刃に映る顔
「……ああぁ、クソッ、手も足も出なかった……」
魔能、怪我しにくさ◎を持つロッサにダメージなどない。
埃こりを払いつつ、すっくと立ちあがると、大通りに出ようとする五つの影を遠く望んだ。
(用心して待ちすぎたな……隙を狙って取り返すしかない……それで、なんとか逃げ切って……)
ロッサは納刀すると、気合を入れる。
と、その時――
「ロッサ君!」
後ろから呼ばれる声に、ロッサは驚き打ち振り向いた。
汗だくで手拭いを捻じり鉢巻きに腹巻だけ着たチュウ爺さんが、こちらに向かって走ってきて、
「何だったんじゃ!?わし今、太極拳の鍛錬してたら、今、ファレナちゃんが、暴漢に攫われてったよね!?今!?」
と興奮して口から唾を飛ばしながら尋ねてくる。
「チュウ爺さん、すいません今急いでるんで……」
「いやいや」
チュウは行こうとするロッサの上着を掴み引き戻す。
「連れ戻すなら、武器がいるじゃろ」
と、徐に腹巻に手を突っ込み、パンパンに膨れた育児嚢から、
「これを使ってくれ」
人の顔ぐらいある黒い丸い物をロッサに差しだした。
ロッサは、それが一体何なのか一瞬わからず、その丸い物の上部に導火線がぴょこんと出ているのを、チロチロ弄くる。
と、ロッサは正体に気づいた。
「これっ爆弾じゃないですか!?」
おもわず仰け反るロッサに、
「そうじゃ、最近火薬を使う仕事が入っての、なんかいっぱい作っちゃったんじゃ。役立ててくれ」
「……、……まぁ良いや、有難く受け取っておきます」
「連れ去ってったやつらはノメン大通りを南に言ったところで立ち止まってるぞい、急いで行ってくるんじゃ」
「……えっ何でわかるんですか?」
「ん?これもわしの発明、処刑人の腕輪の原理を使って、ほれ」
とチュウは硬貨大の黒くて丸いものを腹巻の中から取り出した。
「これで発信機を付けた相手の位置が、わしのメガネの表示されるんじゃ、ほほほ」
(発信機? なんだそれ? 何でも良いやっ)
ロッサは爆弾をジャケットの一番デカいポッケに捻じ込み、全力で走り出した。
(急げ急げ!)
ノメン大通りへ出て、チュウが言っていた大通り南を走ってくと、本当に男達はそこにいた。
ファレナがずた袋から出て、荒々しく馬車の中へ連れ込もうとする泥人形達に必死に抵抗している姿が、雑踏の頭の上に見える。
ロッサは気づかれないように近づき、
「せいや!」
ロッサは、浮かんで空へと逃げようとするファレナの脚を掴んでいるゴーレムの腕を、背後から抜き打ちでブッタ斬る。
「ロッサ!」
ゴーレムから逃れられたファレナはロッサに抱き付いた。
「なんやワレ、まだやんのか!」
馬車の中から男が顔を出して怒号を響かせた。手綱を握っていたゴーレム達がロッサの襲撃に飛び降りる。
ロッサは浮かんでいるファレナの手を掴み、一目散に大通りを駆けだした。
「またんかいこら!」
「何だ戦えよロッサ!こいつらぶっ飛ばせ!」
「速く来い!逃げるんだ馬鹿!」
ロッサは、ファレナを引っ張り大通りを逃げていく。
暗い路地へ入っていった。
すぐ後ろを追いかけてくる威圧をひしひしと感じる中、無理やりに発展したパルティーレ特有の入り組んだ路地を、ロッサ自身もどこへ通じているかなどわからないまま、ただ全力で駆けていく。
路地を突き抜けて通りに出ては、また路地に入って、右へ左へ、今どこにいるかもわからない。たまに振り向いて後ろを見ると、追手はいつもすぐそこに居て、全く振り切れそうにない。
(――もう、戦おう、逃げきれない)
ロッサの決断は早かった。
建物と建物の窓もない壁に挟まれた隘路となっている、直角の曲がり角の所で、
(ここなら大丈夫)
と止まって後ろの様子を見るために振り向いた。
その瞬間、ゴーレムの大振りのフックがロッサの顔面を直撃する。
そのまま壁へと叩きつけられ、衝撃でレンガ造りの壁にヒビを作って、ロッサはその場に崩れ落ちてしまった。
その周りをゴーレム達が素早く取り囲む。
「ロッサ大丈夫!」
ファレナが叫んだ。
「えっ?大丈夫に決まってるでしょ」
ロッサはファレナに答えるとすっくと立ち上がる。
と、ファレナを自分の後ろ、曲がり角の隅に移動させると、後ろ手でファレナにポッケに捻じ込んだ爆弾とマッチを手渡した。
「
「これに点けろ」
小声でファレナに命令する。
「ぜぇぜえ、兄ちゃ、ん。はぁはあ、おとなしゅう、せぇ……ああぁ、しんど……ぜぇぜえ……」
遅れて、ゴーレムを操る小太りの男がやって来た。
「ぜぇぜえ言ってますね」
「うるさいわ、さぁ、もう一回痛い目に合うか、その子を、渡すかや、ぜぇぜぇ」
男を噴き出る汗を拭きながら言い放つ。
「点いたよロッサ」
ファレナはロッサに後ろから耳打ちした。
ロッサは後ろ手で火の付いた爆弾を受け取ると、ゆっくり男達に向け転がした。
「あん?」
男とゴーレム達は足元に転がってくるそれに目を奪われる。
「……ぜぇぜえ、なんやこれ?……」
ロッサは男達に背を向けた。壁に手を付き、ファレナを体で隠すように覆いかぶさると全身に力を込め爆発に備える。
男は、コロコロ転がってくる物が暗くてよく見えないと、ゴーレムの一体に拾い上げさせた。
ゴーレムは男に見えるようにと、顔近くまで持っていく。
男はそれがまさかの物だったので、一瞬何かわからなかった。
その丸い黒い物体の、心臓のように膨れは縮んでいる様子や、上部にぴょこんと出ている導火線を火が昇っていっているのをじっくり見た男とゴーレム達は、やがて正体に気づいて目を見開く。
「これ爆弾やん!はよ遠く放り投げい!」
ゴーレムの一体が命令通り遠くへ投げようと大きく振りかぶる――その刹那、球体内部に火が入っ行き、破裂音と共に爆風がその路地に居た全員に襲い掛かる。
男はとっさにゴーレムを盾にしようとして後ろへ隠れたが、爆風は泥で作られたゴーレムを全て破壊し、自身も吹き飛ばされて、壁に叩きつけられた。
「イッタタタ!、熱!熱い!けほっけほっ、煙い!痛い!熱い!」
とロッサは苦痛に顔を歪めながも、爆風を体で遮り、ファレナを守る事に成功する。
ロッサの上着は破れ、黒焦げになってはらりと路面に落ちた。
キンキン鳴る耳と、熱を持っている周りの空気の中、ロッサは痛みにぴょんぴょん跳ね回る。
「大丈夫か?」
とファレナは心配そうに声をかけた。
「いや、さすがに痛い……」
ロッサは擦れた息苦しい声でそう答えたが、
「でも、もう大丈夫……」
粉々になった泥人形の破片に埋もれて倒れている男が、単に気絶しているのをロッサは見て取った後、再びファレナの手を取り走り出した。
ロッサは自分の行動が矛盾していることをずっと自問自答している。
自分はこの処刑対象を処断しなければならないはず、と自分に問いかけ続けていた。なぜ走っているのかも、ロッサにはよくわかっていない。どこへ逃げても処刑人は腕輪の位置情報を元にやってくるというのに。
自分の部屋に戻ってきた。
部屋のテーブルは倒されている。それをロッサは直しながら、
「もう安心だ、誰か来ても僕がいる」
そう言った。その途端、
「ううぅぅ」
背中越しに涙声で唸る声が聞こえて来る。
驚いて振り向くロッサの前で、ファレナは膝をついて倒れ込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「ううぅぅ」
ファレナはロッサに抱き着き、お腹に頭を埋めると、
「ううぅぅわぁーーん」
大声を上げて泣き出した。
「怖かったよー!」
「……ああ、落ち着け……」
ロッサは困惑しながら優しく声をかける。
「うぇえぇぇえん!うぇえああぁぁん!」
泣き声は大きくなるばかりなのを、
「大丈夫……もう大丈夫だ」
と優しく言い続けながら、ロッサは懐から貰った聖なるナイフを取り出す。
お腹に顔を埋めている今なら、ファレナの顔を見ないで済む今なら処刑できる気がして、いや、今しかできる気がしなくて、ロッサは、
「うわぁああぁん!あぁぁあぁん!怖かったんだからー!」
涙を流しながら叫ぶファレナに、
「ああ、そうだったな」
と慰めつつ、万が一にも気付かれないように、ゆっくりナイフを振りかぶる。
「ううぅぅ、ロッサぁ!」
「うん?」
「ずっと一緒にいてよぉ!うぅう、うえぇええん」
「……、……ああ……」
ロッサは、お腹にあるファレナの頭を強く抱きしめる。
ロッサはそうやって目標を固定した。
それを、ファレナは勘違いしたらしい。
ロッサが固定したのを、強く抱きしめてくれたものとおもって、強く抱きしめたのに呼応してファレナもロッサを強く抱き返したのだ。
「うわぁああぁん!ロッサぁぁあ!ありがどー!」
と涙声で叫んでは、ロッサのお腹に顔をうずめたまま泣き続けている。
ロッサはナイフを振りかぶったまま、動けなくなってしまった。
ロッサは、ふと視線を感じて、ナイフの光る刀身を見つめる。
そこには歪んだ自分の顔が映って、弱弱しい双眸でこちらを見つめ返していた。




