、来年の春からそこの受付嬢として働くらしい。
顔パスで面接もしなかったようだから、周囲にはかなり羨ましがられていた。
そして今日は遥がどうしても外せない用が出来てしまったとのことで、バイトを代わってあげたのだった。
遥からバイトを代わって欲しいと言われるのは最近になってからかなりの頻度であり、その日のSNSには顔は隠されているが、思いっきりデートを楽しんでいる写真がのせられているので、外せない用事ってデートかと毎回少し腹立たしく思っている。
遥の彼はバイト先で出会った若手俳優で、最近テレビでもよく見かける今勢いのある芸能人。
杏梨だけには教えるねとこっそり付き合っている彼を教えてくれたのは嬉しかったのだが、彼が忙しく次いつ会えるのかわからないからバイトを代わって欲しいと、事あるごとに懇願されるようになってしまった。
私は自分の予定がない限りは渋々了承してあげていたが、正直最近になってその回数が増えて嫌気が差してきたので、ここで愚痴らせて欲しい。
前置きが長かったが、だから今日はバイトに行くのが億劫だった。
本来であればまっすぐ家に帰って好きなアイドルのDVDを見て幸せに浸っていた筈なのに…と思ってしまう。
足どりが重い中、おはようございますとバイト先の扉を開けると岩田シェフが今日の仕込みをしていた。
おぉ!杏梨ちゃんおはよう。今日は遥ちゃんと代わってくれてありがとね!と申し訳なさそうに頭をかく仕草をした。
岩田シェフは32歳と若いながらフランスのミシュラン三ツ星で修行を積んで表参道に自分の店を開いた凄腕シェフ。
人脈も広かったことから紹介制のみのレストランとなったらしい。クシャッと笑う笑顔が素敵で、サーフィンもやっていることもあり、こんがり焼けた肌で鍛えられた腕も見える。その上白のシェフコートがよく似合うからか、女性のお客様から人気が高い。
18時から4名様で予約入ってるから宜しくね!今日のお客様はVIPだから1組だけしかいれてないんだ。
いつもより忙しくないから安心してね!とシェフは私が少し不機嫌なのを感じ取ったのか、私の顔色を伺うように言った。
わかりました。着替えてきます!そういって更衣室に入るとタイミングよく誰かが出てきた。ホールスタッフの竹内くんだ。彼はスラッとしていて端正な顔立ちなので韓国アイドルにいそうな感じの雰囲気だ。
医大で整形外科医を目指しているから将来有望なのだろう。本当はバイトなどしている暇はないのだろうが、どうしても人手が足りないときにシェフが頼んで来て貰っている。彼のご両親がここの常連でそれからの繋がりらしい。
わー!杏梨さん!お久しぶりですね!今日は僕ヘルプできたんです!よろしくお願いします。
私より2つ年下の彼は礼儀正しく私に挨拶をしてくれた。
竹内くん、勉強も忙しいのにありがとうと伝えると、息抜きにもなるんでたまに働くのは全然苦じゃないんです!しかも杏梨さんと働けるの嬉しいです。と照れくさそうにはにかんだ。
更衣室で制服に着替え、鏡に向かって今日も元気に頑張るぞと自分に向かって声をかけた。私のバイト前のルーティンだ。こうでもしないと相手がお偉いさんだけに、意外と緊張しいの私はメンタルが耐えられないのだ。
18時頃、お客様が到着されたようだ。送迎車の運転手から、到着しましたと連絡が入る。
運転手の連絡を受けとると私が店先まで迎えに行くと言う一連の流れになっている。
扉の前で待っていると大柄の40代くらいの男性とスラッとしたモデルのような秘書が横に並ぶ形で入ってきた。
藤野様お待ちしておりました。足元お気をつけください。と中へ促す。
その後に続いて小柄な30代くらいの女性が一人とバケットハットを深く被ったみるからに芸能人のオーラを纏った20歳そこそこの男性が続いた。
中で竹内くんが席へご案内をする。
その間に私はドリンクメニューを一人ずつへ配る。
すると大柄の男性は皆さん?なに飲まれます??と目の前の二人に目線を送った。
すると芸能人オーラを纏った彼は、僕はなんでもいけますといい、隣の小柄な女性は私はアルコールが苦手なので、お茶があればいただきたいですと答えた。
君はいける口なんだね?と大柄の男性が若い男に言うと、注文いい?と私に声をかける。
はい。と私がさっと側に寄ると、店で一番良いシャンパン貰える?彼女は飲めないみたいなんでお茶を用意してあげて。と言った。
ドリンクのオーダーを伝えると竹内くんがさっと冷えたシャンパンを取り出した。
たまにしかバイトに入らないのにすべてのドリンクが頭に入っていることに感心してしまう。私や遥は未だにシェフに聞かないとわからないのに。
シャンパンの種類まで頭に入ってるなんてすごいね!と言うと僕もお酒好きなんで自然と覚えちゃうんです。と答えた。
育ちがいいからいいお酒しか飲まないのだろうなとぼんやり思った。
そして竹内くんは注ぎ方までもワインソムリエのように動作がスムーズで美しく、感心してしまう。
シェフの前菜が出来上がったようだ。
いつもその時期の旬の食材を使うため、毎回メニューが違う。勿論メニュー名も違うので、覚えるのに一苦労だ。
今日は、春野菜とフォアグラのテリーヌ、広島産レモンソースを添えて。
さっぱりと仕上げていてソースをつけて食べて欲しい。使ってる春野菜は全て北海道産無農薬だよ。
宜しくー!と手渡された。
今日は短いメニュー名だったので割りと覚えやかったが、たまにすごく長くて覚えるのに手こずる名前をつけるから説明するこちらとしては、正直覚えるのにしんどい時がある。
テーブルに運ぶと、美人秘書が、わぁ、おいしそうとうっとりするように出された料理を眺めた。
大柄の男性はここは見た目だけじゃなくて料理も美味しいんだよー!
遠慮せんで食べて。と向かいの男性とマネージャーらしき女性に声をかけた。二人はどことなく緊張しているようだ。
お酒を飲み始めると少し緊張が溶けたのか会話が弾みだした。
しかしその内容がびっくりするくらい過激だったのだ。
本来であればお客様の会話に聞き耳を立ててはいけないのだが、大柄の男性の声が大きいこともあり、私と竹内くんに聞こえてしまう声量だった。
会話の内容を聞くと大柄の男性が一方的に若い男性に質問をしているようだ。
例えば隼人くんの今までの経験人数は?とはじめから結構な質問から始まり(若い男性は隼人というらしい)
それに対しての隼人の返答は、「数えたことはありませんが、30人くらいだと思います。」と淡々と答えていく。
私自身多くないか?と思い、そばにいた竹内くんに目配せすると少し困ったように苦笑いを浮かべた。
夜のテクニックは何か持ってる?のと言う質問に対しては、キスが上手とよく言われます。
キスからの雰囲気作りが上手と言われることが多いので、色気で相手をその気にさせるのが得意です。
するとそれを聞いた大柄の男性は、はっはっはっとツボに入ったようで、それは、一度見てみたいなぁ。と笑った。 そんなコメントしてくれる女性がいるのかねと真面目に聞いていた。
その後も質問は続いていったが内容がどんどんと過激になっていき聞くに耐えらないというか、こちらが聞いていて恥ずかしくなってしまう会話ばかり。私が苦い顔をしているのに気付いた竹内くんが、杏梨さんはキッチンでシェフの手伝いをお願いします。と気遣ってくれた。
やっと最後のデザートを提供した頃だった。
じゃあ君、採用で!一週間後に初出勤って形でスケジュール組むから。と大柄の男は秘書の方に目をやり、連絡はうちの鈴木とやり取りして!と付け加えた。
その一言でこの食事は面接の場だったのだ。と気づいたのだった。
ありがとうございます!!
今日一の元気な声で彼は頭を下げた。
発言の少なかった隣の若いマネージャーらしき人も、揃ってお辞儀をした。
久々に面白い青年に出会ったわ。今日は気分がいいよ。と大柄の男は葉巻をくわえながらご機嫌そうだ。
するとシェフがキッチンから出てきて、藤田様、今日の料理はお気に召していただけましたか?と最後の挨拶にやって来た。
デザート提供後にシェフが挨拶に来る、いつものお決まりのパターンだ。
あぁ。いつも通りおいしくいただいたよ。ありがとう。と渋い声で御礼を言った。
こちらこそいつもご利用いただき、ありがとうございます。今日は藤田様の貸し切りですので最後までゆっくりしてください。と深々とお辞儀をしてキッチンに戻った。
すると秘書がお会計をと席を立ち、送迎車を2台手配願えますか?と私に声をかけた。
かしこまりました。
10分ほどで参りますのでお待ちくださいませ。
秘書はありがとうと私に言うと、さっと席に戻り到着時間を藤田に耳打ちした。
なんとなくだが、藤田の視線を感じ、私を見ているように感じた。
タクシーが到着すると面接に合格した隼人とマネージャーらしき女性は今日は本当にありがとうございました。と深々と頭を下げ、タクシーに乗り込んで去っていった。
藤田とその秘書もシェフと私たちに見送られながら、また近々くるよと言い、送迎車に乗リ込み去っていった。
車が見えなくなるなり、竹内くんはやっと終わったーと大きな伸びをした。
シェフに向かって今日のお客さんやばくなかったですか。しかもいつものお客さんの倍の時間店にいましたよ!と心底疲弊しているようだった。
シェフは私と竹内くんを見て、こんな長丁場になるとは俺も予想外だったよ。と頭をかきながら本当申し訳ないと頭を下げた。
藤田さんは大切なお客様だから、追い返すこともできないしねー。でもチップとしてかなりの金額いただいているから、二人に還元しようと思ってたんだよ。だから許してと申し訳なさそうに謝った。
竹内くんはすかさず、さっきの藤田さんの話の内容が過激すぎたんですけど、何をされてる方なんですか?とシェフに興味深々に聞いた。
私もものすごく気になっていたので、ナイス竹内くんと心の中で叫んだ。
話の流れ的には、風俗の経営かなーなどと考えていたのだが。
シェフは知っているような反応をしたが、私たちには話せないのだろう。視線を落とし、お客さんの個人情報は言えないんだよー。内容的に気になっちゃうよね。でもごめんねと笑って受け流した。
竹内くんは、えーとため息混じりに言い、杏梨さんも気になりましたよね!こんなこと言ったら失礼ですけど、俺の予想だとAV男優の面接かなと思ったんですけどねー。とシェフが教えてくれなかったことに不服そうだった。
あんなに顔立ち整ってても芸能界じゃなくてAVに行くのかなぁとポツリと私が呟くと、お金に相当困ってたりとかですかね。考えてもさっきの方に失礼なことしか思い浮かばないですよね。シェフも教えてくれなさそうだし、片付けしますかと竹内くんは諦めたのか、袖をまくり残ったお皿を片付け始める。
するとお店のドアが開く鈴の音が聞こえた。
先程のお客様が帰ってから10分も経っていない。
時間は21時を回っていて夜も遅いのに、誰だろうと扉の方に目を向けると、先程の藤田の秘書が立っていた。
あれ?!何かお忘れものですか?と私が尋ねると
忘れものではないのですが、あなた様に用がありまして...少しだけお時間よろしいですか。と申し訳なさそうに言った。
え、はい。ちょっとシェフに聞いてきますね。と答えキッチンに駆け込む。
シェフ!先程の藤田様の秘書の方が私に用があるみたいでいらしてるんですけど、少し抜けても大丈夫ですか?
え!まじで!?とシェフはビックリした拍子に持っていた鍋の蓋を落とした。
大きなカランという音が静かなキッチンに響き渡る。
私に用ってなんだろうという疑問をシェフに小声で口にすると、シェフは困ったように目配せをした。
シェフは私を見ながらも、いやいや、まさかね。と独り言のように呟いた。
杏梨ちゃん今日は遅いからそのまま上がっちゃっていいよ!残りの片付けは竹内くんに少し手伝ってもらって、終わらせちゃうからさ。お疲れ様。
さっきのシェフの反応が気になったが、秘書を待たせてしまっていたし、帰りが遅くなるのも嫌だったので、お言葉に甘えることにした。
秘書に、着替えるのでちょっと待ってて欲しいと伝え、更衣室に駆け込んだ。
高速で着替え、フロアにいた竹内くんに先に上がらせてもらうね。手伝えなくてごめん。と言うと、ことの成り行きを見ていた竹内くんは、全然構わないですよ!
後で何用だったのか教えてくださいねと、私に耳打ちをした。
お待たせしてすみません。そう謝りながら秘書の元に駆け寄った。改めてみると本当に綺麗な人だなぁと同性でも見とれてしまうほどの美しさだ。
目はキリッとしており、髪は艶やかな黒髪ロングで、アジアンビューティーとはまさにこの人と思わせる顔立ちだ。
こちらこそ、夜分遅くに申し訳ございません。
藤田がどうしても今日伝えてくれというものですから、とちょっと困ったように笑った。
えっと、ご用件はなんでしょう。と私が恐る恐る聞くと、立ち話もなんですから車の中でお話ししましょうか。と秘書が店の前に止まっている黒い車を指差した。
運転手が扉を開けて待っている。秘書は運転手にありがとう、車内で少し話したいからちょっとの間外して貰えるかしら。終わったら連絡するから。とその運転手に伝えた。
かしこまりました。それでは失礼します。と深いお辞儀をして運転手は立ち去っていった。
二人で後部座席に座ると秘書が私の方に向き直り改まって話し始めた。
株式会社アイドルダルトで社長秘書をしております、鈴木音羽と申しますと名刺を渡された。
あ、はい。えっと、市川杏梨です。宜しくお願いしますと少し動揺しながら名刺を受け取った。
市川さん、今は学生さんですか?
はい。大学4年です。
そうしたら今就活中ですね?
そうです。まだ就職先は決まっていませんが…
私が苦笑して言うと、
鈴木秘書は少し微笑み、よかったと呟いた。
え。と私が首をかしげ困惑していると
単刀直入に言いますが、市川さんをスカウトしにきました。と鈴木秘書は言いきった。
え。私をスカウトですか??一体どんな仕事内容なのでしょうか。先ほど聞こえてきた話も怪しかったこともあり、私は恐る恐る聞いた。
今からご紹介する仕事は一般的なお仕事ではありません。そのため、口外しないと約束していただけますか。 と鈴木秘書は語彙を強めて言った。
少し聞くのは怖いけど、ここで聞いておかなければ気になってモヤモヤしそうと思い、私はわかりました。口外しませんと口にした。
ありがとうございます。
ではお話しさせていただきますねと鈴木秘書は一呼吸おいてからゆっくりと口を開いた。
まずは私どもの会社の設立した経緯から簡潔にお話しします。
私たちは芸能事務所スタープロモーションの子会社にあたり、去年の4月に設立したばかりのまだまだ新しい会社になります。
スタープロモーションは聞いたことありますか?
私は勢いよくもちろんです!と答えた。
何て言ったって私の今推しているアイドル『Aトレイン』が所属している事務所だからだ。
誰もが知っている大手芸能事務所と言ってもいいだろう。
ご存じでしたか。ありがとうございます。
では親会社の説明は省きますね!
私たちの株式会社アイドルダウトは芸能事務所ではございません。
一言で言うと芸能人を支えるお仕事をしています。
芸能人を支える仕事?マネージャーとかですか??
私が不思議そうに尋ねると、鈴木秘書はまた一呼吸おいて話し始めた。
芸能人の『せい』を支えるお仕事です。と私の目をみて真剣に言った。
私の頭の中では『せい』という言葉が駆け巡った。
せいってなんのせい?精神力の精なのか、性欲の性なのか、生きる生なのか、頭の中でぐるぐると思考を巡らし、思わず心の声が漏れてしまった。
せいってなんのせいですか??
鈴木秘書は少しビックリしたように目を見開き、クスクスと笑い始めた。
そんな可笑しなこと言ったかなと次の言葉を待っていると、
あら、やだ。すみません。さっきの食事のやり取りでお気づきかと思いまして…と一度咳払いをし、
性欲の性のことです。私たちはスタープロモーションを始め、芸能事務所に所属する芸能人の性のお手伝いをしています。
私は言葉が出てこなかった。
そんな会社がこの世に存在するのかと。
それは風俗とかのようなそういう類いのことをするということですか? と少し濁して聞いた。
鈴木秘書は少し悩むような仕草をしてみせ、話し始めた。
市川さんは純粋そうだからどうお伝えすべきか迷うのですが、まだ会社が設立する前もこの仕事は存在していたんです。
二年前私も一スタッフとして働いていました。
この芸能人の性を支える仕事をするスタッフを、アイドル精子隊と私たちの中では言っています。
略してドル隊とも呼びます。
ドル隊…。
初めて聞く言葉に話が付いていけなかった。
私は疑問に思ったことを率直に聞いてみることにした。
ちなみにドル隊は何人いるんですか。
今のところは男女合わせて50人ほどです。男性3割、女性7割ほどの割合ですかね。
先ほど食事の場にいた彼も、ドル隊としてこれから働いて貰う予定です。
男性のドル隊がいることにも内心びっくりした。
そのドル隊の活動について、少し踏み込んだ話しをしてもいいですか?
心配そうに私の顔を覗き込む鈴木秘書だが、私は自分がその仕事をしたいと言うよりも興味が湧いてしまい、聞かずにはいられなくなっていた。
大丈夫です。お願いします。
ドル隊の活動としては今旬のアイドルや俳優、歌手の性処理をしてあげます。
ポイントとしては旬の芸能人というところです。
ご存じかとは思いますが、スキャンダルを撮られてしまうと、ファンは目に見えて減ってしまいます。
CM契約をしている芸能人に至ってはスキャンダルの内容によっては莫大な慰謝料を払わなければいけないこともあります。
そういった芸能事情があるからこそ、仮に誰かと付き合うのであれば大きなリスクになりますし、徹底して付き合っていることを隠すしか方法はありません。
ですがマスコミなどはどうにかしてスキャンダルを取ろうと、旬のアイドルや芸能人に四六時中張り付いています。
アイドルであれ俳優であれ人間ですから恋もしたいでしょうし、性欲だってあります。
大体の売れっ子芸能人は、仕事と恋愛を天秤にかけたとき、仕事を取ります。
ですが人肌に触れていないとメンタルの安定も得られず、うつ病なども引き起こしやすくなります。
私たちの仕事内容としてのメインは言葉を変えると疑似恋愛を楽しませてあげると言うところにあります。
間違ってはいけないのは性行為をすることだけが目的ではありません。
彼女の立場として悩みを聞いてあげたり、時には優しく抱き締めてあげたり、心に寄り添ってあげることをしていただきたいんです。
もちろん、異性と最後まで行為をするということもありません。
ですがお手伝いはしてあげます。どういうことをするかは後で詳しくご説明します。
男性も女性も性行為をすると肌つやもよくなり、生きる活力も増すので、キラキラさがより増します。
特にアイドルにとっては必要な行為なんです!
女性アイドルは尚更です。心も身体も満たされることで綺麗さが増すんですよ。
と鈴木秘書は涼しい顔をして言った。
はぁ…。なるほど…。でもなんで、私なんですか。
すると鈴木秘書は改まって私に向き直った。
それは、実をいいますと藤田の目に留まったからです!
見た目の美しさは勿論ですが、ボディラインも男性好みのスタイルで、なかなかいない逸材だと言っていました。
スラッとした脚にほどよく肉付いたお尻、そして顔の小さとは比例する大きなバスト。
こんなに容姿端麗な人はこの先何十年と現れないと藤田は心底市川さんの美貌に感心していました。
すみません、彼の言葉をそのまま代弁してしまいましたがセクハラですよね。気を悪くされたら申し訳ございません。
と鈴木秘書は深くお辞儀をした。
美人から聞く分には、不思議なことにまったくセクハラとは感じなかった。
発言している内容は恥ずかしく耳を塞ぎたくなるが。
だから藤田と言われる男は私を見ていたのか。
レストランでの私の接客を逐一チェックしているのかと思うくらい、今思えば私に対して眼光が鋭かった。
いや、お言葉はありがたいのですが、私の体型なんてお見せできるほではありません。
私がやんわり断ると、鈴木秘書は何やら鞄から手帳を取り出した。
ご気分を悪くされたら申し訳ないのですが、市川さんのことを少しばかり調べさせていただきました。
大学一年の時にミスコンを受賞後、大手芸能プロダクションのスカウトが5件、テレビ局のアナウンサーのスカウトが3件あったにも関わらずこれらをすべて辞退。
普通の人だったら喜んで飛び付く給与額を提示しても断り続けたそうですね。
不躾な質問は重々承知ですが、そんな美貌を持ちながらなぜ断ったのですか。
私でも覚えていないことを、どうしてたったの数十分でこんなに細かい個人情報を得ているのか怖ささえ感じた。私はここで正直に話さなければ話が長くなる気がしたので、簡潔に答えることにした。
えっと、それは、、表舞台に立ちたくないからです。
きっと芸能人になればお金も稼げるだろうし、成功すれば地位も名声も得られるかもしれないけれど、同時に失うものも多いと思うんです。
芸能人になって新しい出会いがあった時に、私が芸能人だから仲良くしたいんじゃないか、何か魂胆があるんじゃないかと人を疑ってしまう自分になる気がして、そんな自分になるのが嫌なんです。
鈴木秘書は静かにうなずきながら話を聞いてくれている。
私の母はわりと有名な芸術家ですが、お金絡みで騙されてから人を信じられなくなってしまって、孤立している姿を間近で見てきました。
私はそんな風に生きたくないんです。
それが断った一番の理由です。と伝えた。
人に伝え言語化してみて、私の表舞台に立ちたくない根本の原因は母だったことに、自分でも改めて気づいた。
そうですか。そんな思いがあったんですね。
お母さんの苦しんでいる姿を間近で見て、お辛かったでしょう。
母は勿論辛かっただろうが、私も同じくらい辛かった。
母から毎日のように人を信じるな。他人は信用してはならない。血の繋がった家族だけが本当に信頼できると言われ続けてきたからだ。
母が嘘の投資話でかなりのお金を失ったのがちょうど私が小学校6年生の時だった。それから今に至るまで口癖のように私に向かって繰り返しその言葉を浴びせてきた。
小学校までは家に友達を連れてきても文句の一つも言われてこなかったが、中学に上がってからは、誰も人を家に入れるなと叱られて、母は自分の仕事部屋にこもりがちになり会話もあまりしなくなってしまった。
そこから母と父の関係にまで影響が出てきてしまい、母は父も裏切っているのではないかと常に疑うようになり、仕事で少しでも遅く帰ってくると、父を毎回問い詰めていた。
そんな母の行動に息苦しさを感じた父は次第に家に帰ってこなくなった。
思い出したらその時の不安や悲しみが込み上げてきて、私の目からは自然と涙が零れ落ちていた。
私は芸能人になってしまったら人を信じられなくなると思っていたけど、繰り返し母の言葉を聞いているうちに、既に人を信じられない思考になってしまっているじゃないかと気付き、怖くなり悲しくもなった。
すると鈴木秘書は諭したように私の肩にそっと手をおき、大丈夫ですよと優しく語りかけた。
この話を誰かに話したことは初めてで、初対面の人に話した自分に驚いた。
不思議と鈴木秘書は私の心をすべてお見通しかのように思えた。
私が落ち着きを取り戻したタイミングで、ここまで聞いてどう感じましたかと私に尋ねた。
えっと、正直驚いています。世の中にこんな仕事があったなんて。
私も好きなアイドルがいますが、もし熱愛とか出てしまったら気分が良いものではないし、アイドルって上手く隠して付き合っているのかなとも思っていました。
恋愛することってアイドルにとっては今後の人気や仕事にも影響してきてしまうって考えると、ドル隊の役割は重要なんじゃないのかなとも思いました。けど私にその仕事ができるのかと言われると難しい気がします。
鈴木秘書はなぜ、難しいと感じるのですか。と尋ねた。
好きではない人とそういう行為ができないと思うのと、私自身恋愛経験がないので、自信がありませんと正直な気持ちを打ち明けた。
すると鈴木秘書は静かに頷き話し始めた。
確かに好きではない人の性の相手をするのは女性からしたら理解できないかと思います。
よく男性は好きでもない女性と性行為ができると言われますが、それは遺伝子的に組み込まれているんです。
男性は一人でも多くの子孫を残さなければならないとプログラミングされていますので、そこは男女の感覚の違いがあります。
私どもはメンタルコントロールにも特化しているので、無意識のうちに苦手だなと感じる相手も抵抗感なく対話できる方法もお教えできます。
これは、どうしても好きになれない相手にも適用できるので、今後の人生においても役立つ思考法だと思います。
そして行為のことでご不安はあるかと思いますが、経験がなくても研修制度がしっかりしているので、安心していただきたいです。
先ほども申し上げたように最後まではしません。
そしてこのお仕事は恋愛経験がないほうが向いているんです。
詳細を少しお話してもよろしいですか?
詳しい内容を聞きたいという興味が湧いた。
はい、お願いします。
通常性行為する際はキスから始まり、お互いの前戲がありますが、我社ではそのようなことはしません。ではどのようにするかといいますと専用の装置を使用していただきます。
その装置は我社で特許を取っておりまして、女性の性器を忠実に再現されたものになっています。人間の体温や皮膚の柔らかさまで、まるで生身の人間としているような気分を味わうことができるものです。
ですが一点ドル隊の方がご自身でしていただくことがあります。
それはキスです。勿論ディープなどの濃厚なキスはしなくていいのですが、フレンチキスはご自身でしていただくことになります。
好きでもない相手とのキスは抵抗もあるかとは思いますが、仮に弊社で働いていただく意思があるのであれば、こちらの同意は必要不可欠になります。
女優や俳優のように仕事と割り切っていただくことが必要になります。
付け加えておきますと、相手方つまりアイドルたちにはHIVの検査、性病検査を定期的に行っておりますので、そちらの心配はご安心ください。もちろん、ドル隊の皆様にも定期的に性病検査はしていただいています。
また、研修制度もしっかりと整えていますし、実際にどのようなことをするのか体験してみてご自身で仕事をするしないのご判断をしていただくことも可能です。
そして今までの説明から出張風俗まがいなどではと連想される方も多くいらっしゃいますが、まったく別物です。
例えば風俗であれば、どこの誰かともわからない相手と行為をしなければいけなかったり、お客様の年齢層も幅広いです。しかし弊社は芸能事務所に所属する方限定であり、お客様の情報をしっかりと把握しているので今まで無理やり強要されたなどのトラブルはございません。相手の方も20代~30代の人気なアイドルがほとんどなので、生理的に受け付けられないというのもほとんどないかと思います。
ちなみに話がそれますが、ドル隊になれるのも誰でもいいとは限りません。
容姿や適正をみて合格ラインに入った方のみ、こちらからスカウトさせていただいております。
ざっくりですが、お給料も新卒の平均初任給の3倍はお支払いしております。
ここまで聞いてみてお気持ちなどはどうでしょうか。
一通り聞いてみたものの自分がドル隊として活躍している姿がイメージできず、やりたいかすらわからなかった。
仕事内容が衝撃過ぎて、聞きたいことは山ほどあるはずなのにいったいどこから質問すればいいのか。
一度実際にどのようなことをするのか、弊社に研修に来ていただくのはどうでしょうか。
突然の研修のお誘いに私が戸惑っていると、研修といっても突然何か実践していただくということはありません。
研修という名の説明会と捉えていただければ幸いです。
少人数の人しか知らない世界を、一度見てみたくははありませんか?
そう言われると気になるのは確かだ。
まあ、研修だけなら...と私が答えると鈴木秘書の顔が一気に明るくなり、それはよかったと私の両手を握った。
このお話をすると最初から強い拒否反応を示される方もいらっしゃるのですが、市川さんはそうでないようで安心しました。
では後ほど、研修の日程調整のご連絡をさせていただきますね。
市川さんのご連絡先を教えていただいてもよろしいでしょうか。
番号を交換し終えると、鈴木秘書は満足そうな表情を浮かべ、こんな遅い時間までお時間いただいてしまって本当に申し訳ございませんでしたと口にした。
電車も動いてないのでおうちまで送らせてください。と運転手に電話をかける。
車の時計に目をやると12時を回っていた。
私の家までの帰り道、鈴木秘書は唐突に市川さんのお好きなアイドルってちなみにどなたですか。と質問をしてきた。
私は恥ずかしいなと思いながらも、Aトレインが好きなんです。と答えた。
そうですか。うちの親会社のトップアイドルですね。
と鈴木秘書は嬉しそうに言った。私自身も彼らの成長を間近で見ていたので、彼らがステージ上で輝いている姿を見るのは自分の子供のように嬉しいんです。と答えた。
自分の子供と表現する鈴木秘書がおかしくて私はくすくす笑った。何かおかしいですかと鈴木秘書が不思議そうだったので、自分の子供って鈴木秘書まだお若いのに面白い表現だなと思ってと伝えると、あ~と言いながら鈴木秘書も微笑んだ。
有り難いことに若く見られがちなんですけど、私今年で35歳になるんですよと少し照れたように言った。
えーーー!と私は驚きを隠せなかった。どうみても私と同い年くらいか少し上くらいにしか見えない。
美魔女すぎるにもほどがあると感心してしまった。
ちなみに若さを保つ秘訣は何ですか?と私がきくと、特に何かしていることはないですが、私もドル隊をしていろんなアイドルと疑似恋愛をたくさんしてきたので、幸せホルモンのおかげかなって今になっては思いますといたずらっぽく笑った。
普通の人生では出会うことのない方々と関われたわけですから。
ちなみにドル隊はお給料もいいですし、芸能人が通うエステも社割でお得に通えるので、綺麗な方が本当に多いんですよ。本当に二度見してしまうくらい芸能人並みに綺麗な方が大勢いらっしゃいます。
うっかりこのパワーワード言うの忘れていました。
皆さん飛びつくんですよね、美容系のお得情報は特に。
と鈴木秘書は笑った。
衝撃を受けっぱなしで話が逸れてしまったが、肝心の私の推しであるAトレインがドル隊を使っているのか気になった。
当然使っているのだろうなぁと思いつつも、知りたくないような気もして、敢えてそのことには触れなかった。
家の前に着くと、明日改めて日程調整のご連絡しますね!と鈴木秘書と番号を交換した。
こんな遅い時間まで申し訳ございません。本日は貴重なお時間ありがとうございました。と丁寧に私に向かって頭を下げる。
車が走り去るのを見届けると、母を起こさぬようにそっと家の中に入る。
なんだか衝撃的な1日だった。現実では考えられないような仕事があるんだな。まんまと話に乗せられてしまったけれど研修に行って大丈夫かなとふわふわした心地の中で、眠りについた。
…
翌朝、学校に行くと後ろからおはよう!と肩を叩かれた。遥だった。
おはよう。私が昨日の寝不足のせいでテンション低めに返すと、昨日はバイト変わってくれて本当にありがとう。これあげる。とイチゴオレを手渡してきた。
なんか暗いけど昨日のバイトのせい?
遥が心配そうに顔を覗き込んできた。
昨日起こった出来事を伝えるわけにもいかず、バイトが長引いて昨日あまり寝れなかったんだとちょっととげのある伝え方をしてみると、そうだったんだ!本当にごめんね。
と遥は申し訳なさそうに謝った。
昨日彼に会った時、彼もバイト先の常連だからシェフが私のことを突然休んだりするって伝えたっぽくて…いつも杏梨に変わって貰ってる話しをしたら怒られたんだ。
だからこれからはちゃんと出勤するね!と言ってきた。
やっと気付いたかと言いたいところだったけど、今更怒ってもしょうがないので、冗談めかしにそれは助かるよと伝え、じゃあ私こっちの教室だから、また後でねー。とその場を後にした。
教室に着き、椅子に腰を掛けるといつの間にか眠ってしまっていたらしい。脇腹をつつかれる感覚ではっと目が覚めた。
一つ空いた隣の席の男性が起こしてくれた。
多分名前呼ばれてますよ。と教えてくれた。
私は寝ぼけながらもはいと返事をした。いつの間にか授業が始まっていたみたいだ。
この授業は名前で出席確認するのだ。
教授は私が寝ていたことに気付いていないのか、そのまま普通に出席確認を続けた。
私が隣の男性に小さくありがとうございます。
助かりました。と答えると彼は小さくいいえ!と言って微笑んでくれた。
この授業は教授が一方的に話し続けるスタイルなので、眠くて仕方がなかった。
途中でまたまた寝落ちしてしまったようで、授業の終わる10分前に目が覚めた。ホワイトボードに書いてある文章を慌ててノートを取り始める。
この授業には友達がいないので、書いておかないとテストで大変なことになる。
その様子を見ていた隣の男性が良かったら見ますかとノートを差し出してくれた。
え。いいんですか。と私が聞くと大丈夫ですよ!来週の授業のときに返してくれれば!となんとも優しい言葉をかけてくれるではないか。
急げば書き終わるかなと思ったが、終業のチャイムが少しなる前に男性はじゃお先にといって後ろの扉からそっと教室を出ていった。
なんて優しい男性なんだろう。と感動し、出ていく姿を見ていると、ちょうど私の後ろに座っていた女性三人組と目があった。
なんだか怖い顔をしているような…少し気になったが向き直って彼のノートを写し始めた。
綺麗な字で書かれたノートは要点も見やすく色分けもされていて几帳面さがこのノートから見て取れた。
終業のチャイムがなり、残りは家でやろうと鞄にノートを閉まっていると、
あの。すみません。と声を掛けられた。
私が振り返ると先程後ろに座っていた3人組の女性がいつの間にか私の真横に立っていた。
三人からの圧をすごく感じ私は小さな声で何ですか。と恐る恐る尋ねた。
さっき隣の人にノート借りましたよね?
なんだ。さっきの光景を見ていたのか。この三人の中の彼氏とかだったのかな、だったら申し訳ないなと思いながらも、はい。お借りしましたけど…と歯切れの悪い回答をした。
質問の意図が分からなかったからだ。
三人は互いの顔を見合い意を決したように私に向き直った。
そのノート私たちにください!
え。
私は一瞬思考が停止した。貸すとかじゃなくてください?何を言っているんだろうこの人たちは。
私が直接借りたので勝手に渡すことはできないです。すみません。と謝ると
3人組はまた顔を見合せ、そしたらくれなくていいのでちょっと見せて!
とそのうちのもう1人が言ってきた。凄まじい勢いで私のバッグからノートを引っ張り出そうとする。
しかもさっきまでくださいと言ってきた人たちだから、見せたらそのまま奪って逃げていきそうだなという考えが頭をよぎった。
私は数秒考えたふりをし、勝手にそんなことできません…次の授業もあるので失礼します!
とそそくさと教室を飛び出した。
後ろからちょっと!待って!という声が聞こえてきたが、廊下を小走りに走った。
さっきの何あれ。怖かった。なんでこのノートがそんなに欲しいんだろう。もしかして彼成績優秀者だったりするのかな。
そんなことを息を切らしながら考え、次に受ける授業の教室についた。
先程の女の子たちが付いてきていないか、念のためドキドキして辺りを見渡した。
すると、杏梨おはよう!と声を掛けてきたのは同じサークルの蓮斗だった。
カフェ巡りサークルに入っている私たちは同期が5人ということもあり、皆仲が良かった。
週1で流行りのカフェに行って、スイーツやコーヒーを楽しみ、それをSNSにアップしているというなんとも遊びの延長線みたいなサークルだ。
蓮斗は唯一サッカー部とかけもちしている。見た目はスポーツ少年みたいなのに甘いものが大好きらしい。しかも同期の中では一番流行に敏感で新しくできたカフェなどいち早く情報を入手してくる情報通だ。
おはよう!と挨拶を交わすや否や、さっきの恐怖体験をすかさず蓮斗に話した。
誰かに話したくて堪らなかった。
一通り話し終えると、蓮斗はにもしかしてだけどと何かに納得しているようだった。
え。何々!?知っているなら教えよと私がいうと、
そのノート見せて!と答えた。
私は鞄の中からさっきの彼から借りたノートを取り出した。
蓮斗はじっくりそれを見ながら、綺麗な字だなぁと呟きゆっくり閉じて!あ、やっぱり…と小声で呟いた。
そして私のほうをみてなるほどね。と言ってノートを返された。
勿体ぶらずに教えてよ。とあまりにも前置きが長いので少し不貞腐れると、
ごめんごめん。このノート今岡レオのだよ。
と言った。
確かにノートの裏にはローマ字で今岡と書かれている。
大学でノートに名前を書いている人も珍しいのではなかろうか。
今岡レオ…?とはてなマークだった。
全く思い当たる節がないし、一緒の授業を受けていたはずなのに聞いた覚えがなかった。
え。杏梨知らないの!?俺たちの大学に一人、人気俳優が通ってるって噂。その人のノートだよ!
えーーー!と私は声をあげた。
教室にいた何人かがその声に驚き振り返る。
私は声のトーンをおさえて、そんなにすごい人だったんだ。と呟いた。
そうだよ。だからその三人組は今岡レオのファンだったんだよ。だから欲しがったんじゃない?と答えた。
なるほど。そうだったんだ…。
私もアイドルオタクの一人として考えたら、さっきの三人組の子たちの気持ちがわかった。
少しくらい見せてあげれば良かったかもと自分の対応の悪さを後悔した。
でもさ、普段だったら絶対話しかけないと思うんだよな。俺割りと友達多いけど、今岡レオと話したことあるやつと出会ったことないし。
オーラもすごいから誰も話しかけられないんだって。
やっぱ杏梨可愛いからかなぁ。と腕を組んで考え初めた。
いやいや、違うよ。私が寝てるのを横でずっと見ててさ、ノートとれてないのを知ってたから貸してくれたんだよ。
しかし、俺がいうまで気付かなかったなんて、ちゃんとテレビ観てる?と今岡レオを知らなかったことが信じられないようだ。
確かに以前誰かと話しているときに、うちの大学に有名人がいるって話をしてたような気もする。
しかし自分の興味のない分野には疎いので、全く知らなかった。
最近テレビも見ないし、アイドルのライブ映像とユーチューブしか見てないからなぁ。そんなすごい人だったんだと笑った。
次の授業のとき、仲良くなっといたほうが絶対いいよ。
連絡先交換してきてよ!と蓮斗は他人事だからと無茶なことを言う。
人気俳優って知っちゃったしそんなことできないよ。ファンの目も怖いし。
確かに女はこえーもんな。と蓮斗は納得したようだった。
授業が始まり、そんな有名な人だったのかとさっきの借りたノートをパラパラとめくった。
どのページも丁寧に字が書かれている。
忙しいのにちゃんと学校に来ているんだなと感心した。
ふと最後のページになったとき、小さな文字で何か書かれていた。
なんだろうと目を凝らしてよく見てみる。
するとそこには、衝撃的な言葉が綴られていた。
何のために生きているんだろう。早く楽になりたい。
と他のきれいな字とは違い殴り書きがされていたのだ。
その文字を見た瞬間、心臓の鼓動が早くなった。
勢いよくノートを閉じ、見てはいけないものを見てしまったと思った。
これは彼が書いた字なのか。
人気俳優がこんなに思い詰めているものなのか。
さっきの爽やかな彼からは想像もつかなかった。
このノートを見てしまった私はどうすればいいのだろう。
きっと彼も書いたことすら忘れていたのだろう。
授業もまともに頭に入らず、なんだか気持ちがそわそわしていた。
終了のチャイムが鳴り、皆一斉に席を立った。
すると昼飯一緒に食べない?
と蓮斗が誘ってきた。
授業は午前中までだけど、久々に学食も食べたいし、さっきのこと蓮斗に言おうかどうかも悩むし… と考え
うん!いいよ!と二人で食堂に向かった。
久々に学食に来たが、お昼時とあって大分賑わっていた。
何食べる?今日バイトの給料日だから奢るよ!と蓮斗は
が言ってくれたので、えー!いいの!?ありがとう!
じゃあオムライスにする! と遠慮なく伝えた。
おっけー!じゃあ席取っておいてー!
はーい!
そういって席を探すがほとんど埋まってしまっている。
外のテラス席が空いていたのでそこに座ることにした。
蓮斗が迷わないように姿を目で追っていると、あ!さっきの子じゃない?!と
先程の3人組の子たちが私の元に駆け寄ってきた。
内心ヤバいと思い逃げようとしたが間に合わなかった。
するとそのうちの一人が、さっきのノート、今岡レオのやつ!少しでいいから見せてください!とお願いをしてきた。
皆一斉にお願いしますと頭を下げる。
私は困惑した。
もしも見せたとして最後のページを見られてしまったらどうしよう。
えっと…私が困っていると蓮斗がタイミングよくやってきた。
あれ?どうしたの?!
すると女の子たちは一斉に蓮斗のほうを振り返り、ノートを貸してほしいってお願いしてるんです!と応えた。
あぁ。さっきのノートね!
蓮斗はそういうと、ごめんね。レオは俺の友達でさ、貸してた俺のノートをこの子に預かってもらってたんだよね。と言って私のほうを見た。
だからさっきのノートは俺のなの!勘違いさせちゃってごめんと伝えた。
あ、そうだったんですか…
女の子たちの声が小さくなっていく。
するとその中の一人の子が、友達だったら会わせたください!と今度は蓮斗に向かって話し始めた。
お願いします!すごくファンなんです!
と懇願している。
蓮斗はどうでるのかと、やり取りを不安に見ていると、あのさ、そういうのはっきり言って迷惑なんだよね。レオも勉強しに学校に来てるわけだしさ、俺だってそんなことに利用されるのは嫌だし。プライベートはそっとしておいてあげてよ。と今までの蓮斗からは想像できない冷たい表情で応えた。
さすがに、彼女たちも怯んだのか、すみませんでした。と少し申し訳なさそうに言って立ち去っていった。
姿が見えなくなったことを確認して、蓮斗ありがとう。と伝えると
俺、演技上手すぎなかった!?
とっさの嘘すごくない?といつものおちゃらけた蓮斗に戻っていた。
いや、ほんと凄かった。しかもあんな冷たい声で話してたの初めて見たし怖かった。
あのくらい強く言わないと、彼女たちは帰らなそうだったからと蓮斗は笑った。
蓮斗には話してもいいかもしれない。とさっきのノートをタイミングを見て見せようと思った。
オムライスを頬張りながらさっきの授業の話をしていると、お疲れ様~!と肩をたたかれた。
振り向くと同じサークルの紗綾だった。
紗綾は私の友達の中でも断トツで明るくてスーパーポジティブ。そして何より私と同じくAトレインの大ファン。
だから2人でライブにも良く行くし、お互いどちらかがチケットが当たれば必ず誘う相手だ。
わー、紗綾お疲れー!
紗綾に会うと元気が出る、私の元気の源みたいな存在。
蓮斗もいるんだ!久しぶりじゃん。紗綾はそういうと空いていた椅子に腰を掛けた。
確かに授業も被ってないし、最近サークルも活動してないしなぁ。ともぐとぐと口いっぱいにカレーを含めながら話している。
そうそう。だからさ、久々にサークル活動したいなと思って…と紗綾はがさごそと鞄の中を漁り始めた。そして一枚のちらしを取り出した。
これどうかな??
そういって机の真ん中にどん!とそのチラシをおいた。
私と蓮斗が覗き込むと、そこにはこう書かれていた。
人気アイドルプロデュース。表参道におしゃれなカフェオープン。
ハワイアンチックな店内と美味しそうなパンケーキやトロピカルジュースの写真が写っている。
なんか良さそうだな。この人気アイドルって誰のこと??と蓮斗がきくとよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに紗綾はにんまりと笑った。
実はこれ、まだ世間に公表されていないんだけどAトレインの翔くんプロデュースらしいんだよね。
私のお母さんが雑誌の広報部で働いててオープン前の情報を入手してきたの!
と嬉しそうに話した。
えーー!凄すぎる。行きたい行きたい!と私は興奮気味に答えた。
しかもオープン前のプレオープンチケットを5枚入手したから同期みんなで行けるよ!
翔くんプロデュースだったらAトレインのメンバーみんな来るかもだし、今までで一番近い距離で会えるよー!と悲鳴に近い声で紗綾は喋る。
きゃー!紗綾本当にありがとうー。と私は紗綾に思いっきりハグをした。
今年一嬉しいよー!
杏梨の反応、想像以上なんだけど。こんなテンション高い杏梨初めて見たわと紗綾は笑った。
お前らすげぇな…。
蓮斗は私たちのテンションの上がりように若干引いているようだった。
3人でその予定について話していると私の携帯の電話が突然鳴った。
あ、ごめん。ちょっと電話してくるね。と言って席を立つ。
はい、もしもし、市川です。と電話に出ると、
市川さんですか。鈴木です。昨日はありがとうございました。と鈴木秘書からの電話だった。
こちらこそ、ありがとうございました。社交辞令の挨拶を済ませると
早速ですが一度弊社に見学に来ていただこうと思っているのですが、、、
はい。いつですか。
突然で申し訳ないのですが、本日はいかがでしょう。
ご予定ありましたら日程調整しますので、断っていただいて全く問題ございません。
今日なら午後は予定がないので、大丈夫です。どちらに向かえばいいですか?と私が聞くと
ありがとうございます。良かったです。
すぐにうちのもの向かわせます。今は大学ですか?
はい、そうですけど、、
そうしましたら20分ほどで到着するのでお待ちください。
念のため確認ですが桜丘大学の東京キャンパスでお間違いないですよね。
え、はい、そうですけど…
承知しました。門に着きましたら私のほうから再度お電話しますので宜しくお願いします。
では一度失礼致します。といって早々と電話は切られた。
あれ、私自分の大学言ったっけな。昨日はバイト後で疲れていたこともあり、記憶がうろ覚えだった。
でも急だなぁ。そういって2人の元に戻ると蓮斗がさっきの、カフェさ、俺たち三人になったわ。と言った。
え!なんで!?と私が驚くと
他の二人はその日予定があるんだって。杏梨が電話中に、二人に電話掛けて空いてるか確認したの!とちょっと寂しそうだ。
そうなんだ。残念だけど仕方ないよね。来週だもんね!
だからさ、チケット余るの勿体無いから誰か誘いたい人いたら言ってね!
私も友達あたってみるけど。と言いながらその招待状を私と蓮斗に差し出した。
杏梨に二枚渡しておくよ!誰か誘ってもいいし、見つからなければしょうがないってことで。と紗綾は私にもう一枚のチケットを託した。
えー。紗綾が友達誘えばいいじゃんと言うと、んー、誘いたいと思う人がパッと思い浮かばないんだよねー!
そっか。せっかく貰ったんだし、貴重なチケットだから行きたい人いるか探してみるね。と受け取った。
だったら今岡レオ誘ってみれば?来週の今日だったらちょうど授業被るでしょ?当日の誘いだけどワンチャンス来てくれたりして。ノート貸してくれたお礼とか理由つけてさ!といたずらに笑った。
えー。それは無理じゃないかな?お礼と言うよりありがた迷惑になりそうと話していると
私の電話が再びなった。鈴木秘書からだ。
二人ともごめん!私用事あるから行くね!蓮斗お昼ご馳走さま!
いいえー!なんか杏梨忙しそうだな。
んじゃ、来週ー!!と蓮斗の声と杏梨またねー!と言った後に今岡レオってなんのこと?と紗綾が蓮斗に聞く声を背に駆け足で門に向かう。
門に着くと昨日お店の前に停まっていたのと同じような黒光りの車が私のことを待っていた。
市川様お待たせして申し訳ございません。どうぞお乗りください。と丁寧に運転手の方が扉を開けて待っていてくれた。
ありがとうございます。
私は少し緊張気味に車に乗り込んだ。
通りすがりの生徒たちが私の様子をみて、話している。
車登校している生徒はいないから珍しいのだろう。
しばらく車を走らせると大きなビルの地下駐車場に入っていった。
車が停まると丁寧に先程の運転手の方が扉を開けた。
こちらでお降りください。
はい、ありがとうございました。と車を降りると入り口の側に鈴木秘書が待っていてくれた。
市川さん、おはようございます。
突然お誘いしたにも関わらず、足を運んでくださりありがとうございます。
と丁寧に挨拶をした。
いいえ、こちらこそ、お迎えの車まで用意してくださってありがとうございます。と頭を下げる
とんでもございません。それでは早速、中へご案内しますね!
そういうとエレベーターに乗って、45階の最上階を押した。
まずは藤田がご挨拶をしたいとのことですので、社長室にご案内致します。
え、あ、はい。
早速社長に会うのかと、急に緊張してきた。
エレベーターの扉が開くとガラス張りの東京タワーを一望できる景色がお出迎えしてくれた。
あまりの景色の迫力にすごい、、と思わず言葉が漏れてしまう。
真っ正面に東京タワーが見えた。
私もこの景色すごく好きなんです。夜景はもっと綺麗ですよと鈴木秘書が教えてくれた。
たくさんの人が働くフロアを通りすぎると、壁にはアイドルのポスターが沢山貼ってあったりグッズまで置いてあるスペースもあった。さすが芸能プロダクション。見ていて飽きない。少しそのエリアを歩いただけでも電話口で聞いたことのあるアイドルの名前を口にする人が多く、なんだかわくわくしてきた。
一番奥の部屋まで歩くとそこに社長室があった。
ここだけ空気感が少し違う気がした。
鈴木秘書が扉を三回ノックする。
失礼します。と扉を開ける。私も続けて失礼します。と後に続いた。
社長は調度電話が終わるタイミングではい、宜しくと電話を切ったところだった。
おぉ。よくぞきてくれました。
そういって立ち上がった藤田社長はレストランにいたときのイメージとは全く違い、ラフな格好だった。
シンプルなロンティーに、黒のスラックスを履いている。
社長が着ているとそれさえも高価そうに見える。
実際に高価だろうが。
中年男性にしてはスタイルもよく、イケオジという言葉がぴったりかもしれない。
市川さんにまたお会いできて嬉しいよ!どうぞ宜しく。と大きな手を差しのべた。
私は驚き、両手でこちらこそ宜しくお願いします。と握手を交わした。
鈴木から少し話はきいたけど初めこの仕事の内容聞いたときは驚いたでしょう。
でもあのレストランで一目君を見たときに、ぜひうちで働いてほしいと思ったんだ。と社長は真剣な眼差しで話し始めた。シェフには申し訳ないけどねと笑う。
ありがとうございます。私も鈴木さんから説明は一通り受けたのですが、実際に見てみたくて。
なるほどね。実際に見たら感じ方も変わると思うよ。
じゃあ見学楽しんでいってください。と社長は椅子に座り直した。
はい。宜しくお願いします。と鈴木秘書にならって頭を下げ社長室を出た。
先程のフロアに戻ると、鈴木秘書が耳元で、そうとう藤田は市川さんのことお気に入りみたいです。と呟いた。
私が今の会話でどうお気に入りに感じたんだろうと不思議にしていると、鈴木秘書は藤田は普段あまり人前で笑ったりしないんです。
無口で怖い印象を持っている方が多いくらいなのですが、市川さんの前では明るい気がしました!
私はそういえば、レストランの時も上機嫌そうでしたけど、あの面接を受けていた彼もお気に入りじゃないんですか?
彼はちょっと特殊な入り方だったので。あまり大きな声ではいえないのですがアイドルからドル隊に転身した形だったので、藤田が食事に誘ったんです。
なるほど。だからオーラがあったんですね。
やっぱり彼、芸能人オーラありますよねと鈴木秘書は小さく頷き、詳しくは後程お話ししますね。というとまず、こちらのフロアからご説明します。と鈴木秘書は話を切り替えて会社の説明を始めた。
ここのエリアはアイドルからの問い合わせの部署になります。お勧めのドル隊の紹介や、双方のスケジュールの調整をする部署です。
10人程度の机の島になっており、電話に出たり、パソコンに打ち込んだりしている。
この画面を見てください。と一人の男性の仕事中の画面を指差した。
後ろから覗かせてもらうと、そこにはずらりと女性の写真が並んでいた。
こちらがドル隊のプロフィール写真になります。
鈴木秘書の説明に気づいて、男性が説明に合わせてスクロールをしてくれる。
例えばこちらのあすかさんのプロフィール画像を押すと、アップと全身の画像、身長体重バスト、簡単な自己紹介などが記載されています。
写真はプロのカメラマンに取って貰っています。
名前は身元を知られるのを防ぐために源氏名にしています。
そうなんですね。すごい。皆さん可愛い。
どの写真の子達も芸能人並みの可愛さだ。
ちなみに僕のお気に入りはこの子です。
と突然パソコンを見せて貰っていた男性が話し始めた。
見ると小柄でショーットカットの元気系の女の子がにっこりと微笑んでいる。
確かに可愛らしいですね。と私がいうと、
この人は相手にしなくていいですよー!と鈴木秘書がその男性の肩をばしっと叩いた。
余計なことは言うなという感じだ。
彼、私の同期なんです。と鈴木秘書が言った。
だから距離感が近いのか。
この人割りと説明ざっくりだから。自分から質問しないと後で聞いてないって後悔するから気をつけてね!と男性が私に向かっていたずらに笑う。
もう、余計なこと言わないで!と少し慌てた鈴木秘書の始めての一面をみた。
さあ、次にいきましょう!と言いながらその男性を軽くにらんでいる。
私は小さくありがとうございました。と言うと、その男性は口パクで頑張ってと私に伝えた。
次の机の島は4人のこじんまりとした部署だった。
ここは技術開発の部署です。
一番始めにチラッと説明しましたが女性の性器を忠実に再現したマシーンを開発したりしています。
彼らがいることで私たちの仕事が成り立つと言っても過言ではありません。
4人とも素晴らしい技術を兼ね備えたエリート集団なんですよ!と先程とはうってかわって彼らを立てている。
4人は聞こえているのだろうが、反応なく皆集中して図面を見たり、機械の動きを確認していたりする。
こちらにサンプル品があるのでぜひさわってみてください。
見てみるとさつまいもくらいの大きさの形をしたクリーム色のマシーンがあった。
こちらは女性の性器を再現したものです。
穴が開いている箇所に男性の性器を入れます。
締め付け具合も調整できますし、性質が特殊なので何度も使うことによって使用する男性の性器にフィットするように変化していきます。
市川さん、指を穴に入れてみてください。
そう言われ、少しびびりながらも恐る恐る指を突っ込む。するとぬるっとした感触が指に伝わり、徐々にそのヌルヌルが溢れてきた。
うわ!と声が漏れ感覚に耐えられなくなり指を引っこ抜いた。
これはローションです。徐々にローションの量が増えていくように設計されてます。
そしてお気づきかもしれませんが、温度も人肌になっています。
確かに。本当に女性の性器みたいです。技術の高さにかなり驚いた。
機械だけれど本当の人間としてるみたいな感覚になりそう。
そうなんです。いずれはもっと進化して人型ロボットに取り付けるのが最終目標なんです。
ロボットと恋愛してロボットと性行為する日もそう遠くはないでしょうね。
ではこれで手を拭いてください。とウエットティッシュを差し出した。
指についたヌルヌルを取ると、ちなみにこのローション、オーガニックなので安心して使えますよ!弊社の商品なのでお一つどうぞ。と鈴木秘書が私に手渡す。
使う機会あるかなぁと思いつつも、ありがとうございます。と受け取り、すぐに鞄にしまった。
次に隣に見えるのは、見た目どおりおっぱいマシーンです。
大きさもA~Hまでご用意しています。
ぜひ触って体感してみてください。
おっぱいマシーンってネーミングセンスのなさに少し苦笑した。
改まって見てみると見た目は本物のおっぱいだ。乳輪の色にも差があるようで、違いはよく見ないと分からない程度だが、こだわっているのがわかる。
私は一番大きいサイズのHカップのおっぱいをそっと触ってみた、
柔らかくとろけそうな肌触り。しかもほんのりあたたかくて、女性のおっぱいを触るってこんな感じなんだとその感覚に浸った。これはやみつきになるかも。
私がしばらく揉み続けていたので、鈴木秘書は笑いだした。
そんな長い間揉まれる方、女性で初めてです。
でもずっと触りたくなるくらい気持ち良いですよね。と私が言うと鈴木秘書のツボに入ったようだ。くくくっと声を押し殺して笑っている。
私は恥ずかしくなり、揉みすぎました。すみません!とパッと手を離した。
すると先程まで淡々と仕事をしていた技術開発部の人たちも私の方を見て笑っている。
ほんまのおっぱいみたいでしょ。ずっと触りたくなるような質感を一番大切にしてるんで、そんな揉んでくだはって嬉しいわ~。
と一人が私に向かって言った。
本当に凄いです!自分の胸より数百倍気持ちがいいのでずっと揉んでいたくなります!と興奮気味に伝えた。本当に心から思った言葉だった。
すると技術部の人たちが目を見合わせて笑いだした。
この子おもろいな。新しく入る子?と鈴木秘書に向かって尋ねた。
いえ、まだ検討していただいている段階です。
と鈴木秘書は少し気まずそうに応える。
ま、俺らがとやかく言える立場じゃないのは重々承知やけど、一緒に働くことになったら宜しく!
と関西弁の男性が私に向かって手を上げた。
最初は無愛想な人かと思っていたけれど、割りとサバサバしている人のようだ。
はい、お願いします。と頭を下げた。
ほんまドル隊はべっぴんさんが多いなぁと感慨深そうに男性が呟いているのが聞こえた。
では次に行きましょう。鈴木秘書は次の部署に向かった。
こちらはデータ処理をする部になります。
ここの部署の人たちを見ると皆パソコンに向かって細かい数値を打ったり、表を作成している。
今手前の方がやっている作業はどのアイドルがどのドル隊と何回会っているかを表にまとめています。
なぜだか分かりますか??
突然の質問に一瞬戸惑ったが、悩んだ据えに出た答えは、アイドルごとにお気に入りのドル隊はどの子か分別するためですかね…と自信なさげに応えた。
鈴木秘書はそうですね…と少し返答に困ったのか、その答えは正解ですが、市川さんが考えている目的とは違います。
え。どういうことですか。
私たちはお気に入りの子を作ってはいけないのです。
勿論指名もできません。
なので3回以上同じ人とは会わせないように仕事を割り振りしています。
それは、何故ですか。
私は指名された方がドル隊の給料が上がるかと思っていたし、同じ人の方がアイドルたちも安心するのではないかと思い、なぜそのような仕組にしているのか分からなかった。
アイドルとドル隊は恋愛をしてはいけないからです。
スキャンダルを起こさないためにドル隊の活動があるので、そこで恋愛関係を持ってしまうと元も子もないですよね。
なので、同じアイドルとのセッティングは多くて3回までと決まっています。
こちらの部署が出来てから、しっかり数字を管理できるようになったんです。
以前はヒューマン・エラーで3回以上セッティングしてしまっていたこともありましたが、最近では技術も発達してきたので、そのようなトラブルは少なくなりましたね。
なるほど。そういうことですね。そうするとアイドルからすると好みのドル隊がいても選べないってことですか?
初めてのドル隊でしたら写真を見て選ぶことは出来ます。しかしその子がすごく相性が良かったとしても2回目はアイドル側から指名は出来ません。
また、特に希望がなければランダムで選ぶので偶然2回目でまた出会う可能性はあります。
相手に感情移入してしまうとトラブルに発展することもありますし、会社としても問題になってしまうのでそこは徹底してやっていますね!
そうなんですね。ちなみに前に恋人のような存在として話を聞いてあげたり、癒してあげたりもすると言っていたかと思うのですが、1日限定の恋人?みたいな感じってことですか。
そうですね…。ここだとあれなので、詳しい内容を個室で少しお話出来ますか??
と鈴木秘書が端の部屋を指差した。
私たちはオフィスの個室に入り、腰をかけた。
先程話を途中にしてしまったのですが、通常であれば先程のような決まりにはなります。
しかし1日限定となってしまうと心を開くことも出来なければ、一度きりの相手なんて風俗と一緒の感じじゃないかと思われますよね。
私も最初そう思っていました。
私がうーんと頷く。
なので、ドル隊の入れ替わりは激しいのですが、
実は例外のドル隊が何人かいるんです。
と鈴木秘書が話し始めた。
女性の中でもやはり恋愛依存症の人はいますが、その反対で非恋愛依存症の人がいるんです。
私たちは心理学者などの研究を元に非恋愛依存の方を見分けられるテストを開発しました。
行動分析と筆記を判断材料にするのですが、その結果で非恋愛依存の人に関しては会う回数を制限していません。
それは非恋愛依存の人はどんなに会う回数を増やしても恋愛に発展しないからです。
仮にアイドル側から好意を持たれても、非恋愛依存の方は仕事としてと割りきれるので、恋愛に発展せず、トラブルも起こりません。
現状ですと非恋愛依存のドル隊は男性3名、女性7名の合計10名います。
嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんが、今まで市川さんの行動を分析させていただいていました。
私の判断にはなりますが、行動分析に関しては市川さんは非恋愛依存の可能性が高いのでお伝えさせていただきました。
非恋愛依存の行動分析するには資格が必要なのですが、私も勿論所持しているので、正確な結果になります。
ですが勝手にそんなこと決めつけられても不快ですよね。申し訳ございません。と鈴木秘書は頭を下げた。
正直なところ、別に不快とは思わなかった。
なんとなく自分でも恋愛体質でないことは自覚していたからだ。
しかしいつどのタイミングで分析していたのかが気になった。
非恋愛依存って恋愛が出来ないってことですか?
私自身確かに高校まで女子校で恋愛せずに生きてきた。
大学に入ってからも何人かの男性に告白をされたりもして付き合ったりもしてみたが、本気で相手を好きになることはなかった。
アイドルは別として心から誰かを好きになることをまだ経験していなかったので、一生恋愛できないのではないかと急に不安になってきた。
実は私も非恋愛依存と判断された一人なのですが正直なところ恋愛は出来ます。
なんと説明するのが一番いいのか言葉にするのがなかなか難しいのですが、非恋愛依存の方は恋愛に発展するまでにかなりの時間がかかります。
恋愛に関してかなりの鈍感と言ってもいいかもしれません。
気を悪くされたらすみません。
例えばアイドルたちと1日だけでも会って話して、性的な関係を持ったとしたら、大抵の女性は相手に惚れてしまいます。
しかも彼らはアイドルとして女性の気持ちも知り尽くしているので女性が喜ぶ言葉を使ったり、普通の男性だったら恥ずかしくて出来ないようなきゅんとするような行動もさらっとします。
そんな彼らに対して恋愛感情を持たずに耐えられる女性はなかなかいません。
しかし非恋愛依存の方はどんなことをされても、心動かされることなく、大袈裟にいえば無の状態でいれます。
私たちは非恋愛依存の方たちをスーパードル隊員、略してスパドルと読んでいます。
私ははぁ。なるほど。とため息にも近い返答しかできなかった。
鈴木秘書は続けた。
スパドルの人たちはドル隊とは違ってお給料も2倍です。しかしそれに伴って仕事量も多いです。
なぜかと言いますと、性的な目的だけでなく、悩みを聞いたり、食事を共にしたりと一緒にいる時間も長くなります。
本当の彼女として振る舞うことが求められます。
韓国では芸能人やアイドルたちの自殺が多いですが、なぜ日本は少ないかと言うとスパドルの人たちが影で支えていることも理由の一つです。
スパドルは言い換えればアイドルたちの心のカウンセラーです。
そしてスパドルの人たちは優遇もよくて、事務所が徹底して存在を隠し、専用の移動車もあるので、週刊誌などに撮られる心配は90%ありません。
スパドルの方々はアイドルと同じマンション内の一室を借りるので、住人のように紛れることができるわけです。
勿論、家賃も一切かかりません。
もしも市川さんがこの仕事に興味があるようでしたら、ぜひ非恋愛依存の筆記試験を受けて正式にスパドルとしてお迎えさせていただきたいです。
一気に情報をお伝えしてしまって困惑されますよね。
何かご質問はありますか?
私は一番気になったことを思いきって聞いてみることにした。
スパドルの人たちが恋愛できない理由って何ですか。
鈴木秘書は一瞬悩むようにそうですねと呟き、少し間をおいて話し始めた。
もう少し詳しくお話ししますね!
勿論スパドルの方たちも恋愛はします。
しかし恋愛関係になるまでに長い時間が必要とされます。分かりやすくいうと、本当の運命の人意外は好きにならないと言う言葉が近いかもしれません。
生まれ育った環境などの影響や元々の性格が要因のことが多いです。
先程スパドルの人たちは回数を設けないと申し上げましたが、さすがに長く居続けると情も映りますし、恋愛関係には至らなくても友情が芽生えることだってありますよね。
そこが複雑ではあるのですが、わが社独自の研究によってできた感情テストがあって、そのテストで相手に対してどのような感情を抱いているかが分かってしまうのです。
スパドルの方々は、何人か特定のアイドルに専属担当していただいていますが、定期的にそのテストを行ってアイドルに対して恋愛感情や、特別な感情を抱いていないかを調べています。
テストに引っ掛かった場合は、そのアイドルの担当から外れて貰っています。
シビアではありますが、会社の方針として決まっているんです。
更に掘り下げますと、ドル隊もスパドルの方たちも決まったルールがあり、入社前に誓約書にサインをしていただいています。
なので、会社のルールを破ってしまった際は、それ相応の処罰がございます。
それと同時にドル隊の契約も解除されます。
その契約書もどんな内容か気にはなったが、一つ疑問が浮かんだ。
ちなみに相手のアイドルたちの中にも非恋愛依存の方はいないんですか?
すると、鈴木秘書はゆっくり頷いた。
勿論います。ですが驚くことに男性の方が明らかに恋愛依存の方が多いんです。
男性で非恋愛依存の方はごく稀で数値で表すと1000人に1人レベルです。
女性ですと100人に1人の割合なので、その大きな違いが分かるかと思います。
ちなみに現状で非恋愛依存のトップアイドルは1人しかいません。
なので、その1人に関しては好きなドル隊を自由に選ぶことができます。
私たちのサービスを利用するアイドルたちにも必ず恋愛依存症テストを受けていただいているんです。
そんなに男性は少ないんですね!と驚いた。しかもその1人って誰なんだろうと今旬のアイドルを思い浮かべたが断言できそうな人は思い浮かばなかった。
あの~、先程私の行動から非恋愛依存の可能性があるとのことだったのは、どの行動が当てはまるんですか??
すると鈴木秘書は少し微笑んで話し始めた。
そうですね、行動パターンはいくつかありますが、ある行動が3つ以上当てはまると非恋愛依存の方として認められています。
市川さんは驚かれるかもしれませんが、一番始めに会ったレストランから行動を拝見させていただいていました。
えぇ!あの時からですか!?
何も意識していないときに観察されていたかと思うと恥ずかしくなってきた。
あの、レストランで初めて市川さんを拝見したとき、席について早々藤田は市川さんの観察を依頼してきました。
あの子は素質があるから、是非とも弊社で引き抜きたいと申していました。
そこから市川さんの行動を観察させていただいておりました。
行動観察も男性の協力が必要なので、面接として同席していた男性にも協力していただいていました。
お気づきにはなりませんでしたか?
レストランでの出来事を思い出したが、全く思い出せなかった。
彼にお願いしたのはいくつかありますが、まずは市川さんの手を握って欲しいとお願いしました。
彼がおしぼりをお願いして市川さんが持ってきたとき、ぎゅっと手を握ってきませんでしたか?
確かに思い返してみると、手を触れられた気もするが、あまり意識していなかったので、思い出せなかった。
私はその時市川さんの表情に注目していたのですが市川さんは顔色一つ変えず何事もなかったかのように去っていきました。
通常なら少しくらいは表情に出るんです。
ドキッとしたり、不快に感じたり、驚いたり。
市川さんのあまりの無表情さに元非恋愛依存の私が言うのもなんですが、驚いてしまいました。と少しはにかんだ。
全く思い出せないが、なんだか彼にも失礼なことをしてしまったような気もしてきた。
その他にも専属の運転手が扉を開ける際、通常ではありえないほど顔を近づけていたと思うのですが、それにも市川さんは反応されていませんでした。
そしてレストランにいた従業員の方にもご協力していただいていました。
え、竹内くん!?
いつの間にお願いしていたんだろう。一緒に働いていたにも関わらず全然気づかなかった。
食事を持ってきてくれた時に彼にこっそり依頼したのですが、そんなことできないと最初は顔を赤らめていました。
しかし藤田直々のお願いと言うこともあり、嫌々ながらも実践していただきました。
彼にお願いしたのは3つです。
①後ろから腰に手を回す
②至近距離で顔を近づける
③髪を撫でる
この3つの行動を杏梨さんに対してしていただいたのですが、覚えていませんか。
そんなことを、お願いしていたなんて。
言葉で聞くと、仕事中にそんなことをされたら絶対におかしいと思うはずだが、竹内くんにそんなことされた覚えがうっすらとあるようなないような。
無茶なお願いだけれど、VIPなお客様のお願いだから竹内くんも断れなかったんだろう。
ヘルプで来てくれていたのに、なんて可哀想なんだと今更ながらに同情してしまう。
えーと、申し訳ないのですがほとんど覚えてないですね。
私のごもごもとした返事に鈴木秘書は笑い出した。
なるほど。市川さんらしくて良いと思います。
彼は自然にやってくれました。
腰に手を回す際も、グラスを取る振りをして、市川さんの後ろから上手く手を回していました。
それに気付いた市川さんが振り替えると近距離でお二人の目が合っていました。
通常働いているときにそんなことをされたら、見ているこちらまでドキドキするようなシチュエーションでしたよ!
しかも美男美女だったので、すごく絵になっていましたし。と鈴木秘書は微笑む。
髪を撫でる仕草もしっかり私が観察できる場所でしてくれていました。
しかも撫でる際に、私たちにも聞こえるくらいの声で今日もお綺麗ですね!と言葉を添えて撫でていました!と鈴木秘書があの時を思い出しながら楽しそうに話す。
鈴木秘書の説明で記憶が少しよみがえった。
確かにその時のことは覚えています。
お客さんもいるのに、今日の竹内くんおかしいなぁとは思っていました。普段絶対言わないことだったので。
確か私、あの時突然どうしたの?ちゃんと仕事して!と言ってしまった気がすると私がぶつぶつ呟くと、鈴木秘書はクスクス笑い出した。
市川さんのお声までは聞こえてこなかったんですが、そんなお話されていたんですね。
その後市川さんは何事もなかったかのように振る舞われていました。
ちなみに腰に手を回したときも顔が近いときも市川さんは普段と変わらない反応をされてました。
逆にお願いした彼の方がドキドキして少し顔が赤らんでいましたね!と微笑んだ。
お願いした3つのことをやり終えて彼が隙をみて私たちの席に来たとき、あまりの市川さんの反応のなさに彼はかなり落ち込んでいましたよ。
全く恋愛対象としても男性としても見てくれていないと。
あんな綺麗な顔立ちで物腰も柔らかい方だったので、きっと普段ならおモテなられているだろうから、市川さんの反応のなさにはかなり傷付いたのかもしれません。
私はそんなことをしていた竹内くんの行動に、全く気づかなかった自分にもかなりショックを受けた。
竹内くんは、私からみても顔が整っていて気遣いもできるので女性から人気なのだろうなとは思っていたけれど、そんな彼がしてくれた行動に気付けないなんて、私が異性に対して何も感じないことを突き付けられた気がした。
今までも、知らないうちに相手を傷付けていたかもしれないと考えると少し胸が傷んだ。
でも安心してください。
私も以前は市川さんと同じような反応だったんですよ。
これは鍛えれば治りますし、相手の好意も気付けるようになる研修もございます。
治したいと思って研修を受ける方もいれば、気付かない方が楽に生きていけると敢えて受けない方もいらっしゃいます。
私は相手の好意に気付けた方が恋愛もしやすくなるし、世界の見え方が変わるかもしれないと思い研修を受けました。
恋愛をしたのはドル隊を辞めてからですが、と笑顔で答えた。
ちなみに研修を受けてから、恋愛の価値観は変わりましたか?と聞くと鈴木秘書はかなり変わりました!と声のトーンが少し大きくなった。
決して自慢ではありませんが、周りに私のことを好いてくれる方がこんなにいたんだと最初は驚きましたね。
世界の見方が180度変わって、大袈裟に言ってしまえば、新たな人生が幕開いたと言っても過言ではありません。
キラキラとした瞳で言う鈴木秘書の言葉に、そんなに恋愛は良いものだろうかと気になる自分がいた。
しかし研修を受けるには、ある程度ドル隊で成果を出してからではないと受けることができません。
非恋愛依存の方を重宝している弊社にとって、研修を受けてそれが改善されて、恋愛感情を抱いてしまうと元も子もないからです。
ドル隊での仕事をすることを承知の上で、ぜひ検討いただきたいです。
鈴木秘書の丁寧な説明で、研修を受けた後の自分を見てみたいと素直に思った。
鈴木秘書は一通り話終えたのか『ここまでお話を聞いていかがでしたか?』と質問をしてきた。
初めてこの仕事を聞いたときは抵抗しかなかったが、もしも自分が非恋愛依存だとしたら、克服した自分を見てみたい。
『正直なところ少しやってみたい気持ちになりました。
続くかは分かりませんが、やってみようかな…』
思わず口から出た言葉に、鈴木秘書は嬉しそうに手を叩き、『よかった。市川さんならやってくれると思っていました。さっそく藤田に報告してきますね!』
とスマホを片手に席を立った。
一人取り残された私は、本当にこの判断は間違っていないのかと頭の中で思考を巡らせた。
ドル隊の仕事、私に本当にできる?
人に言える仕事じゃないけど、ちゃんと続けられるかな。
そんなことを考えている間に、鈴木秘書がすっと戻ってきて、藤田も大変喜んでいましたよと私に伝えた。
それでは、本日はご帰宅していただいて、後日会社説明と契約書を交わしていただき、開始日を決めましょう!
今日はありがとうございました。と深々と頭を下げた。
幾度となく不安が頭をよぎったが、社長にも報告されてしまったし後には引けない状況になってしまった。
よろしくお願いします。と私もお辞儀を返し、その日は帰宅した。
エピソード2.新しい仕事
説明を受けてから1週間後スマホが鳴った。
着信を見ると、鈴木秘書だった。
ちょうど5限の授業を終えたタイミングで電話をかけてくるのは、どこかで私の行動を観察していたのではないかと疑ってしまうほどだ。
もしもしと私が電話に出ると、明るい鈴木秘書の声が受話器越しに聞こえてきた。
ご無沙汰しております。市川さん、今お時間よろしいですか。
はい、大丈夫です。
電話をしながら学校の校門に向かって歩いていると、黒いスーツに身を包んだ鈴木秘書がスマホを片手にこちらに向かってヒラヒラと手を振っている。
時間があるって、電話じゃなかったのか。
わたしはそっとスマホを耳から離し、鈴木秘書の元へ歩み寄った。
突然押し掛けてしまって、すみません。
小2時間ほど、市川さんのお時間いただいてもよろしいでしょうか。
仕事に関することで、どうしても一緒に来ていただきたいんです。
特に何も予定もなかったので、私がはい。大丈夫ですよと答えると、門の横に車を付けているので行きましょうと足早に歩き始めた。
車に乗り込みしばらく走ると、鈴木秘書は口を開いた。
今日突然押し掛けてしまったのは、今後の仕事の流れをお伝えしたかったからです。
仕事の開始時期の調整と、お相手の方をお決めしたいと思います。
話がとんとん拍子に進み、こんなにも早く実際にやる時が来るのかと不安を抱いた。
会社に到着し、大きなモニターのある個室に案内されると、鈴木秘書はモニターの電源を付け話し始めた。
まずはリアルタイムでドル隊の仕事の一部始終を観ていただきます。
撮影はドル隊が行っているので、ドル隊目線になりますが、お仕事のイメージを掴みやすいかと思います。
もちろん、お相手のアイドルも撮影は了承済みです。
突然モニターの画面が切り替わり、どこかのマンションのエントランスが写し出された。
すると、ドル隊の子が今からお仕事開始します。と小声でカメラに向かって伝えた。
通常は事務局に電話で仕事開始のお知らせを伝えるのですが、今回はビデオ通話で伝えてもらっています。と鈴木秘書の解説が入った。
さすがアイドルの住まいと言うだけあってマンションのセキュリティーがしっかりしているのか、3つほどオートロックを解錠してやっと玄関の前に着いた。
インターホンを鳴らすと、上下グレーのスウェットを着た男性が玄関を開けた。
わたしは思わず、あっ。と声が漏れた。
最近CMやドラマで良く見かける、今10代の女の子に人気と言われているアイドルだ。
この子もドル隊を利用しているんだ。と内心びっくりした。
カメラを回しながらですみません。おじゃまします~とドル隊が部屋に入る。
部屋の中は、さすが人気アイドルといった感じでリビングは20畳ほどありそうなくらい広々としていた。
ドル隊はリビングにつくと持っていたビニール袋をアイドルに差し出す。
頼まれたたこ焼きです!
わー!ここのたこ焼き楽しみにしてたんだ!ありがとう~
そういうと彼はさっそく袋からたこ焼きを取り出した。
デリバリー的なこともするのかと映像を見ながらぼんやり思った。
そうだ!お茶飲みます?とアイドルはドル隊に声をかける!
わたしがやるので、座っていてください。
ドル隊の子はさっと立ち上がり、スマホをダイニングテーブルに置いてキッチンに入っていく。
すると、アイドルが椅子に座るなり、スマホを持ち上げカメラ越しに手をふった!
こんにちは!撮影してるんですよね!
私生活覗かれるの少し恥ずかしいけど、よろしくお願いしますー!
とスマホ越しに挨拶した。
すると鈴木秘書はこちらの声は相手に聞こえないので…と少し困った様子で呟いた。
ドル隊の子がお茶を淹れて戻ってきて、しばらく談笑したあと、アイドルは飯も食ったしお風呂入ってきますと席を立った。
するとドル隊の子もすかさず立ち上がり、カメラを回すのはここまでになります。
ありがとうございました!と言いカメラ越しに手を振りプツリと映像が切れた。
ここからが本番ですが、さすがに人様の様子は映すことができないので撮影はここまでとなっています。
一通りの流れは掴めましたか?
なんとなく。なんだかカップル動画を観ているようでした。
そうですね。1日限定のカップルみたいな感じです。
そして、ここから前回よりも少し深くお話を進めませていただきます。
鈴木秘書は改まって私に向き直った。
鞄から冊子を取り出すとわたしに差し出した。
こちらがマニュアルです。
差し出されたのは厚さ10センチほどの冊子だった。
こちらにドル隊一連の流れが書かれています。
お時間あるときに目を通しておいてください。
ちなみに今回映像を観て、辞めたいお気持ちになったりはしませんでしたか。
そうですね…自分がドル隊とて仕事をしているというイメージはまだ湧きませんが、挑戦してみたい気持ちはあります。
自分がアイドルに会えるかもしれないと思うと胸が高鳴った。
そう伝えると、鈴木秘書はにっこり微笑み、それは良かったです。と安堵した様子だ。
実際の流れを一週間後の今日、弊社の女性スタッフがお教えし、それを経てから現場に出ていただきます。
実技が女性で良かったと内心ほっとしている自分がいた。
わかりました。
ちなみに、市川さんのバイト先のレストランですがしばらくはお休みしていただきたく思いますので、シェフにはこちらからご連絡しました。
大学卒業まで残り3ヶ月になりますが、こちらの研修もアルバイト代として給与が発生するのでご安心ください。
ちなみに大事なことをお伝えするのを忘れていましたが、先日受けていただいたテストの結果ですが、やはり市川さんは非恋愛依存の判定が出ましたので、卒業後はスパドルとしての扱いになりますこともあわせてお伝えいたします。弊社としては、スパドルの方はとても貴重なので一緒に働くことができて大変光栄に思っています。
そういえば筆記テスト結果を聞くことをすっかり忘れていたが、やっぱり私は非恋愛依存だったのかと腑に落ちた。
では一週間後の夕方17時、会社の車でお迎えに上がります。
当日私はいないため、そちらは予めご周知ください。
なにかご不明点や不安ごとがありましたら、遠慮なくご連絡ください。
はい。ありがとうございます。
ちなみに初回の相手は誰か、事前に教えていただけるのですか?恐る恐る私が聞くと鈴木秘書はゆっくり微笑み、通常は前もってお伝えをするのですが、スパドル候補の市川さんの初回はスペシャルゲストなので当日のお楽しみということとさせていただいております。
と口元に人差し指をあてて微笑んだ。そんなにすごい人が相手なのかと思いつつ、事前に知ってしまうと変に身構えてしまう気もしたので、なるほど。分かりました。 と深く突っ込まないことにした。
鈴木秘書と別れて帰りの送迎車の中で、私はふと考えていた。
一般企業でなく、若いうちしかできないような身体を使う仕事に就いていいのだろうか。
しかも人には言えないような仕事を。
その先はどうしよう…でも今何かやりたいと思える仕事もないし。
と頭の中でぐるぐると思考が回っていた。
とりあえず、実技を受けてから考えよう。
なるようになるさという形でここまできてしまったが、果たして大丈夫なのだろうか。
家に着きベッドに横になると、よほど疲れていたのかそのまま寝落ちしてしまった。
エピソード3.Aトレインメンバーとご対面
今日は待ちに待ったAトレインの翔くんプロデュースのカフェに行く日だった。
紗綾に貰った余りのチケットで誰か誘おうと思っていたのに、結局バタバタして誰も誘うことができず、ただの紙切れになってしまいそうだ。
そして今日は今岡レオと一緒の授業がある日だ。
借りたノートを返さなければと少し早めに教室に入るとまだ誰も来ていないようだった。
席は自由なので、前に座った席にとりあえず腰を掛けた。
すると、ガラガラっと扉が開きタイミングよく今岡レオが入ってきた。
人気俳優と聞いたからだろうか、以前よりオーラがある気がした。
私と目が合うとよっと片手を上げて近づいてくる。
今岡レオも前と同じ席に腰を掛けてくれたので、私はそっと鞄から借りてたノートを取り出し、助かりました。ありがとうございました。と言って返した。
全然大丈夫だよ。役に立ててよかった。とさわやかな笑顔で受け取る。
ノートの最後のページに書かれていた言葉がひっかかったが、仲良くもないのに突っ込める訳もなく、少しの気がかりだけが残った。
そういえば、お礼を買ってくるのを忘れていた。
まだ授業もあるし、売店でお菓子かジュースか買ってこようかなと考えていると、ふと蓮斗の言葉が思い浮かんだ。
今日のAトレインのカフェに思いきって誘ってみようかな…
そんなことを考えていると、今岡レオが突然、ミスコンでグランプリ獲った子だよね?
と話しかけてきた。
私が、え、はい、そうですけどと思わぬ質問に恥ずかしそうに答えるとまだ名前言ってなかったなって思って。
今岡レオです。よろしくね!と笑顔で手をさしのべてきた。
市川杏梨です。よろしくお願いします。
今時学生同士で握手するかなと思いながらも差し出された手を握る。
すると向こうの体温が低いのか手が氷のように冷たかった。
思わず、え、冷たいと口から言葉がこぼれてしまった。
あ、ごめんごめん。俺めっちゃ冷え性なんだよと照れ笑いを浮かべた。
なるほど、そうなんだと私も少し微笑む。
人がいない今がチャンスと思い、一か八かカフェに誘ってみることにした。
突然でびっくりされるかもしれないんですけど、今日Aトレインの翔くんプロデュースのカフェがプレオープンで、関係者のみのチケットがあるんですけど、今岡さんも一緒に行きませんか?
唐突すぎる誘いにびっくりしたのか、今岡レオは吹き出し、え?俺?!と驚いた様子だ。
勿論二人きりではなくて、私の友人も二人行くんですけど。と私が伝えると今岡レオはうーんと少し考える仕草を見せ、一応俺俳優業やらせてもらっててAトレインのメンバーの涼太とは友達なんだけど...、翔くんがカフェ開くのは知らなかったなあ。涼太も来るのかな…と考えているようだ。
俳優やってること、知ってます!やっぱり忙しいですよね…と私がやっぱり無理だよなと思っていると
うーん、それって何時から?と思わぬ返答が帰ってきた。
この授業が終わってすぐ向かうから13時くらいかな。ちなみに私と同じサークルの子で男子と女子の二人が来るよ!と言うと、
次の日朝早い仕事あるから夜は厳しいけど、それなら行けるよ!俺あんま学校来てないから友達もいないし、紹介してくれる?とまさかの了承してくれたのだ。
もちろん。二人とも良い子だからきっと仲良くなれると思う。
え!楽しみ。こんな当日誘いにのっかるの初めてかも。と今岡レオは笑った。
俺車で来てるからカフェまで車出すよ!となんとも神のような提案までしてくれた。
え、ホントに?甘えちゃって良いの?
場所は表参道だから近いけど、すごくありがたい。
ん!全然問題ないよ。
ありがとう!
トントン拍子で話が進んだが、まさか来てくれるなんて。ダメ元で聞いてみるものだなぁ。
するとガラガラッと扉が開いた。
いつもの先生とは別の先生が入ってきたので、ふたりしてあれ?っと互いに顔を見合わせる。
君たち、赤坂先生の授業でしょ。今日教室変更になったのメールできてなかった?
早くしないと遅れちゃうよ!
そう言われふたりして慌ててスマホを確認する。本当だ!
だから誰も入ってこなかったのか。
急いで荷物をまとめて二人して急いで教室を出た。
授業が終わり、紗綾と蓮斗には今岡レオも一緒に行くことを事前に伝えた。ふたりとも心底驚いたようで、嬉しそうな反応だ。
門の前で今岡レオと並んで二人を待っていると、案の定痛いほど行き交う学生たちの視線を感じた。
変装もキャップを被るくらいで特にしていないし、スタイルも良いので立っているだけで目立つのだ。
するとお待たせーと紗綾と蓮斗がやってきた。
蓮斗は今岡レオの顔を見るなり、わー、本物だ。
やっぱり男前っすね。と相変わらず初対面からストレートにものを言う。
蓮斗と紗綾を軽く紹介し、今岡レオが車を停めている駐車場に向かった。
本来であれば教員しか使えない駐車場だから、特別に許可してもらっているのだろう。
案の定、車は高級車のようで蓮斗は目を輝かせてかっこいいーと眺めていた。
車内では呼び方の話になり、同い年だしみんな下の名前で呼ぼうと意見が一致した。
するとレオとAトレインの涼太が友達と知った紗綾は、涼太くんとはどこで出会ったのだとか、好きなタイプはだとか一番の推しの情報を少しでも知りたい一心で、レオを質問責めにしていた。
きっとめんどくさいはずだろうに、嫌な顔ひとつせず質問のひとつひとつに丁寧に答えるレオを見て、いい人なんだろうなと感じた。
さ、着いたよー!
レオの運転で無事カフェに着いた。
表参道の大通りに面する立地にあり、見た目からも高級感が漂うカフェだった。
カフェの前には記者らしき人が何人もいてテレビ局も何社かきているようだった。
紗綾が先陣をきって、関係者入り口から中に通してもらうと、私達のような若者は一切おらず、仕事関係の人で溢れていた。
せっかくだからみんなで写真を撮ろうよと何枚か4人でカフェ内の写真を撮ったりしていると、レオのことを知っている関係者たちがなぜ今日きているのか取材をしようと話しかけてきた。
プライベートなんですと伝え、上手く記者を交わしつつ4人とも席に着き、カフェで提供予定のドリンクを飲みながら、紗綾はずっとそわそわしている。
こんな間近でAトレインを見れる機会になんて後にも先にもないかもしれないから、目に焼き付けないと。
関係者しかいないから悲鳴は絶対あげられないね。と紗綾に耳打ちすると、本当それな。私多分声出ちゃうと笑った。
レオと蓮斗は何やら学校の授業の話やらゲームの話をして盛り上がっているようだった。
すると司会者らしき女性が前に出てきて、皆様お待たせいたしました。今回はこちらのカフェをプロデュースしたAトレイン翔さんよりご挨拶がございます。
あたたかい拍手でお迎えください。
みんな一斉に拍手する中で、かっこいい黒スーツに身を包んだ林田翔がステージ状に登壇した。
ライブに行ったときでもこんなに間近で見ることができなかったのに、今目の前にいることが信じられなかった。
紗綾と顔を見合せ最高すぎるね!とお互い興奮しているのがバレないよう必死に息を殺した。
えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。
ずっと自分のカフェをオープンしたいと思っていたのでこうして夢を実現できたことを嬉しく思います。
今回は店内の内装はもちろん、フードやドリンクメニューまで考えさせていただき、無事今日と言う日を迎えることができました。
関係者の皆様には感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございます。と深々とお辞儀をした。
簡単な挨拶が終わり記者の質問タイムが始まった。
記者のこだわりのポイントはありますか。という質問には、店内の食器や家具、壁に飾られた絵はすべて僕がNYで買い付けに行ったので、楽しみながら見て欲しいです。と答えていた。
質問タイムが終わると、突然司会者が話し始めた。
こうして林田翔さんが夢を叶えられた日でもある本日、祝福したいとメンバーの方々が集まってくれたそうです。
どうぞお入りください。
すると奥からこれまたスーツに身を包んだAトレインのメンバーが颯爽とステージ上に登壇した。
紗綾は推しの涼太の姿を見て、小さい声でやばいやばいと連呼している。
その様子を見て蓮斗とレオは苦笑しながらも楽しそうに様子を見ていた。
Aトレインは5人グループで結成されており、カフェをプロデュースした翔、器用でマルチに活躍していてレオの友達でもある涼太、俳優としても活躍している瞬、歌が一番上手い隼人、明るくてバラエティー番組に引っ張りだこの日向からなる5人組だ。
それぞれ得意分野があり、メンバー全員顔も整っているので、今勢いのあるアイドルグループの1つだ。
翔は皆がくることを知らなかったようで、びっくりして少し涙ぐんでいるようだった。メンバーから花束を貰いさらにうるうるとしているのを見て、私と紗綾もつられて泣きそうになってしまった。
色々と噂はあるがメンバー間の仲は良さそうに感じた。
また、メンバーへの質問タイムがいくつかありそれが終わるとそれでは本日はお集まりいただき、ありがとうございました。とメンバー皆が挨拶をしてイベントが終わった。
すると、メンバーの涼太は会見中レオの存在に気付いたのかひとり駆け寄ってきた。
レオ!今日来てくれてたんだ。めっちゃ久しぶりじゃん。元気だった?
おぉ!元気だよ!涼太も元気そうで何より。
すると私達を見てこちらの方は…?という涼太にレオが同じ大学の友達でとひとりずつ紹介をする。
紗綾は今まで見たことのないくらい顔を真っ赤にして照れているようで、その姿がとっても可愛らしかった。
私はどちらかというと箱推しなので、誰が特別好きって訳ではないから意外にも冷静でいられた。
よければさ、楽屋来なよ!レオの友達なら大歓迎だよ!
と涼太はこっちこっちと楽屋に案内してくれる。
楽屋にはメンバーがまだ残っていて皆ごはんを食べているようだった。
涼太はメンバーみんなにレオとレオの友達たちが見に来てくれたよと紹介してくれた。
Aトレインのメンバーが一斉に集まって、私達に挨拶をしてくれている光景を見て、私は夢の中にいるようだった。
ライブの遠くの席でしか見たことなかった彼らが、今半径1メートルくらいの距離にいることが信じられなかった。
紗綾を見ると、今にも倒れてしまうんではないかと思うくらい緊張し硬直していた。
この二人はAトレイン推してくれてるんだって!
と涼太が言うと、まじで?ちなみに誰推し?と
日向が興味津々で聞いてきた。
私は涼太くんです!という紗綾に対して私は箱推しです!というと、なんだー箱推しと涼太かーと日向が不服そうに言った。
箱推しでもありがたいでしょ!いつもありがとう。
翔が日向をフォローするように笑顔で私に声をかける。
イベントでは出せなかったんだけど、ここのカフェで出すフードメニューが差し入れでたくさんあるから、よかったら食べて行ってよ!と翔の誘いもあり、大きな机を囲ってみんなでごはんを食べる流れになった。
ファンからしたら、明日死んでも悔いはないようなまさに夢のような時間だ。
緊張してかあまり喉が通らず、紗綾も同じだったようでごはんには全く手をつけていなかった。
すると紗綾が私に耳打ちをし、ねえ、もう一生会えないかも知れないから涼太くんに連絡先聞いても言いと思う?と私に聞いてきた。
私はすこし考えて、まずはレオの連絡先を教えてもらってからレオから聞いたほうがいいんじゃないかな。
ここじゃ気まずくなる気もするし。
そうだよね。困らせちゃうよね。
ファンと公言してしまった以上、これ以上踏み込んではいけないなという雰囲気を何となく察知した。
みんな一通り食べ終わるとじゃあ今日はお開きにしますかと翔が立ち上がり、今日はありがとうございましたと軽く挨拶を交わしてカフェを出た。
カフェを出るなり紗綾はほんっとーに、最高だったね。
生きててよかったーと今まで見たことないくらい幸せそうな顔をしている。
本当だよね。今回誘ってくれてありがとう!
レオも当日の誘いなのに、運転までしてくれて本当ありがとうと私が言うと、こちらこそだよ!
大学で友達作れてよかったー!もっと早く知り合いたかったと笑った。
大学生活も残り7ヶ月くらいしかないけどさ、これからもよろしくねとみんなに微笑んだ。
すると蓮斗はせっかくだから、グループライン作っとこうよ!と提案した。
私と紗綾は心の中で蓮斗ナイスと同時に思ったのは言うまでもない。
ぜひぜひと蓮斗はスマホを出し、すんなりと連絡先を教えてくれた。
じゃあまた学校でねーと皆と別れ、カフェでの夢のような時間を噛み締めながら帰路についた。
それからあっという間に一週間が経ち、スマホが鳴った。
電話に出ると運転手が到着したとの合図だった。
私は急いで自宅を出て、目の前位に停まっている迎えの車に飛び乗った。
会社に着くと、恐らくドル隊の子と思われる綺麗な女性と何人かすれ違った。
受付で名前を伝えると、20代半ばくらいの女性スタッフの方がこちらですと部屋に案内してくれた。
扉を開けると部屋は薄暗く、オレンジのライトが照らされていた。
全面鏡張りでどこを見渡しても自分が映る。
部屋の端で一人の女性が待っていたようだ。
こちらに気づくと立ち上がり、ニコッと微笑んだ。
初めまして~今日研修担当する中野です。よろしくお願いしますと丁寧に深いお辞儀をした。所作が美しく、研修コーチなのも納得だ。
こちらこそ、よろしくお願いします。
初めは緊張しちゃうよね~ と優しく私に微笑みかける。
中野さんを一言で表すと女性の色気代表という言葉がぴったりな方だった。
バストもEカップはあるのではないかと思うくらいの豊満さ。
私も昔はドル隊として働いていたけど、今は引退して、こうして新しく働くドル隊の子たちのお手伝いをしているの! とのことだった。
時間が勿体ないので、さっそく実践練習を始めましょう!
まずはこの服とこの機械を取り付けて!
と渡されたのはシンプルな白Tシャツにショーパン、そして会社説明の時に見せてもらったおっぱいマシーンだった。
おっぱいマシーンはブラジャーのような形でそのまま自分の胸の上から装着するようだった。割と簡単に装着できるみたい。
市川さんはDサイズにしておきましょう。サイズの目安は自分のおっぱいと同じくらいものが一番フィットするから。
早速着替えてみると、カラダのラインがはっきり見えてしまうファッションのようで、少し恥ずかしかった。
そしておっぱいマシーンが多少重いので、ずっと付けていると肩が凝りそうな気がする。
着替え終わった私を見て中野さんは市川さんはすごく華奢だね!と私の全身をまじまじと見ながら言った。
男性はぽっちゃりが好きってよく良うけど、実際はさ、華奢好き男性の方が明らかに多いんだよね!
見た目を気にしているアイドルは特にさ。と中野さんは笑った。
さ、今回は私をアイドルと思ってもらって、実践練習します!
フリートークは自分なりにして貰うって感じで、私が教えるのは一番肝心の行為のみ!
そして、はいどうぞ~と渡されたのは手のひらサイズのボールのようなものだった。
これはびっくりするかも知れないけど、女性の膣を再現した機械になるの!
会社説明の時に聞いたかしら?
ボールの中央に切れ込みがあるのが分かる?そちらに指を入れてみて!
私はそういえば会社説明の時にも触れせて貰ったなと思いつつも言われたとおり、ボールの切れ込みにぶすっと指を入れてみた。
そしてうわっと声に出し、すぐに指を引っこ抜いた。 前と同じような反応をしてしまったがぬるっとする。
びっくりするでしょう!と中野さんはケラケラ笑った。
そこは男性の性器を入れる場所になるの!
中にはローションがたっぷり入っていて、女性の性器を忠実に再現してるのよ。
ちなみにローションの成分はオーガニックのものを使用していて安心安全が売りなんだって。
そういえばこのローション貰ったんだったと思い出した。
しかもこのすごい所が男性の性器のサイズに合わせて締め付け具合を調整するの!
この機械は特許を取得してて、男性はまるで本物の女性としていると感じてしまうくらいのクオリティーなんですって。
と涼しげに話す中野さんに、私はなるほど。そうなんですね。とパッとしない相槌を打つことしかできなかった。
ちなみにこのアイテムはね、ちつこって言うの。
ネーミングセンス疑うよね。とケラケラ笑った。
中野さんは、さてと言って部屋の隅に置かれたソファベッドにどさっと座り込んだ。
私をアイドルだと思って貰って、性行までの流れを説明するね。
市川さん、隣に座って。と言われ恐る恐る中野さんの隣に腰を掛ける。
アイドルによっては、迫ってくるドSタイプの人もいれば、受け身体質の人もいたりと色んな人がいるんだけど…
ドSタイプのほうがドル隊としては相手任せなのですごくらくだけど、今回は控えめなタイプを想定して行ってみましょう~ とパチっと手を鳴らした。
わかりました。よろしくお願いします。
私が緊張していると市川さん、私にキスするフリをしてみて。 と言われ突然始まった実践練習に手汗が滲む。
女性にするのは気が引けるけどと内心思いながら、キスをする振りをした。
そしてベッドに横たわり、中野さんが突然、私の胸に手をあて揉み始めた。
自分の胸ではないけれど間接的に触られているようで、何とも不思議な気分だ。
びっくりして小さな悲鳴を上げると、キスと胸タッチまでは必須の工程だけど耐えられそう?と心配そうに私の顔を覗き込む。
自分の胸を直接揉まれるわけではないけれど、慣れるまでは変な感じがするよね。
私耐えられるのかなと不安になってきた。
するといつの間にか用意していた男性の性器のような器具を中野さんは股下にあて、先程のちつこをこちらに挿入して。と私に指示をする。
私は慣れない手つきでその性器に向かってちつこを差し込んだ。
何回か上下に動かしてみて。
中野さんに言われたとおり、何度か上下に動かす。
こうやって動かすと相手が喜ぶから、覚えておいてね。とにっこりと微笑み、ゆっくりと起き上がると中野さんはお疲れ様。と私に声をかけた。
本当はもっと時間をかけて行って貰うけれど、一通りの流れはこんな感じ。
ちなみに稀だけど、変な性癖を持っている人もいて、髪を引っ張って欲しいだの、叩いて欲しい叩かせて欲しいとか要望をされることもあるけど、全然断ってオッケーだから。
私たちはあくまで性のサポートだけで、アブノーマルな行為はしないことになってるの。
なるほど… アイドルでもそういう人たちもいるのかと変に想像してしまう。
この今装着して貰っているおっぱいマシーンとちつこは自分に取り付けて貰うから、感覚的には本番はしていないけれど、演技はしなきゃ駄目よ。
相手も盛り上がらないから。
経験がないのならAVを見て予習すること!
中野さんは一通り説明し終わったあと、実際にやってみてどうだった?と私に質問を投げ掛けた。
そうですね…
実は私こういう行為の経験がなくて、好きじゃない人とキスしたり間接的だけど胸を触られるって思うといくらアイドルでも大丈夫か不安になります。
すると中野さんは経験ないの?その見た目で!とかなり驚いている様子だ。
そしてそっか…としばらく考えるようなしぐさを見せたあと口を開いた。
私の話をするとね、私がドル隊になったきっかけはお金を稼ぎたかったからなの。
こんなこと市川さんに言うのは恥ずかしけど、親の借金を背負っていたから、お金が必要だったんだ。 と中野さん自身の話を話し始めた。
そんな時にドル隊の誘いがあって、給料もすごく良いじゃんってことから軽い気持ちで始めたんだよね。
結果的に借金の返済もできたし、軽い気持ちで始めたドル隊の仕事が私にとってはすごく楽しかったの!
テレビで見るアイドルに実際に会って、世間話をしたり話せる機会なんて普通に生活していたらできることじゃないしさ。
元々アイドルにそこまで興味はなかったのだけれど、テレビで見るアイドルの姿と日常のアイドルのギャップを見るのが趣味になっちゃったの。と笑いながら言った。
ドル隊としてなぜ働きたいと思ったのか、やる目的を何かしら見つけないとこのお仕事を続けるのは難しいと思うよ。
市川さんはどうして実際に講義を受けてみようと思ったの?
言われてみればここまでトントン拍子できたけれど、この仕事をやりたいか、やりたくないかと真剣に考えたことは、あっただろうか。優柔不断な自分に嫌気がさした。
私実はアイドルが好きなんです。
だから初めに話をいただいた時は、もしかしたら推しに会えるかもしれないと安易な気持ちで話を聞いていました。
うんうんと中野さんは静かに私の話を頷きながら聞いている。
私大学に入ってからこの容姿でちやほやされることが多くて、人に注目されるようになったんですけど、そしたら注目されることが苦手で物凄くストレスに感じるんだって気付いてしまったんです。
丁度就職先に悩んでいたこともあって、どうしたらひっそりと生きれるだろうって、ここしばらくずっと考えてました。
ドル隊の話を聞いたとき、表には出ない裏方のお仕事で、ひっそり生きたいっていう私の考え的にもハマってる仕事だなって思ったんです。
特に取り柄もないですし、やりたい仕事も今は分からない。だったら、やってみてもいいかなって。
真剣にこのお仕事をされている方には失礼も承知ですが、自分の本当にやりたいことを見つけるまでの足かせとして働いてもいいかなと思って今ここにいるって感じですかね。私はうつむきながら自分の気持ちを話した。
中野さんは肯定も否定もせず、ただただ私の話に耳を傾けていた。
そして中野さんは1つ気付いたけど‥と口を開いた。市川さんは自分のことを卑下しすぎ!
もっと自分に自信を持っていいのに勿体ないよ!
私も学生の頃はさ、特に何も考えず生きていたし、将来の夢もなかったよ。
ほとんどの人がそうじゃない?
夢を追いかけている人のほうが少ないじゃない?
大抵の人は安定した企業で皆と同じように平凡に暮らしていけたらと思っている人が多いと思うの。
市川さんの場合、人前に出たくないということであれば他にも仕事はたくさんあるよ!
エンジニアや、芸術家、映像クリエイターやブロガー…世の中の職業って沢山あるのは市川さんも分かるよね?
はい…と私は中野さんの言葉に耳を傾ける。
その中でも敢えてドル隊が気になったということは、何かしら縁を感じたからじゃないの?
確かに初めは興味本意でドル隊について知りたくなって話を聞いた。
聞いていくうちにどんどん興味が増したのは、私の中でやってみたいと思ったからではないからだろうか。
カラダを触られたくないという思いがある一方で、アイドルたちの私生活を見てみたいという思いもあった。
そうですね。興味はすごくあります。
辞めたいなら今のうち、覚悟があるなら一週間後が仕事開始日だけどできそう?
中野さんの言葉に、一週間後か…と大きく唾を飲んだ。
やるかやらないかここが最後の決断だと認識した。
中野さんと話して私の中で答えがはっきりした。はい。大丈夫です。よろしくお願いします!
私の返事に中野さんは、市川さんが決めたことだから最後までやりきってくださいねと真剣な顔をして言った。
大抵の子はお金のためにドル隊を始めるんだよね、私のように借金背負ってたり、自分の美容を稼ぎたいとか将来の貯蓄のためとか…
でも市川さんって、裕福そうだし、お金のためって訳でもないじゃない?
だから不思議なんだよねぇ。 この仕事に覚悟を持ってやってくれることが。と私をまじまじと見ながら言った。
ちなみにさ、好きなアイドルって誰なの??
私は恥ずかしいなと思いつつも一番好きなアイドルはAトレインです。と伝えた。
あぁ~~あの子たちか!と中野さんはふむふむと言った感じで頷いた。
今年ちょうど人気出始めたグループだよね!今さドラマにも映画にも出たり引っ張りだこだよね。
そうなんです!
自分の好きなアイドルの話をするとどうしても顔がほころんでしまう。
あの子たちは、ドル隊利用したことあったっけな~。
中にはドル隊利用しない子もいるからさ。出会えるといいね。
と中野さんは笑った。
ちなみに聞かれないとは思うけど、社内ではアイドル好きなことあまり言わないほうがいいよ!
ドル隊とアイドルの恋愛はご法度って契約書にも書いてあったでしょ。 会社にいうと色々と面倒だと思うからさ。
あ、そうですよね。分かりました。
グループのうちのひとりでも会えるといいね!と中野さんはポンっと、私の肩に手を置いた。
私はついこの間カフェで会ったけどなと思いつつもその話はしなかった。
じゃ、事務所に市川さんの初出勤日報告するね。
最初は緊張すると思うけど頑張ってね!
はい、ありがとうございました。
あと、AVちゃんと見て勉強すること、と最後に強く念をおされオススメのAV動画をいくつか紹介された。
中野さんと別れ家路に着くと、珍しく母が庭の手入れをしていた。
あら、杏梨お帰りなさい。
ただいま…
特に悪いことはしていないのに、さっきまでの実習のせいで、親と目を合わせずらい。
ちょうど、休憩しようと思ってたの!
ケーキ買ってきたからお茶にしない?
母の滅多にない突然のティータイムの誘いにえ!と動揺しつつもいいよと返事をし、家に入った。
なんで今日に限ってと思いながら部屋に荷物を置き、リビングに向かう。
ほら、杏梨が好きなモンブラン買ってきたのよ。
ここのケーキ屋さん、モンブラン発祥のお店らしいのよ。
といいながらポットで沸かしたお湯で紅茶を淹れている。
なぜ、私がこれほどまでにびっくりしているかというと、普段全くと言っていいほど一緒に食事をしないのだ。
母はほとんど自室にこもって絵を書いている。
だから家の家事はほとんど私がやっているのだ。
掃除も洗濯物もご飯もすべて。その分お小遣いを貰っているからいいのだけれど。
そのため普段はご飯も別々で顔を合わせるのも母がトイレに行くときばったり廊下で会うくらいだ。
同じ家に住んでるとは思えないくらい顔を合わせないから笑えてくる。
そんな母が今日に限って私の好きなモンブランを買って一緒に食べようと誘ってくるなんて。
何か理由があるに違いないと思ってしまう。
母はテーブルにつくと、いただきますとモンブランを食べ始めた。 まあ、美味しい。ほら杏梨も食べてみなさい。
そう促され、私もそっとフォークでモンブランをすくった。
本当に美味しい。甘すぎず、ほろ苦い大人なモンブランだった。
美味しいね。ありがとう。
二人で顔を合わせるのが久しぶりすぎて、なんだか気恥ずかしく、私は黙々とモンブランを食べる。
すると、母が口を開いた。
そういえば、杏梨就活の時期よね!就職先は決まったの?
突然の母の質問に、モンブランを口に詰まらせた。
ごほっ。え。就活!?まだ決まってないけど。
今まで私に無関心の母が、就活について聞いてくるなんて、びっくりだ。
あら。まだ決まってなかったのね。
ちょうど良かったわ!あなたに話があるのよ。
そういうと母は席を立ち、自室からチラシのようなものを持ってきた。
これ、あなたにって弘さんが。弘とは私の父のことだ。
今弘さんの会社で新卒採用しているらしいんだけど、杏梨がまだ決まっていないならうちにこないかって言っていたの。
ほら、そこに色んな業種があるでしょ。
チラシに目をうつしてみると、そこにはオンラインファッション業界ナンバーワンの企業で働きませんかという見出しと共に募集要項が書かれていた。
事務職、営業、経理、バイヤーなど業種は様々だ。
お父さん直接言えばいいのになんで、お母さんを通して聞いてきたんだろう。
と私が呟くと、ここまで育てたのは私だからあなたの判断で杏梨に仕事紹を介するか任せるよって言われたの。
本当はは自分で聞くのが恥ずかしいだけなんじゃない?とのことだった。
ちなみに業種はあなたの希望を優先させるって。娘の特権だー!とかなんとか言ってたわよ。とお母さんは鼻で笑った。
ふーん。そっか。
ファッション業界に興味がないわけではない。むしろファッションは好きなほうだ。
しかし父の元で働くという概念がなかった。そんな父が私の就活の心配をしていたなんて。
しばらく会っていなかったが、私のことを少しでも考えていてくれたことが嬉しかった。
考えてみるよ。
と私は母に告げ、ケーキありがとうと言い席を立った。
すると母は、あなたが何をしようと口出しはしないけれど、危ないことだけはしないように。
私からはそれだけよ。と最後に私の背中に向かって言った。
うん、わかった。
自分の部屋のベッドにドサッと倒れこみ、天井を見つめる。
ドル隊って危ない仕事に入るのかな。人には言えない仕事の時点でダメなのかな。
でも中野さんにもやるって言っちゃったしなぁ。
と母の最後の言葉が頭の中を駆け巡りながら、いつの間にか眠ってしまった。
初出勤が近づくにつれ、私はそわそわしていた。
家に帰りAトレインのDVDを眺めながら明日の初出勤のことばかり考えていた。
もしAトレインの誰かだったらどうしよう。この間カフェで顔合わせたし気まずいなぁ。
そんなことを考えていると、突然スマホが鳴り出した。
はい、もしもしと電話に出ると、電話の相手は鈴木秘書だった。
市川さん、ご無沙汰しています。鈴木です。お身体はお変わりないですか。
はい、元気に過ごしてます。
それはよかったです。いよいよ明日初出勤ということでお電話差し上げました。
明日の16時頃事務所の車が家の前までお迎えに上がります。
緊張されてますか?
はい、少し緊張しています。
すると電話口の鈴木秘書はふふっと笑い、誰でも最初は緊張するものですよと優しい声で言った。
初出勤の相手のアイドルが決まったのですが、事前にお知りになりたいですか?
すごく気になるが聞いてしまったら、色々と想像してしまいそうだし自分の中でやっぱり辞めたいという感情が出てきてしまうかもしれない。
少し考えて私は当日の楽しみにしておきます。と答えた。
そうですか。不安もあると思いますが、中野が研修での市川さんのことすごく褒めていましたし、自信を持って臨んでくださいね。
アイドルの方によって要望も違ってくので、その都度柔軟な対応は必要になってきますが、経験を重ねるうちに慣れてきます。
何か今のうちに聞いておきたいことなどありますか。
私は少し考えて、聞いておきたかったことを聞くことにした。
あの以前アイドルの中に非恋愛依存の方が一人いると言っていたと思うのですが、明日はその方だったりしますか。
私の質問に鈴木秘書は返答に困ったのか数秒沈黙し、答えた。
こちらから進んでお伝えることは個人情報に関わるのでお教えはできません。
ですが、市川さんご自身がスパドルである以上、その方とは機会があれば何度もお会いすることになると思います。
勿論相手の方が市川さんをご指名すればの話になりますが。
以前もお伝えしたように、非恋愛依存の方は指名制で好きなドル隊を選べるので、間接的にわかってしまうと言うことになりますね。
そうですか。わかりました。
私と同じ非恋愛依存の人ってどんな人なんだろう、どんな気持ちだろう。正直誰なのかすごく興味がある。
ドル隊を続けることで誰か分かるかも知れないってことか。
今まで人に興味を持つと言うことがなかったので、私にとっては大きな変化に感じた。
ドル隊をしてそのアイドルと対話してみたい。そう思った。
それでは、明日よろしくお願いします。何かあればすぐに連絡してくださいね。
ありがとうございます!失礼します。
そう言って電話を切り、段々と実感が湧いてきた。
不安と少しのワクワクを胸に秘めながら、そうだ。中野さんに言われていたAV見て勉強しなきゃとイヤホンをして見始める。
最近気づいたのは、勉強目的ではあるけれど、ここ一週間毎日AVを見続けていたので、変な気持ちになっていることだ。私変態になってしまいそうな気がすると不安に駆られた。
翌朝起きて、いつもより丁寧にスキンケアをし、軽くマニュアルを見て復習をした。
リビングに行くと、母は出掛けているようだった。
これからは夜出勤が多くなるので、母とは更にすれ違い生活になりそうだ。まあ、今もほとんど顔を合わせることはないが。
迎えの16時まで少し時間があったので、散歩がてら近所のコンビニに行くことにした。
パラパラと雑誌を見ていると、アイドルページが目に止まった。
今日の相手はどのアイドルなんだろう。そんなことを考えながら、アイスコーヒーを購入し、家に戻る。
普段よりも丁寧にメイクをして、先ほど立ち読みで見たモテ服を参考にコーデを組んでみた。
そういえば服装とかも何も言われてなかったけど、自由なのかな。
そんなことを考えているとスマホが鳴った。
電話に出ると迎えの車がついたとの連絡だった。
いよいよ初出勤だ。支給された道具を身につけて忘れ物はないか確認をし、軽く香水を手首につけて家を出た。
家の前には黒塗りの車が止まっている。運転手が扉の前に立ってドアを開けてくれた。
ありがとうございますと車に乗り込む。
それでは出発しますね。と運転手が言い、車が走り出した。
今日は六本木周辺で勤務していただきます。
ご自宅なので詳しい住所はお教えできませんが、業務が終わる頃にまた私が迎えに参りますので、ご安心ください。
段々と近づく初出勤に自分でも不思議なくらいに緊張してきた。
警備員が常時いる警備の厳しいマンションらしく、運転手が名前を伝えると大きなゲートが開いた。
中に車が進み、地下駐車場に到着した。
運転手は扉を開け、中に真っ直ぐ進んでいただくとインターホンがあります。708を押して名前を伝えてください。
返答はありませんが、エントランスの扉が開くと思いますので、そのまま進んでください。
するともう一つの扉がありますので、同じく708を押していただくとエレベーターに繋がる廊下に出ます。
7階まで上がっていただき、708号室のインターホンを鳴らしてください。
そのお部屋に本日のお相手の方がいらっしゃいます。
なんとも厳重なマンションだ。
分かりました。私はごくりと唾を飲み中に進んだ。
教えられた通り、緊張しながらインターホンを鳴らすと返答はないが静かに扉が開いた。
暫く進むともう一つのインターホンがあり、もう一度同じ番号を鳴らす。
エレベーターに乗り、7階のボタンを押した。
7階に着くと、まるでホテルのような青い絨毯がひかれた廊下が続いていた。
708号室と書かれた扉の前に着き、いよいよ相手と対面だ。
一息ついて意を決して最後のインターホンを押した。
インターホン越しから声が聞こえた。
どうぞー。鍵開けたんで、そのまま入ってきてください〜!
ガチャと扉を開けると大理石の大きな玄関が迎えてくれた。
さすが高級マンションと感心してしまう。
すると奥からスリッパのパタパタっという音が聞こえ
こんばんは!白川さんですよね。青砥リクです。今日はよろしくお願いします。
青砥リクといえば、最近デビューしたアイドルグループ、アクアスイートのセンターを務めている。
初出勤の相手は、今一番若手の人気アイドルだった。私よりも年下だったような気もする。
白川ゆずはです。今日はよろしくお願いします。
私の源氏名は白川るなになった。自分で決めたのだが、なんとなくパッと思い浮かんで綺麗な名前に感じたからこの名前にした。
玄関で話すのも何なんで入ってくださいと言われ、少し緊張しながら靴を脱ぐ。
廊下を進みリビングに入ると、一人だとだいぶ広いのではないかと思うくらいの空間が広がっていた。
インテリアはモノトーンでまとめられており、The男の部屋という感じだ。
よかったらそこのソファにかけてください。飲み物はお茶でいいですか?
はい。ありがとうございます。
カバンとコートを置き、ソファに腰掛けた。
実は僕もドル隊を利用させてもらうの初めてで少し緊張してるんです。
お茶を注ぎながら、リクはそうつぶやいた。
そうだったんですか。
白川さんも初出勤と事前に知っていたので、今日はお互いにとって思い出深い日になりそうですねとリクははにかんだ。
私も初めてのことで緊張してます。
リクさんに癒しを与えられるように努めます。と改めてお辞儀した。
するとリクはくすっと笑い、そんなかしこまらなくて大丈夫だよー。
あと、距離間あるから敬語やめよ?
あ、うん、そうだね。タメ語で話すねと緊張からかぎこちない返事をした。
女の子と二人っきりで話すのなんて何年ぶりだろうって感じなんだよね。ずっとデビューのために稽古と家の往復の日々でさ。
勿論アイドルだから、スキャンダルもご法度なわけで、極力女の子と二人きりになるのは避けてだんだよね。
そうだったんだ。確かにアイドルだと気軽に女性とも関われないよね。
そうなんだよ。だから今日はすごく楽しみだったんだ。しかも白川さん俺のタイプの人だったし。
とリクは笑った。
あと名前‥るなちゃんって呼んでもいい?俺はリクって呼んで!
うん。リクって呼ぶね。
なんとなくお互いの自己紹介をし、今日は17時から21時までるなちゃんの時間を貰ったから、まずは一緒にご飯食べよう!
とリクは立ち上がって、嬉しそうにキッチンに入っていくと、じゃんっ!と箱に入ったフライドチキンを持ってきた。
最近ハマってる韓国ドラマでさ、カップルが一緒にフライドチキン食べてて食べたくなっちゃったんだよね!
そういってリビングテーブルにチキンを置いた。
温かいうちに食べよう!
飲み物は何にする?お酒がいい?ソフドリにする?
仕事で来ているのにこんなに至れり尽くせりでいいのかと思いつつも私はどちらにすべきか悩み、合わせるよと答えた。
じゃあさ、せっかくだからチャミスルにしよ!
韓国ドラマに影響され過ぎだけど。とリクは笑った。
小さめのグラスにチャミスルをなみなみ注ぎ、
それじゃ初めましてに乾杯!
とグラスを交わしチャミスルを飲んだ。
一気に流し込んだからか、喉が熱くなるのを感じる。
そしてお互いチキンを頬張った。
杏里ちゃんはお酒結構いけるの?
うん!強いほうだと思う。リクは?
俺はすぐ顔赤くなるんだよね!だけど量は飲めるほうかな。メンバーともよく宅飲みしたりするよ!
そうなんだ!メンバーでは誰とよく飲むの?
んー、悠太かなー、
分かる?悠太?
もちろん、アクアスイートのメンバーは一応全員知ってるよ!今一番勢いあるグループだもん。
まじで?それは嬉しいわー。ドル隊の人ってアイドルの勉強もしたりするの?
ううん、勉強はしないかな。
恋愛禁止だから逆に相手を知りすぎちゃうのも良くないのかも。
そっか。そうだよね!
もしもだけど俺が仮にるなちゃんを好きになっても付き合えないってことだよね?
うん、そういうことになるね…
そっかー。そう考えるとちょっと寂しいなー。
リクは少しのびをし、天井を見つめた。
チキンも食べ終わり、私は次なるステップに行かなければならなかった。
研修を思い出して、そろそろシャワー浴びる?と声をかけた。
リクは一瞬驚いたように目を見開き、それって一緒に入るってこと?と聞いた。
シャワーを一緒に入るものなのか、勉強不足でなんて答えればいいのか分からなかった。
しかし極力恥ずかしいことは避けたかったので、多分シャワーは一緒には入れないかもと小声で言った。
リクはあ、だよね!とすこし頬を赤らめ、先浴びてきちゃうけどるなちゃんも入る?と聞いてきた。
私は済ませてきたから大丈夫だよ。
そっか。じゃあ行ってくるねとお風呂に向かった。
遠くからシャワーの音が聞こえ始めると、いよいよ本番だと実感し緊張してきた。
復習でもしようと、頭の中で研修を振り返った。
そしてふと、研修中の中野さんの言葉を思い出した。
一番大切なのは楽しむこと。
色気を出そうとか、相手の快感を探すことももちろん大切だけど自分が楽しまないと、ただ作業をこなすだけになってしまうし続かないから。
市川さんが楽しめるポイントが見つかるといいけどね。
と言われたのだった。
そんな中野さんの言葉を思い出していると、バスルームからリクが出てきた。
きちんとバスローブを巻き、鍛えられた胸筋がちらりと覗いている。
多分、世の中の女性はこの光景を羨ましがるのだろうなと冷静に考えていた。
それじゃ、ベッドに行こう!私はリクの手を引いて、寝室に向かった。
ベッドに着くと、私は研修中に教わったことをフル回転で思い出していた。
私自身も彼氏がいたことがないため、経験がないのだ。
恥ずかしいから、部屋の電気暗くしてもいいかな?と私が恐る恐る聞くと、もちろんとリクは部屋の明かりを暗くしてくれた。
ベッドに二人で腰を掛けて、優しくキスをする。
するとリクもスイッチが入ったのか私の頭に手を回し、濃厚なキスをしてきた。
そのまま倒れる形で横になり、私は教わった通りに動いた。
時々相手の顔色を見ながら、気持ち良さそうな箇所を攻める。
そして、彼が胸を揉みはじめると、初めて器具を付けた上で触られたので、なんとも言えない変な感じがした。
自分の身体ではなけれど、振動が伝わって、実際に自分の身体を触られている気分になる。
前戯をある程度し、いよいよ挿入だ。
ちつこを取り付けてはいるけれど、緊張する。
初めて大きくなった男性の性器を目の当たりにし、少し同様してしまう。
私は頭の中でAVで見た通りにすれば大丈夫という言葉を繰り返した。
じゃあ入れるね、とリクがゆっくりと挿入し腰を動かすと相当気持ちが良いのだろう、少しビクッとし、気持ち良さそうに悶えた。
久々すぎてすぐいくかもという言葉と共に射精をした。
行為が終わるとなんだかお互いに恥ずかしくなりふたりで照れるねと言いながらクスクス笑った。
そしてぎゅっとしてもいい?とリクに聞かれうんと答えると優しくリクは私を抱き寄せた。
久々に女の子とこういうことしたけどさ、やっぱりいいね、俺今まで良く我慢してたなって感じたよとリクは笑った。
嫌じゃなかった?るなちゃんも初めてだったんでしょ?と聞かれ、ううん、全然嫌じゃなかったよと答えた。
自分でもびっくりしたのは、相手が気持ち良さそうな顔をしているのを見るのは嫌ではなかった。
それこそ、本物のアイドルの夜の顔が見えるなんてなかなかない経験だからかも知れない。
会ってたった数時間で裸同士の付き合いになるのは、不思議な感覚だった。
俺さ、多分何回かるなちゃんに会っちゃったら、本気で好きになっちゃうと思うんだけど…ドル隊って会う回数決まってるんだよね?
と言う言葉にリクの中では私は好印象だったようで安心した。
そうだね。ランダムで会えても2回とか多くて3回までだだたかな。
私はスパドル枠なので、回数は設けられていないが、そこまでの内情を伝えたいいのか分からず、その事は伏せておいた。
スキャンダル取られちゃったら、私たちの仕事って意味がなくなっちゃうしね…
そっか…
でもるなちゃんもこれからたくさん会うアイドルたちの中で、好きな人ができても付き合えないって辛くない?
リクは真っ直ぐな眼差しで私を見てきた。
んー、そうだね。でも私人を好きになったことないから…
と言うとリクは目をまん丸にして、まじで!?そんな人いるんだ…とポカンと私を見つめた。
るなちゃんって芸能人並みに綺麗だし、言い寄ってくる人もたくさんいそうだけど付き合ったこともないの?
今まで私みたいな女性に出会ったことがなかったのだろう、リクは興味深々に私に色々と質問をしてきた。
なんとなく付き合ったことはあるけど、すぐに別れちゃってたかな。
リクはどんな人を好きになるの?
私は人を好きになるポイントが分からないため、気になったことをリクに聞いてみた。
え、そうだな、正直な所まずは見た目から入るかな。自分の好みの子だったら気になって話しかけるかも。
ふーん、そうなんだ!
私も告白された相手に私のどこを好きになったのか、ある時から必ず聞くようにしていた。
自分自身、自分のどこが好かれるポイントなのか分からないからだ。
すると皆口を揃えて、可愛いくて優しいしとか、綺麗でスタイルがいいしと容姿を褒めてくれた。
嬉しいけれど私の中ではどうもそれが、告白するには好きの度合いが薄く感じてしまうのだ。
あとは、一緒にいて居心地が良いとか、身体の相性も大切かも!
身体の相性?
身体の相性と聞いたのは初めてだった。
そうそう!
言うても俺もそこまで経験はないけどさ、人によってHの気持ち良さって変わってくるんだよ!
ドル隊の子たちとは本番はないから、相性確認できないけどね。とリクは笑った。
そうなんだ!相性も大事なんだね!
そうだねー。結婚とかずっと一緒にいるなら尚更大切だと思うよ。
るなちゃんは意外にピュアなんだね!
ドル隊の子たちって、アイドル好きか経験豊富な子の集まりかと思ってたよ!すごく偏見で失礼な話だけど。
まあ、私もアイドルは好きだが、それは言わないでおくことにした。
なんかリクと話してたら、私もたくさん経験したほうがいい気がしてきたよ。
若いうちしか、許されないような気がするし…と私が真顔で言うと、リクはハハハっと大きく笑い、なんかるなちゃんがチャラくなるように背中押しちゃった感じになったね!
俺はるなちゃんならいつでもウェルカムだよ!と両手を広げた。
舞台のような動作に私もクスクス笑う。
あ、それはどうもありがとうと微笑んだ。
良かったらさ、連絡先交換しない?もう会えなくなるかもしれないの、俺嫌なんだけど…
会社の決まりで個人の連絡先の交換はしてはいけないことになっている。
その決まりはかなり厳しく、最初の契約書に違反した場合は1億~3億の罰金、そして解雇されてしまうと記載があった。
それくらい、アイドルのスキャンダルは多額のお金が動く。
中にはしつこく連絡先を聞いてくる人もいるらしいが。
連絡先を交換すると罰金や解雇されてしまうことを伝えると、そっか。それなら仕方がないねとリクは思いのほかすぐに引いた。
そろそろ時間だねとリクは部屋着に着替え、私も身支度をした。
玄関先に着くと、お互い仕事頑張ろうねとリクは優しく微笑みハグをしてくれた。
うん!今日はありがとう!
初めての人がリクでよかった!と私が伝えると
あーー。これからるなちゃんが他の人にも同じことするって考えると嫌だなー。とリクはくしゃくしゃと頭をかいた。
え?なんで?と私が不思議そうに答えると、男はそういう生き物なの!と頭をそっと撫でられた。
じゃあ、身体に気をつけてねと私が手を振ると、ゆずはちゃんも元気でねー!とリクはひらひらと手を振り扉を閉めた。
エントランスを出ると少し肩の荷がおりたのを感じた。
地下駐車場で待機していた車に乗り込み、帰りの車内で早速鈴木秘書から電話がきた。
杏梨さん初出勤お疲れさまでした。
お仕事はいかがでした?
相手のリクさんが、優しい方だったので、割りと緊張せずに出来たと自分では思ってます。
それはよかったです。後日リクさんから今日のアンケートが届くかとおもうので、それを見ながら改善ポイントなどもお話できたらと思います。
嫌なこととかはございませんでしたか?
はい、全然なかったのですが、ひとつ疑問に思ったことがあって。
はい、何でしょう。
シャワーは一緒に浴びなければならないとか決まりはあるんですか。
すると鈴木秘書はシャワーの説明していなかったんですね。失礼しましたと言い、ドル隊の方々は機械を付けているので、基本は入りません。
ご自宅でシャワーを浴びて貰っています。
相手の希望があれば身体を流したりすることもありますが、ご自身の判断にお任せしています。
杏梨さんの初出勤、すこし緊張していたのですが、特に問題なかったとのことで安心しました。
残り数ヵ月の学業と両立しながら、また予定を組みましょう。
今日はお疲れだと思うので、ゆっくり休んでくださいね!
お疲れさまでした。
そういって電話を切るとちょうど家の前に到着していた。
運転手にお礼を伝え、私はそっと家の中に入った。
母は既に寝ているようだ。
物音を立てぬよう静かに階段を登り、自分の部屋で取り付けていた器具を外した。
身体がらくになり、解放された気分になる。
このおっぱいマシーンずっと付けてたら肩凝りそうだなと外しながら思った。
そう言えばちつこは回収するって言われていたことを思い出した。
専用の袋に入れて保管しなければならならないのだ。
おっぱいマシーンは繰り返し使うようなので、綺麗にアルコールでふく。
このおっぱいマシーン、体にピタッと密着して違和感がないので本当に凄いなと何度見ても感心してしまう。
母にバレないようにそっとクローゼットの奥にしまい込んだ。
初仕事で色んな神経を使ったのか急に疲労が襲ってきて、その日はお風呂に入り、ベッドに入るとすぐに寝落ちしてしまった。
ep2.気まずい関係
今日はレオと同じ授業の日だった。
あの4人で集まった日から少しだけ仲良くなれたのか、レオは前より表情が柔らかくなった。
私たちが仲良く話していると、周りの人たちは物珍しそうに見てくる視線を感じた。
ほとんどの人はレオに話しかけたくても尻込みして話しかけられないのだ。
それくらい彼には近寄りがたいオーラがあるみたいだ。
授業終わったら、紗綾と蓮斗と学食で集まるんだけど、来る?
私が軽く聞いてみると、二つ返事で行く行く!と嬉しそうな返事をした。
そう言えば、とレオは何か思い出したように手をたたき、こないだ涼太から連絡がきてさ、杏梨のこと紹介して欲しいって言われたんだけど...どうする?
その言葉にびっくりして暫く開いた口が塞がらなかった。
突然すぎるよね。とレオが苦笑した。
勿論内心とっても嬉しいが、紗綾の推しでもあるし何より私はファンを公言している。
どこかで情報が漏れてでもしてしまったら、涼太がファンに手を出したと叩かれるのは言うまでもない。
暫く頭をフル回転して考えたが、嬉しいけれど遠慮しておくよと口にした。
私Aトレインのファンだしさ、週刊誌とかに撮られて迷惑かけても嫌だし。
私がレオに伝えると、レオは一瞬びっくりしたように目を見開いた。
そして、なるほどと小さく呟き、杏梨は本当に良い子なんだねとしみじみと呟いた。
私が良い子?どの辺りが?不思議そうに尋ねるとレオは少し微笑み、だってさ、普通ファンだったら紹介するなんて言われたら飛び跳ねて会いたがるよ!
杏梨は涼太の立場を考えた上で、会わないって決断した訳でしょ?しかも向こうから言ってきてるのに。
相手思いの良い子だなぁって思ってさ!と笑った。
んー。Aトレインの活動を見ることが好きだから、遠い存在でいてくれた方が心地が良いんだよね。ファンにとったら会えるなんて夢のような話だけど、実際友達として会うとなるとリアルな感じがして熱が冷めちゃいそうな気もするし。私は課金して会いに行くよ。と笑った。
ふーん。そうか。じゃあ断っておくね!この話は紗綾には内緒にしておこう!騒ぎそうだから。
確かに。言えないよね。
結構涼太本気っぽかったんだよな〜一目惚れしたとか何とか言っててさ。
杏梨はAトレインのファンだって言ってるのにプロ意識にかけてるよな。杏梨こそファンの鏡だよと呆れた表情を浮かべるレオの気持ちが分かる気がした。
お昼休みレオと食堂に行くと既に紗彩と蓮が待っていた。
お疲れーと声を掛けるとレオも来てくれたんだと二人とも嬉しそうにしている。
案の定レオがいることで、周りの視線を感じるが、本人はさほど気にしていないようで皆んなで学食を食べ始めた。
レオは今日は仕事の予定がないようで、話の流れでレオの家に行くことになった。
渋谷のマンションに住んでいると話し出すと、芸能人の家に行けるのなんて凄すぎると3人の本心丸出しの言葉にレオはツボに入ったようだ。
正直で宜しいと楽しそうだ。
じゃあさ、コンビニで色々買ってお菓子パーティーしようと蓮斗が言い、学校内のコンビニで飲み物やお菓子を買いレオの車に乗り込んで家に向かった。
マンションに着くと警備員が立っておりそのまま地下駐車場に車を停めた。
私たちは地下の広い駐車場に停まっている高級車を見渡し、ただただ凄いねと口を漏らした。
セキュリティーの厳しそうなエントランスをいくつか抜けてホテルのような絨毯のひかれた廊下を抜けるとやっとドアの入り口に着いた。
角部屋のこれまた凄そうな部屋だ。
凄いワクワクするーと紗綾は嬉しそうだ。
掃除行き届いてないかも知れないけど、どうぞー。と扉を開けると、私の部屋の半分くらいはあるんじゃないかと思うくらいの広い玄関が広がっていた。
床は大理石で、入り口には高そうな大きな絵が飾られている。
凄すぎるーと3人で玄関から感動していると、ほら、早く部屋に入りなよと笑いながらレオが案内してくれた。
長い廊下を進むと広々としたリビングが広がっていた。
さすが芸能人と蓮斗はキラキラした目で部屋を見渡した。
そんなことないよとレオは謙遜しつつ、よければソファに座ってよ。今グラス用意するからとキッチンに入って行った。
レオは座って居られないのか辺りを見て回っている。
飾ってあるトロフィーを指差しこれは何?と聞くと、あぁ、それは新人賞獲った時に貰ったやつだよとサラリと答える。
皆んなでえー、凄いねと顔を見合わせた。
部屋にはいかにも高そうな置物がおしゃれに飾られており、センスの良さが伺えた。
皆んなでゲームをしようとお菓子を広げて、対戦ゲームをやり始めた。
あ、氷もらってもいい?と私が聞くと冷蔵庫にあるよとレオが立ちあがろうとしたため、あ、いいよ勝手に開けちゃってもいい?と了解を得てキッチンに入った。
オープンキッチンで広々としていて、いつかこういうキッチンで料理するの憧れるなぁと思いながら、冷蔵庫から氷を取り出した。
すると食器棚の1番したの引き出しだけ無造作に開けれれており、躓きそうだから閉めようと手を伸ばした。
すると何か大量の薬の入っている袋が見えた。よくよく見ると睡眠薬のようだった。
こんなに一度に貰えるものなのかなとまじまじと見ていると、氷の場所分かった?とレオがキッチンに入ってきた。
あ、ごめん。開いてたから閉めようと思って...と私が見てはいけないものを見てしまったと気まずそうに伝えると、あ、そうか。ごめんごめんとレオは少し慌てたように棚を閉めた。
あまり寝れないの?と思い切って聞いてみると、見られちゃったかとレオは頭をかきながら、気まずそうに笑い、たまにね。と呟いた。
ドラマの撮影とかあるとセリフ覚えなきゃとか色々考えちゃって、プレッシャーで寝れなくなったりする時あるんだよね。
そっか。お仕事的に精神的な負担大きいよね。その時ふとあのノートの一文を思い出した。
だが向こうには紗綾と蓮斗がいるし聞かれてしまうかも知れない。
どんな言葉をかけるべきなのかと悩んだが、あまり無理しないでね。と一般的な気遣いの言葉しか浮かばなかった。
うん、ありがと。
すると二人でコソコソ何してるのと紗綾が覗いてきた。
ううん、何でもないよと私は何事も無かったかのようにリビングへと戻った。
そろそろゲームも飽きたし、Youtubeでも見るかと蓮斗が言い、テレビの画面をYoutubeに切り替えた。
何見る?と検索の箇所を押すと履歴一覧にはなんと『らくな死に方』『スイスの安楽死』と表示されているではないか。
皆が同じ画面を見ていたこともあり、一瞬時が止まった。
蓮斗は動揺して、なんでこんなこと検索してるんだよ〜と冗談まじりにレオに聞く。
レオは何て答えるのだろう。と内心ヒヤヒヤしていると、次のドラマがさ、死をテーマにしてたから少し勉強がてら見てたんだよね。
びっくりさせてごめん。
彩綾と蓮斗はなんだ、そっか。びっくりしたよーと安心したように呟いた。
私は彼の言葉は果たして本当なのかなとじっとレオの表情を伺った。
変に目があってしまい、レオは気まずそうに微笑んだ。
もしも自分ごととして、あの検索をしていたのだとしたらかなり危ない状態なのではないか。
なるべく早く確認しなればと私の中で決意した。
そろそろ帰るかと皆んなで片付けをして帰り支度をする。
忘れ物しないようにねー。バイバイとレオに見送られマンションを出た。
いや、本当に住んでる世界が違うよなー。と蓮斗は感心したように呟いた。
本当だよねー。マジで楽しかった。と彩綾も満足そうだ。
暫く駅に向かって歩き進め、私はあたかも思い出したようにそうだ、寄りたい所あったからごめん、先帰って。と二人に告げた。
え、そうなんだと二人は顔を見合わせ、じゃあ気をつけてねと二人の歩く姿を見送った。
私は早速レオに電話をかけた。
もしもし、あれ、杏里どうかした?と不思議そうに尋ねてくる。
あの、突然ごめん、個人的に話したいことがあって少しだけ時間貰えないかな。
まだ家の近くにいるから寄ってもいい?
私が聞くとレオは一瞬動揺したのか、え、ああ、そう言うことか。全然大丈夫だよ。
何となく話したいことを感じ取ったのだろう。
ありがとう。じゃあまたエントランス着いたら連絡するねと伝え、電話を切った。
なんか、また戻って来ちゃってごめんね。と私が言うと、嫌々全然大丈夫だよとレオが迎え入れてくれた。
ソファに腰を掛け、早速本題なんだけどと切り出した。
この間ノート借りたじゃん?
え、あぁうん。レオはそんなことかとちょっと腑が抜けたようで、それがどうかしたと不思議そうに私を見てきた。
あの、言いにくいんだけどと一呼吸置き、私は意を決してノートの最後のページに死にたい。楽になりたいって書いてあるのを見ちゃったの。と勢い良く言い切った。
え、そんなこと書いてたっけ。
レオは本当に覚えていなかった様子で、すくっと立ち上がりバッグの中からノートを取り出してパラパラとめくった。
本当だ。書いてあるね!と何とも感情が読み取れない真顔に近い表情をしている。
その、さっきYouTubeでも自殺の方法とか調べてたりさ、大量の睡眠薬も見ちゃったから、色々心配になっちゃって。余計なお世話なのは分かっているんだけれど。とうつむき加減に伝えた。
レオは少しびっくりしたように目を見開きあぁ、そういうことか。と暫く天井を見て何かを考えているようだった。
その沈黙に耐えられず、最近知り合ったばかりの人に相談なんてしたくないと思うけど、実は私のお母さんが少し前までうつ病だったの。
え、そうなんだ。とレオが次の言葉を待つように私を見つめた。
最初は少し元気がないなと思っていたんだけれど、段々と外にも出なくなっちゃって、しかもレオと同じで眠れない日々が続いてたみたいで睡眠薬がないと寝れなくなっちゃってたの。
うん。とレオは静かに話を聞いている。
それで私が学校から帰ってきたある日、お母さんが廊下で倒れてて私びっくりして救急車を呼んだんだけど、オーバードーズしてたみたいで、私が救急車呼んでなかったら死んでたよって言われたんだよね。
そうなんだ。
それでカウンセラーを進められて、結構有名な先生らしいんだけど、その人のおかげで母が段々と元気になってきて。
今ではうつだったのが嘘みたいに普通に生活しているんだけどさ、レオも私が想像出来ないくらいのプレッシャーの中で働いていると思うし、何か悩みがあったら吐き出したら少しはらくになるかなと思って。
うん、ありがとうとレオは真剣な顔で私を見ている。
私じゃ力不足だし、信頼できる友達とかさ。なんかこのままだとレオが消えちゃいそうで少し怖い。
私がそう言うと、レオはうーんと唸りながらうつむき加減に話し始めた。
正直な話し、最近生きる目的みたいなものがなくてさ。
早くこの世界から抜け出したいって思う日が続いてるんだよね。
この業界に入ったのが8歳の子役からのときで14年経ってさ、やっと芽が出てきたって感じではあるんだけど、SNSでも演技下手とか言われることも多いし、周りの俳優も凄い実力者の人たちだらけだから常に頑張り続けなきゃいけなくて。
何のために生きているのか分からなくなっちゃてたんだよね。
そうだったんだ。と私はレオが抱える大きな不安をひしひしと感じた。
話しの中でいかに彼が真面目に生きているのかが見てとれた。
私はさ、自分のやりたいことが何なのか今だに見つけられてなくて、周りは就職先をちゃんと決めて社会人になるための準備をしてるのに、なんで自分だけこんな生きづらい性格なんだろうって思ってたの。
だからさ、何年も俳優やってて新人賞まで獲ってるレオのことすごく尊敬してるんだよ。
私はレオのことを知ってから、レオが出演している映画やドラマをチェックしていた。
役によって全く別人になるレオの演技が凄すぎて鳥肌が立った。
レオは私から見たら凄い才能あるよ。そんなレオが生きていたくないなんて言うなら、私の方が生きてちゃダメな人間だと思う。
そういうと、レオはびっくりしたように私を見た。
そんなことないよ、俺なんてすごくないよ。
住む世界が違うから、私の意見なんて参考にならないかもしれないけど、私から見たレオは頑張りすぎてるよ。もっと自分の時間を大切にして欲しい。死んだら嫌!!
私の言葉にレオは目を見開いた。
そして、自然と瞳から涙が流れていた。
一人で悩み抱えて辛かったよね。私でよければいつでも話聞くから。
自然と私はレオを優しくはぐしていた。
レオは何かがプツンと切れたように、嗚咽を上げながら私の胸の中でしばらく泣いていた。
私はレオの頭をやさしくと撫でながら、落ち着くまでそのままでいた。
やっと落ち着いたのか、杏梨ほんとうにごめんと顔を上げた。
つい、この間友達になったばかりなのに、こんな姿見せちゃって凄い恥ずかしいと腕で顔を隠した。
でもなんからくになった。ありがとうと照れたように呟いた。
そんな、私は何もしてないよ。少しでも気持ちが軽くなったなら良かった。
うん、俺今まで悩みがあっても誰にも相談とかしたことなかったんだんよね。
でも形はどうであれ、杏梨に聞いてもらって泣いて凄いすっきりした。と表情がやわらくなったレオを見ると本当に気分が晴れたみたいだ。
俺の袖涙でびしょびしょだ。杏里の服も濡れちゃったかも。ごめん。遅いし家まで送ってくよ。
私は首を大きく振り、大丈夫!一人で帰れるよ!
いやいや、俺が嫌なの。送らせて。
週刊誌に撮られても迷惑かけちゃうしと私が申し訳なさそうに言うと
俺は杏梨だったら撮られてもいいけどっとレオは悪戯そうに笑った。
後部座席に座ってくれたら、多分大丈夫!
何度か断ったがめげなそうなので大人しく送ってもらうことにした。
車内ではさっきのことが夢だったかのように今までの恋愛トークで盛り上がった。
ほとんどレオの恋愛のことだったが、今までは仕事優先だったので彼女を放置しすぎてすぐに別れてしまっていたこと。過去に付き合った芸能人もこっそり教えてくれた。
杏梨はどんな人がタイプなの?
レオはミラー越しにちらっと私を見ながら尋ねた。
え、私タイプとか分からない。今まで自分から人を好きになったことない。と真面目に答えるとレオは相当驚いたようで、え、本当に?今まで生きてきて誰か好きになったことないの?
うん、そうだね。残念ながら。
そっか。見た目とかでかっこいいなとかも思わない?
あんまり現実ではないかなぁ。アイドルとかは見ててかっこいいなとか思うけど、ダンスとか歌ってる姿が好きだからなぁ。
普段プライベートで見たらかっこいいとか思わないかも。
えー、そんなことあるんだ。俺は杏梨を初めて教室で見たとき綺麗な子だなと思ったけど。
突然の告白にびっくりし、そんな素振り見せてなかったけど。と答えると杏梨が俺の存在に気づいてなかったからだよと笑った。
そんな話をしていると家の前に着いていた。
送ってくれてありがとう!
こちらこそ。話聞いてくれてありがとう。
また、何かあったら連絡してもいい?と不安そうな表情で聞いてきた。
もちろん!友達でしょ!暇してるしいつでも連絡して!
そう言って車から降りて走り去っていくのを眺めながら、彼が変な気の迷いを起こさないことを願った。
数日後、ドル隊の仕事が入った。今はまだ学生なのでバイト感覚で割りとゆるっとしたシフトだが、これを本業にしたら体力がもつのか心配だった。
いつも通り会社の車が家の前に着き、乗り込んだ。
今回もセキュリティーのしっかりしたマンションで2回ほどエントランスを抜けて部屋の前に着いた。
インターホンを鳴らし出てきたのは、私が中学生から知っているアイドルLALABUのメンバージンだった。
彼は早くから芽が出たグループで確か年齢は30歳手前だった気がする。
私は笑顔で初めましての挨拶を交わした。
部屋には入るやそうそう、俺のこと知ってるよね?
と上から目線で問いかけてきた。
勿論です。LALABUさんは私の中学生くらいから人気でちょうど世代でした。
世代とか言わないでよー。ジェネギャ感じちゃうじゃん。とソファの背もたれによっかかりながら気だるそうにしている。
るなちゃん、写真で見るより100倍は可愛いね!
俺のタイプかも!そう言っていきなり私の足を触ってきた。
私が怪訝そうな顔を思わずすると、なんでそんな顔するの?ドル隊だったらこのくらい許容範囲でしょ?もっとやばいことやってるのに。と冷たい眼差しで言い放った。
内心馬鹿にされていることに腹が立ったがぐっと飲み込み、突然のスキンシップにびっくりしただけです。嫌な思いにさせてしまったのならごめんなさい。と謝った。
この手のタイプは言い返すと厄介なことになりそうだ。
人間的に好きになれないと判断した私は、早く切り上げることに努めることにした。
早く二人の時間楽しみたいので、早速お風呂にしませんか?
うわー、るなちゃん意外に大胆なんだね。俺嫌いじゃないよ。
だけどシャワーはひとりで浴びてきていい?俺誰かと入るのめんどくさくて嫌いなんだよね。
もちろんです!と私貼り付けたような笑顔を浮かべた。
誰があんたなんかと一緒にお風呂に入るか!と内心叫んでいた。
癖も強くて話していて疲れてしまう。
その上彼はシャワーが長いのか40分経っても出てこないので、次第にイライラしてきた。
逆にこんな長い時間シャワーでどこを洗っているのだろう。湯船にでも浸かっているのだろうか。
私はなにもせずともお金が発生しているので、文句は言えないが、どれだけマイペースなんだろう。
ジンがやっとバスルームから出てきたと思ったら、白いバスローブに髪の毛も乾かしていないようで水がしたたり、片手にはどのタイミングでいれてきたのか分からないがワイングラスを持っている。
それを俺かっこいいだろと言わんばかりのドヤ顔でお待たせと来るもんだから思わず吹き出しそうになってしまった。
よければ一緒にワイン飲む?
わたしは全くこの人と飲みたい気分にもなれず、あまりお酒が強くなくて結構ですと答えた。
短時間しか一緒にいなくてもこの人の人間力のなさが分かる。
早く終わらせたい一身でベッドに誘った。
何だるなちゃん、そんなに待てないんだ。可愛いなーと頭を撫でながらベッドに入った。
私はずっと気持ち悪いなと思っていた。
そういえばこんな時のために相手に嫌悪感を抱かないための研修があるとか言ってたっけ。
身体を重ねながら私は頭の中で違うことを考えるようにしていた。
何とか耐えて終わらせると俺るなちゃんと相性良い気がする!また会おうよ。今度はプライベートで。
この人は何を言っているのだ。ドル隊とはプライベートで会うことは勿論、連絡先も交換してはいけないことを知らないはずはないのに。
私も会いたいのは山々ですが、会社の決まりでお会いすることができないんですよと渾身の悲しそうな演技をして見せた。
えー。何でよ。良いじゃんね!お互い惹かれ合ってるのに。と言いながら私を抱き寄せた。
どこまで勘違い男なんだ。
そろそろ時間なので失礼しますね。
もうそんな時間か。あっという間だなー。俺らはまた会える気がするよ。それまで元気でね。
そうかも知れないですね。ジンさんもお元気で。
そう言って別れると迎えの車に乗り込んだ。
私は大きなため息をついた。
ジンさんはかなり痛い人だったなぁ。凄く疲れてしまった。
中にはクセ強の人もいるとは聞いていたけれど、2回目で当たってしまうとはついていないのでは?と思いつつ。会社側もジンさんの性格は知っているはずなのに、初心者につけるのもどうなのかなと内心もやもやしていた。
今日は会社に寄る約束をしていたので、気分は沈んでいるがいかなければならない。
会社に着くと社員の人が案内してくれた。
ドル隊専用の部屋に通されると、白衣を着た女性が私の前に現れちこりを回収します。とゴム手袋をした手を出してきた。
私は鞄から袋に包まれたちこりを渡した。
暫く鈴木秘書が見えなかったので、トイレに行こうと思い、人通りの少ない廊下を歩いた。
すると小さな休憩スペースで先程の白衣を着た人とスーツを着た男性が話している。
昨日の早坂のやついくらで売れたと思う?と男性がニヤニヤと白衣の女性に質問をする。
え、いくらだろう。300百万くらい。
それがさ、500百で売れたんだよ。物好きもいるんだな。
早坂さんでそんなにいくの!?
精子にそんなお金使うなんて。どんだけ金持ちなんだよ。子供できるかも分からないのにね。
本当だよな。俺だったら考えられないわ。
でも推しの子供産めるかもしれないんだったら、それだけ払うやつもいるのかー。
その会話を聞き、頭が混乱した。
え、精子を売ってる?多分聞いてはいけないことだった気がする。
私はバレないように足音を立てずにその場を後にした。
さっきの白衣の女性にちこりを渡したけれど、まさかあれで精子を売買してるのかな。
確かに道理としては理に叶ってるけど‥
モヤモヤした気持ちを抱えたまま部屋に戻ると丁度鈴木秘書がやって来た。
市川さんご無沙汰してます。その後お変わりないですか。
はい!そうですね。
内心は今日担当したジンとは関わりたくないと伝えたかったが、まだ始めて2回目の仕事で文句言うのも違うかと思い、ぐっと堪えた。
実は今日お呼びしたのは、市川さんに相談がありまして。と鈴木秘書は声のトーンを下げ、小声で話しかけてきた。
以前、アイドルの中に非恋愛依存の方がいるとお伝えしましたよね。
そう言えば、最初の説明の時に言っていたな。本来は相手を選べないけれど非恋愛依存であれば自由に選べるとかなんとか。
正直なところお伝えするか悩んだのですが、市川さんは信頼しているので初めにお伝えしておこうと思いまして。
え、なんでしょう。
改まって言われると何を言われるかドキドキする。
その非恋愛依存のアイドルの方が市川さんをご要望でして。
本来であればお相手が非恋愛依存の方とお伝えすることはご法度なのですが、その方が先にお伝えしておいて欲しいと言うものですから。
私も彼がそのような要望を出すのは初めてだったので、困惑しているんです。
そうなんですね。ちなみにどなたなんですか。
クロッズの青空さんです。
クロッズの青空といえば、アイドル界の中でも今一番人気がある人物だ。
とにかく顔が整っていて国宝級イケメンにも毎年ランクインしている。
歌もダンスの実力もあり、誰が見てもスーパーアイドルだと口を揃えて言うだろう。
彼が非恋愛依存だったことに驚きもあるが、あそこまで人気があるのに浮いた話がないと妙に納得してしまう。
でも何故先に私に伝えたかったのだろう。
昔のご友人だったりはしませんか。
私は頭を巡らせて色々と考えてみたが全くと言って良いほど接点が見つからなかった。
いえ、知り合いではないと思います。
そうですか。ちなみに青空さんとのスケジュールを組んでもよろしかったですか。
はい、もちろんです。
私自身、今一番人気のある青空に指名されたことも嬉しかったし、実際に会ってみたい気持ちもあったので、断る理由が見つからなかった。
よかったです。それではスケジュールを組ませて貰いますね!
その後は仕事について悩みはないか軽くカウンセリングがあり、性病検査を受けてその日は帰った。