ロンブリコ・ソリーソ
幼女はロッサを突き飛ばし、驚くべき速さで服を整え、腰に提げていた剣を抜き去った。
「いっいや、違うんです!やめて!」
と尻餅付きながら弁解しようとするロッサに、幼女は怒り心頭、聞く耳持たず、
「ええい!変態!」
剣を振り上げ、
「ええっ!そんなちょっと待っ――」
ロッサを袈裟に斬り捨てた。
「いやーーーー!」
女の子のような悲鳴を上げたロッサの服が裂け、左鎖骨下から右わき腹へかけてスーッと赤い線が体に現れる。
「いたーい!いたーい!」
痛さに飛び跳ねるロッサ。
「……何?……体を真っ二つにしようと斬り込んだはず、なのに……」
困惑する幼女は、
「痛い痛い痛い!」
と連呼しながら、胸の傷をおびえた顔で確認しているロッサに、
「死ねぇ!」
と幼女は再び袈裟に斬り込む。
「ギャーーーー!」
もう一度ロッサの左鎖骨下から右わき腹へかけて擦り傷ができた。
「……たしかに斬り殺そうとしたのに……」
幼女は驚愕して、じっとロッサを見つめる。
「待ってください!違うんです!事故です!事故!」
と叫びながら膝行してロッサは距離を取っていく。
幼女は何も言わずロッサを凝視し続け、しばらくすると、
「えっほんとに違うの!?ていうか待って」
「へ?」
ロッサが呆然と見守っている中、再び幼女は睨みつけるかのように凝視し始め、そしてしばらくすると、
「あっ!あなただったの!?」
と幼女は尻餅ついているロッサに手を差し伸べる。
「処刑人の方、話があるの、とりあえず立って、野次馬が。場所を移しましょう」
言われて見渡すロッサの目に人だかりが映った。いつの間にか集まってきたらしい。
幼女はロッサの手を自ら取ると、そのまま引っ張り、飛び出して来た小道へと入って裏通りを進んでいく。 幼女は先ほどとは打って変わってにこやかな笑顔を向けロッサに尋ねた。ただ逃げられないようにと腕をがっしり掴みなから、
「ここに泊まっているんです」
と幼女は、裏通りにある十五階建ての宿を指さした。
「部屋まで来て下さい、それで今回の事はなかった事にしてあげます」
「はぁ、あの、いや、ホントに偶然なんですよ……」
「ええ、知ってます。でも、胸を揉みしだいた事には違いありません。痴漢の現行犯で突き出しますよ、目撃者もたくさんいます。それに、処刑人が戒律違反なんてのも見逃せません」
「えっ?」
ロッサは幼女のすました顔を、目を見開き見る。
幼女はそんなロッサを無視するように、
「さぁこっち」
と、突っ立っているロッサの腕を組んで引っ張っていく。
古臭い雰囲気の漂う、光の届かないためパッカの球が天井にあって人工的に明るいロビーをスタスタ横切って、階段を登り登り十二階にある一室にへと、幼女はロッサを連れて行った。
部屋は入ってすぐ左にベッドが一つある寝室、奥に広いリビングルームがある間取り。
椅子が五脚、燭台が一つ置いてあるオーク製のテーブルを挟んで置かれたリビングルームは、通りに面した側が天井まで届く窓になって明るかった。
「そこの椅子に座って下さい」
ロッサは部屋を見渡して、両端の壁にパッカの光球も入れられる松明台が二つ置いてあるのと、荷物台が設けられていて、そこに大きいリュックと、その上に頭頂部がガコンと凹んだ魔協の兜が置かれているのに気が付く。
「来ていただいたのはですね、私達の調査に協力してほしいからなの」
「私達?」
「申し遅れたわね、私、新魔力協会のロンブリコ・ソリーソと申します」
と、ソリーソは胸に隠して掛けていたペンダントを出し、中を開いて紫魔石を見せた。
やっぱりとおもったロッサは、
「……なんでまた魔協の人が、僕に、何の御用で?」
と困惑しながら聞いた。
「聞いて頂戴。お金ならちゃんと支給されてたの、それで用心棒をギルドで募ろうとしたんだけど……」
ソリーソは俯いてしまった。
「残念ながら……おべべが……なくなってしまったのです……」
「おべべって言い方、久々に聞きました」
「パルティーレに来る崖から落ちましてね……」
「……それは大変でしたね」
「大変でした」
「その時、すばやく魔鎧を装着してなんとか助かったんですが……装着するときに財布を落としてしまって、でそれを鳥に持ってかれて、しかも落下時に兜がおもっくそ凹んでしまい、壊れて上半身しか鎧が装着されなくなるわ……これどうやってごまかせば……」
ソリーソは深いため息をついた。
「でも宿に泊まれてるじゃないですか」
「紫魔石見せてたら無料で良いと言ってくれました」
「ああ」
ロッサは納得して、少しソリーソに対して軽蔑心を持った。
「じゅあ、その紫魔石見せたら、いくらでもお金なんて借りられるんじゃないですか?魔協のいつもの既得権益とやらで無利子で」
ロッサはほんのりと厭味ったらしく言う。
「それだと上に報告がいきます。怒られるの嫌です」
ソリーソは少しムッとして反論した。
「はぁ……」
(駄目な人だ、この人……)
「で、困ってた所に、戒律を破っている処刑人の思考を察知しました」
とソリーソはロッサをキリッと見つめる。
「処刑対象を匿っている事、教会に報告しますよ」
「……」
「……わけわかめつて感じですね?」
「あ、何で――」
ロッサ絶句してしまった。
(……何で知ってんだ?……)
「何で知ってんだ?あなた今そう思ったでしょ」
「えっ?」
「私の魔能です。集中したら相手の考えている事が読めるんです。集中度合いによりますけれど半径一キロ内なら全ての考えが読めます。どうです、すごいです!」
えっへんと胸を張りだした。
(読心術……の、能力持ち……本当かな?)
「本当です」
(……)
ロッサは試しに心の中で、
(……好きな食べ物はなんですか?)
と思ってみると、間髪入れずに、
「うな丼です」
とソリーソが返してきた。
「……」
(……マジか……)
「マジです」
「丁度良いから、脅迫して協力させてやろうとおもって急いで部屋を飛び出して……まあ、急ぎすぎてあんなことになってしまいましたけれど……もう良いです、幼女強姦未遂の件も協力してくれたら許してあげます」
「……」
(……つまりこれは、言う事聞かないと、全部ばらされる、選択の余地などない……という事か?)
「そういう事です」
「……」
「そういう事です」
ソリーソは念を押して2回ロッサに言った。




