氷姫と呼ばれる年上の幼馴染と受験期での一幕
「バレンタインデーのチョコって手づくりのがいいのかしら?」
突然の雪華さんの質問に僕はきょとんとしてしまう。雪華さんは僕が要領を得ていないのを把握したようであった。
「ああごめんなさいね。いきなりすぎたわね、今日バレンタインデーのチョコの話について話をしたのを思い出したの。その時、男の子は手づくりが好きって話になったから」
僕はそれで話を理解する。
「手づくりのほうが嬉しい人が多いと思うよ」
「やっぱりそうなのね。市販のほうが美味しいと思うのだけど」
雪華さんは首を少しかしげる。僕は苦笑交じりに言う。
「手づくりのほうが手間かかってるから。想いがこもってると思うんだよ」
「やっぱりよくわからないわね。想いなんかよりも美味しい物をもらうほうがいいと思うのだけど」
雪華さんらしい一言につい笑ってしまう。雪華さんは僕が笑っているのを不思議そうに見ていた。
立花雪華。僕より二つ年上の幼馴染だ。昔から人の感情の機微に疎いというか、ドライなところがある。そのせいで、時折トラブルを起こすことがある。それに加えて非常に自分の感情を見せるのが下手である。ほぼいつも真顔で声色も平たんで、笑顔を見せることもない。そんなところがあるので、高校では『氷姫』と呼ばれているそうだ。雪華さんが美人なところもあるのだろう。中学時代も学校一の美女と言われていた。だからこそ、『氷姫』と呼ばれているのだろう。
一番の伝説とされ、僕が聞いたことがあるのが、高校でかなりのイケメンに告白されたときの、「あなたと付き合うことで私のメリットがほぼないのでお断りします」と断ったという話があったそうだ。
僕はその時の話を聞いて笑ってしまったのを覚えている。なんとも雪華さんらしいと思ったからだ。
僕はそんな雪華さんともう10年以上の付き合いを続けている。彼女が高校に通うようになってもう二年になるのだが、時間が合うことがあれば一緒に帰っている。僕はまだ中学生で、学校が違うのだが帰り道はほぼ一緒なのだ。
だからといって別に一緒に帰る必要はないのだが、一つ事情があった。それは僕が雪華さんの彼氏を演じることになっていたからだ。雪華さんがあまりの告白の多さに辟易して困っている時に、彼氏がいることにすれば告白が減るのではと僕が提案したのだ。
僕としては冗談にも近い提案だった。だが、雪華さんは「そうしてみようかしら。じゃあ相手お願いね」と言った。僕が困惑する間にも、勝手にそういうことになってしまった。そのせいで僕は雪華さんと同じ高校の人たちにからまれることが増えた。このことは、雪華さんには内緒にしているが。
雪華さんから「告白が減ったわ、あなたの案のおかげね」と普段ほとんど見せることのない笑顔を見せられたからだ。ほんとにちょっとした笑顔ですが。あの笑顔を見せられたら、何も言えなくなってしまう。
僕と雪華さんの関係は姉弟みたいなものだ。
偽の恋人関係。いつか解消するだろう。別にそれでいい。
僕は雪華さんのことが好きだ。だけど、燃え上がる恋のような好きではない気がする。やっぱり姉のように思う好きだ。
きっと雪華さんも同じような感情を抱いている。
少し前に聞いたことがあるのだ。いまだに僕と関係を続ける理由を聞いた。正直僕は、すごく頭がいいわけでもないし、運動神経抜群でもなく、お金がすごいわけあるでもない。平凡だ。だからこそ、雪華さんが僕と関係を続けるメリットがわからなかった。
その時、雪華さんは少し考えて真顔で言った。
『春樹と一緒にいると落ち着くの。ただそれだけ』
だからやっぱり弟のような家族のような関係に近いのだ。僕と雪華さんの関係は。
「そういえば、春樹は受験大丈夫そうなの?」
雪華さんが話を変える。僕は少し煮え切らない答えを出す。
「今のところは大丈夫そうかな」
雪華さんがジト目のような疑うような視線でみてくる。僕はそっと目をそらす。僕は雪華さんが通う高校を受けている。正直僕の学力では受かるにはぎりぎりのところだ。現状の私立の結果では少し怪しいかもしれない。
「しっかり勉強しなさいよ。受験に失敗すると、親御さんの迷惑になるわ」
「わかってる」
雪華さんは僕に勉強を教えようかと言ってくれたことがある。だが、僕は断った。雪華さんは教えるのが下手なことを知っていたからだ。難しい問題でもここをこうすれば簡単でしょ?とさらっと言う人である。だから教えてもらおうと思わなかった。それに、もう一つ理由があった。
雪華さんが通う高校を受けようとしていることを僕は彼女に言っていないからだ。勉強を教えることになれば、どこを受けるかを教えることになる。なんとなく言いたくなかった。ほんとうになんとなく。
また同じ学校に通いたいという僕の子どものような想い。
たった一年だけでも、それでも少しでも近くにいたいという想い。
あと二年で、雪華さんは大学生になる。雪華さんが大学生になれば、今までのように会うことはできないという確信があった。だからこそ、僕は雪華さんと同じ高校に通いたい。
「ねえ、春樹。いつでも私はあなたの助けになるからね。困ったらいつでも言いなさい」
雪華さんはさらっと言う。いつも通りの真顔で。感情の機微を感じないにも近い平坦な声色で。
だけど言ってくれたことはまっすぐな善意だ。雪華さんは氷姫と呼ばれている。それは優しさを全く見せないこともあるのだろう。だけど、僕は知っている。この人は優しさを見せるのが下手くそなだけで、本当はとっても優しい人だ。それは長年付き合ってきたからわかることだ。
「ありがとう」
僕はただ感謝の言葉を告げる。雪華さんに余計な言葉はいらない。きっと僕の想いもわかっている。ばれている。
雪華さんは僕が受けようとしている高校のことを知っている。だけど、それには触れない。僕が触れられるのを嫌がっているのを知っているから。
その後は、普段通りの何気ない会話をしながら帰り道を進んだ。
バレンタインデー当日、僕は雪華さんに呼び出された。待ち合わせは近くの公園だった。
突然の呼び出しに戸惑いながらも、僕は向かった。
バレンタインデーのチョコを渡したいという用件だった。だからこそ疑問に思った。いつもはこんな風に渡したりしない。義理として渡すのがマナーでしょとでも言いたげに、バレンタインデーの当日もしくは翌日ぐらいに会った時にそれとなく渡してくる。
だからこそ、今日の突然の呼び出しは思いも寄らぬものだった。
公園に到着すると、雪華さんはベンチに座っていた。彼女の隣には紙袋があった。
「待たせてごめんなさい、雪華さん」
「別に。私が突然呼び出したのだし」
雪華さんはいつも通りの何の変哲もない態度のように感じた。いつも通りの冷たさすらも感じてしまうあっさりとした反応。だけど、少しだけ緊張しているかのような面持ちを感じた。
「とりあえず座って」
僕が立ったままでいると、座るように促してくる。僕は雪華さんの隣に座る。少し離れて。
「勉強で忙しいときにごめんなさいね。すぐ終わるわ」
雪華さんはそう言うと、隣に置いてあった紙袋からラッピングされた箱を取り出す。
「はい、バレンタインデーのチョコ」
僕は「ありがとう」と少し動揺しながら受け取る。普通すぎる渡し方に、なぜわざわざ呼び出したのかがわからなくなった。
「今、開けてみて」
雪華さんの一言に驚きながらも、僕は言われた通りに箱を開ける。なぜここで開けるのかは分からなかったが開けなければいけないと思った。中には少し形がいびつなチョコレートが入っていた。
「手づくりなのだけど、食べてみてくれる?味見はしたのでまずくないとは思うのだけど。いらなければ返して」
僕は雪華さんの言葉にえっ!?と声を上げてしまう。手づくりのチョコレートを作ることに懐疑的だったはずなのに。雪華さんは「いいから食べてみて」と促してくる。僕は困惑しながらも、食べてみる。
美味しかった。普通に。
「美味しいよ」
僕はまっすぐに感想を伝える。すると、「そう、良かった」と雪華さんは安心したような様子を見せる。どうやら緊張していたのは、このチョコレートが美味しいと言ってもらえるかどうかを心配していたようだった。
しかし、なぜ手づくりのチョコレートを作ったのだろう。それを聞こうとした瞬間、雪華さんは立ち上がる。
「じゃ、私は帰るわ。勉強頑張ってね」
それだけ言ってさっと雪華さんは去っていく。僕は「頑張る」とぐらいしか言えなかった。理由は聞けなかった。
だけど、あの反応から聞いてほしくはないのだろうと思った。だから、聞けなかった。
そして、聞かなかったのが正解だと思えた。思うことにした。
すべてのチョコレートを食べ終える。とても美味しかった。だけど、寂しさのような、辛い感情を胸に少し抱いていた。だけど、僕はそれを気のせいだと思いながら、振り切るように家へと帰るのだった。
その後、何度か雪華さんに会ったがチョコレートのことについて聞けなかった。雪華さんはいつも僕の受験について心配していた。心配してくれていた。
だけど、なぜかそのことに僕は寂しさを、辛さを感じはじめていた。
理由がわからない。
心配してくれるのは雪華さんのやさしさだ。だけど、なぜかむしゃくしゃするような複雑な感情を抱き始めていた。
僕の心がわからない。
勉強はうまくいっている。きっと合格できる。
だけど、雪華さんに心配されると不安の感情が強くなる。
「勉強頑張ってね」という雪華さんのいつもの別れ際の一言が僕の胸にぐさりとナイフのように刺さる。「頑張るよ」としか返せない自分が嫌になってくる。
これ以上頑張れと押し付けられているように感じてしまうのだ。
そんなことはないのはわかっている。
だけど、僕はそう思ってしまう。
だって、雪華さんの心が僕にはわからない。
どう思っているのか、どう感じているのか。
自分が我儘のようになっているのを感じる。
雪華さんに心から応援してほしい、僕のことをちゃんと見てほしい、わかってほしいという感情がふつふつとわいてくる。
受験する高校を隠している自分を棚に上げて。
雪華さんと会うことが徐々に負担になってくる。
彼女の顔を見るのが、声を聞くのが辛くなってくる。
受験日前日、僕はわざと雪華さんに会わなかった。
受験日当日も応援のメールを送ってくれたのに、僕は無視した。
受験のテストは今までのテストの中で一番集中できた。雪華さんのことを考えたくないという思うがすべての僕のリソースをテストに向けてくれたからだ。
受験終了後、雪華さんは「テストお疲れさま、うまくいっているといいわね」と送ってくれていた。僕はそのメッセージも無視した。
会いたくなかった。
受験が終わっても僕の心は変わらない。
雪華さんに会いたくない。
それだけが僕をむしばむ。
受験すら失敗してほしいと思えるほどになっていた。
そうすれば雪華さんと会わなくてよくなると思えたからだ。
合格発表の日になっても、雪華さんと会うことはなかった。
例え受験期で勉強が忙しくても、ほぼ毎日会っていたというのに。
雪華さんは毎日他愛ない挨拶のようなメッセージを送ってくれていた。そのすべてを僕は無視していたが。それでも雪華さんは送ってくれていた。その内心はわからないが。
心配してくれているのかもしれない。
怒っているのかもしれない。
悲しんでいるのかもしれない。
それとももしかしたら困っているのかもしれない。
カモフラージュの相手がいなくなるのだから。
雪華さんのことに関連することを考えているときの自分が嫌いだ。
嫌いになってくる。
嫌な考えが頭を占めてくるから。
合格発表当日、僕は雪華さんが通う高校に合格していた。
その時、僕は合格を心から喜べなかった。
行きたい高校に合格できた。
勉強の結果が報われた。
それ以上に雪華さんに会うことになるというのが嫌だった。
報告しないのはあり得ない。
そもそもこれから同じ高校に通うのだ。
今までのように避け続けることは不可能だ。
嫌だ。嫌だ。会いたくない。
そんな想いをしながら、それを隠しながら、学校の先生に結果を報告する。
そして、その帰り道、僕は雪華さんからバレンタインデーのチョコを貰った公園のベンチに座った。
雪華さんに会いたくない。
だけど、いつまでもそれはできない。
向き合わなければならない。
逃げたい。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
その時、
「春樹」
と僕を呼ぶ声がする。
その声は聞き馴染んだものだ。だけど最近は聞いていなかった声。
声の先に目を向ける。
そこには案の定思った人物がいた。
雪華さんが。
「合格した?」
いつもと全く変わらない態度。まるで僕と避けられていたことがなかったかのように。
変わらない態度。
僕は押し黙ってしまう。なにを言えばいいのかわからない。いや、なにもいいたくない。
雪華さんはさらりと僕の隣に座る。何事もなかったかのように、自然に。
それが嫌になる。
それを嫌と思ってしまう自分が嫌になる。
「春樹。合格できた?」
雪華さんはもう一度聞いてくる。
いつもの何の感情も乗っていないかのような平坦な声色で。
いつもと全く変わらない声色で。
「合格したよ!!!」
つい声を荒げてしまう。自分でもびっくりするくらいだった。
雪華さんは「そう、良かったね、おめでとう」と何事もなかったかのように、平坦な声色で返してくる。
苛立ちが募る。
雪華さんの態度が変わらないことに。
自分が苛立ちを覚えることに苛立ちを覚えている。
「一緒の高校に通うんだよね。春樹、教えて欲しいことがあれば言ってね」
雪華さんはやはり知っていた。僕が雪華さんが通う高校を受けていたことを。
自分が隠していたのを知っていた。
「なんで知ってるの?」
苛立ちを募らせた声で聞く。聞いてしまう。
「春樹のお母さんから前に聞いた。でも合格まで内緒にしてあげてとも言われた」
雪華さんは何事もなかったかのように、返答する。
僕の苛立ちなど意に介さなかったように。
もう耐えられない。
「なんで、なんでそんな普通なんだよ。僕がいつもと違うのはわかるでしょ!それに何も言わない。何事もなかったかのようにする。なんなんだよ」
声を荒げる。
八つ当たりだ。わかっている。でもそれでも止まらない。
「ずっと避けられてるのもわかってるはずだろ!それについても触れない。今さら何事もなかったかのように話すのはおかしいよ!僕は雪華さんに会いたくない。話したくないんだ」
止まらない。止まらない。
「もういやなんだ。辛いんだ、苦しいんだ。雪華さんと会うことが、話すことが。わかってよ。なんでわかってくれないんだよ」
自分の頬に涙が流れるのがわかってしまう。なんで涙が流れるのかわからない。わかりたくない。
「わかってるよ、春樹が私と会いたくないと思っているのは」
雪華さんはいつもと全く変わらない声色で言う。平坦な声色。
「でもね、それでも私は会いたかった。だって私はあなたが」
平坦な声色。だけど、よく聞けば、その声色が震えていることがわかる。
「好きだから。大好きだから。私の初恋でとても大切な人だから」
声が震えている。それに泣きそうな顔をしているのがわかる。
その声色、その表情、その発言が僕をフリーズさせる。思いもよらないことだから。
「いきなり避けられて辛かった。悲しかった。でも私が悪いのかと思ったから我慢した。我慢したの、私」
雪華さんの目から涙がこぼれる。
「春樹を見つけた時、嬉しかった。すぐに話しかけようと思った。でも怖くなった。ここで、うまく話せなかったらもう二度と話せなくなると思えたから。だから、いつものように、いつも通りにしようと思って話しかけた。そのほうがいいと思ったから」
雪華さんは悲し気にわらう。
「でも、それが失敗だったみたいね。友達に言われたのに。真っ直ぐ向き合ったほうがいいと言われたのに。春樹に」
雪華さんの顔は涙でぐちゃぐちゃに近かった。
「ごめんなさい、春樹。私以上に辛かったよね」
その言葉とともに、雪華さんは立ち上がる。そして、この場を去ろうとする。
「待って」と言って、僕は彼女の手をとる。
「行かないで」
会いたくないと思っていた。話したくないと思っていた。
あれだけのことを言ったのに。
自分のせいで雪華さんを悲しませたのに。
手を放してあげたほうがいいと思えたのに。
だけど、ようやく気づいたのだ。
いやようやく向き合えたのだ。
ずっと抱いていたけど、思ってはいけないと思って思わないようにしていたこと。
僕は、
「雪華さんが好きだ。大好きなんだ。だから、行かないで」
雪華さんはこちらを驚いたように見る。
「ひどいこと言った、言ってしまった、ごめんなさい。謝るから、だから行かないで。僕は雪華さんともっと一緒にいたいから」
今までのぐちゃぐちゃな感情にようやく折り合いがつく。雪華さんが好きだった。だから、自分を見てほしいと思った。だから、それがうまくいかないと思って、いや相手の負担になると思ったから会いたくなかった。会ってはいけないと思った。
向き合うことから逃げた。その結果が今の状況だ。
全部僕のせいだ。
だからこの手を振り払ってくれても構わない。
でも叶うなら。
雪華さんが僕を一気に引き寄せる。そして、雪華さんは僕を抱き寄せる。
「行かない。行かないよ。私も春樹と一緒にいたいから」
雪華さんは力強く僕を抱きしめる。僕も抱きしめかえす。
しばらくして、僕たちは互いに離れた。お互い顔が真っ赤だった。
恥ずかしいことをした自覚がある。
お互い黙り込んでしまう。
少しして、僕は雪華さんに頭を下げる。もう一度謝罪を伝えるために。
「ごめんなさい。雪華さんのこと、避けて無視して」
「ううん、気にしないで」
雪華さんはすぐさまそう言ってくれる。だけど、僕の気はすまない。僕が頭を下げたままでいると。
「ならさ、ホワイトデーのお返しくれる?貰ってないし」
僕はその言葉を聞いて渡していないし準備すらしていないことを思い出す。
「ごめん、すぐに準備する。えっとなんか欲しいものある?」
僕は慌てて尋ねる。雪華さんは少し考えた様子を見せる。
そして、僕を指さしてぼそりと何か言う。僕がきょとんとしていると。
雪華さんはいつも通りの平坦な声色でもう一度言う。その顔は真っ赤だったが。
「春樹」
僕の名前だった。その一言でわかる。わかってしまう。だから僕は、
「僕と本当に付き合ってください、雪華さん」
とすぐに言う。雪華さんはいつも通りの平坦な声色に近いが少し嬉しそうな声色で「喜んで」と言った。
そして、その時、笑顔を見せる。ほとんど見せることのない、満面の笑みを…
バレンタインデーの裏話
ある日、僕は雪華さんと買い物デートに行った。その時、僕は偶然見つけたチョコレートを見て、思い出したことがあったのでそれを尋ねた。
「そういえば、雪華さん。なんで今年手作りチョコだったんですか?」
雪華さんは少し固まった後、少し恥ずかしそうにしながら答える。
「手作りチョコを男の子は貰うと嬉しいって話だったから」
僕はそれであの日の会話を思い出す。突然「バレンタインデーのチョコって手づくりのがいいのかしら?」と聞いて来た日のことを。
「それでわざわざ?」
雪華さんはこくりとうなずく。頬が少し赤くなっていた。
僕はあの時、雪華さんが手作りチョコを作った理由を聞かれたくなかった理由を察する。
恥ずかしかったのだろう。
ただその一点で。
僕はそれなのに、そういう嬉しい理由なのに、何を考えていたのだろうと思い、少し落ち込んでしまう。
だが、すぐに切り替える。
いつまでもうじうじしてはいられないのだ。
雪華さんとこんな風にいられる時間は少ないのだから。
雪華さんの受験が始まって、大学に行ってしまえば会える頻度は少なくなってしまう。だから、今は少しでも楽しい時間を過ごすのだ。
一緒にいたいと思ったからこそ雪華さんが通う高校に行ったのだから。