姉弟
路地から出たロッサは空を仰ぎ見た。
快晴の青空に飛空艇が二船飛んでいる。
ノメン大道りは人で溢れ、恋人同士が体を寄せあって歩いている。子供が親にアイスクリームをねだって叱られている。幽霊の男の人が、ここで事故死したんだろう、自分の事故を目撃した人はプラカードを首から下げて行き交う通行人を恨めしく見つめている。
パルティーレの街をテクテク歩き、ロッサはノメン大通りに直角に交わるウィジン大通りを進んでいった。
パルティーレ大教会が見えてきた。
いくもの尖塔が連なる白く輝くスベガミ教の大教会。
見上げんばかりの荘厳な大教会正面、大扉から中に入ると、大聖堂の吹き向けいっぱいにスベカミ神の石像が建てられて、祈りに来る者、助けを求めに来る者にはその荘厳な姿でもって、畏怖と康寧とを与えている。
厳かな雰囲気の中、多くの信者たちが祈りを捧げる一階の、その横の回廊に進んでいった。
3種の神器の一つ。スベガミ教会本部にある神器マガタマは、この世界のありようを大きく変えた。
神器マガタマは人々の報復心に反応し、その報復対象を瞬時に見つけ出す。
具体的に言えば、家族を殺された遺族の人達が、犯人がのうのうと生きているのが許せない、という報復心に応えて神器マガタマはその家族を殺した犯人を見つけ出し、犯人がどこに居るどんな奴なのかなどの情報を取得する。
この神器マガタマを有効活用するために、スベガミ教会は、治安維持活動を行う処刑人部隊を結成。情報を元に「処刑人」達が実際に報復を行う。
つまり人に恨まれるようなことをした者は必ず処刑人によって裁かれる、という世界が誕生した。
警備の修道士は、姉リベルラ・ラーパの弟である事を説明するロッサの話を聞くと、処刑人の腕輪で身元確認し、聖堂裏、学院内部へと入る許可を出した。
学院は、広い中庭を真ん中に左は食堂、図書館等が入った公会堂。右には手術室完備の保健室が入った訓練施設。奥には十階建ての修道士と教師の寮、集会室、教室三十室がある学院が建てられていた。
で、学院の三階、教師の部屋の階にある姉の自室へと向かっていった。
十ジョー(約十畳)ほどの部屋は、天井まで伸びている窓と、<発光魔法>パッカの光球が宙に浮かばされ、その光で外のように明るかった。
左側にベッドが一つ、右の壁は一面本棚で、窓に向かって接してあるロールトップデスクとの間に、先で四本の白い爪が真っ赤な宝玉を掴んでいる金属製の杖が立て掛けてある。
ラーパは、肌を覆い隠すような作りのロングスカートの青い聖堂服姿。
左腕に、スベガミ教会の紋章が刻まれた、ロッサと同じ、処刑人の腕輪を付けている。
容姿は澄み通ったガラス細工のように冷たい美しさを持ち、しかしそれでいて彼女の中に勝気な印象を持ってしまうのは、瞳が激しい光を帯び、赤い唇をひき結んでいるからだろう。
ラーパはその聖堂服では隠しきれないふくよかに実った胸を揺らして、ロールトップデスクの椅子にロッサに向けて座った。
「姉さん、久しぶり」
「出て行ったぶりですね」
「母さんが死んで、もう10年になるのね」
「うん」
二人は孤児院で何時も手をつないで暮らしていた。
ラーパ八歳、ロッサが六歳の時、姉弟は両親を亡くしてしまう。
それ以来、ロッサの教育は私の務めと励んできたラーパが、スベカミ教会に素質を見出されたのは十才の時だった。
天賦の才ありと、大司祭から言われ、処刑人になるための訓練をされる。
十三の若さにして処刑人に任命。三年後、十六歳にして教師に任命、教師として後輩の育成に努めてながらも、凶悪な凶状持ち相手に奮闘し続ける処刑人界のエースであった。
「それからどうですか?処刑人としてやっていけそうですか?」
「うん?」
「処刑は何人しましたの?」
「……うーん……」
ロッサは目をそらした。
「まあ一年目ですし……そんなにうまくはいきませんわ」
ラーバは察して、そう言った。
「でもまぁ、……なかなか……ケガしにくさ◎って相当レアな魔能だし……」
「そうね、これからよ」
「そうっ、そうだよ」
「あっそうだ、ロッサに依頼しようかしら」
ラーパはおもい出したようにそう言うと、腕輪を操作しだした。
「えっ何?」
「緊急だけど簡単な依頼がありますの」
「良いよ、どんと任して」
とロッサは左腕の腕輪を差し出した。
ラーパは差し出された腕輪の水晶部に自分の腕輪の水晶を重ね合す。
触れ合った水晶が緑色の光を放った。
ロッサの腕輪に、ラーパに送られてきた依頼が複写される。
「幽霊族の人を処刑する依頼です」
「幽霊?」
とロッサは水晶に表示された処刑依頼を確認した。
処刑依頼
――マガタマより勅裁を得る
緊急に死罪、捕獲せずその場にて処断すべし
――ララからより情報を得る
種、幽霊族。
国、無国民。
年、十六歳。
性、女性。
名、ヴェルデ・ファレナ。
罪、ガンキ国民の男一人を殺害。
――教会からの補足
緊急依頼になります、三日以内に処刑してください。
魔能力の有無は不明です。色仕掛けで近づき殺害した模様で危険はないと思いますが注意してください。
逃走するにあたり事故死したため、幽霊族が処刑対象になりますので、対策をして臨んでください。
ロッサは処刑対象の位置がわかるレーダーの機能を、腕輪側面にあるスイッチで表示させてみた。
居場所を示す緑色の光が、ロッサの家の方向を示すように腕輪の端にゆっくり点滅する。
「……」
ロッサは黙り込んでただじっと腕輪の光を見つめ続けた。
「緊急の依頼だから私達に送られてきたんだけれど、魔ぁ別段強くもないし、ロッサでも可能と思います」
「……」
「私には他にすることもありますので、手伝ってほしいの」
「……」
「ロッサ?」
「……」
絶句して、ロッサはこちらを見るラーパをただ見返すだけで、言葉が出なかった。
「どうかしましたの?」
ラーパはロッサの顔を覗き込む。
「いや……」
ロッサはその時、窓から差し込んで来た光に気をとらわれながら、
「何でもないよ、うん、わかった。やってみるよ」
(偶然だよな……同姓同名の、別人だよな……)
と笑顔を作って言った。
ラーパは気になりながらも、
「助かりますわ」
と懐から塩が入った瓶を取り出すと、
「さあ、受け取りなさい」
と言ってロッサに差し出した。
「これを、かけるの?」
「そうよ、幽霊だもの、効果覿面ですよ」
「はあ、そうか……」
「あと、はいこれ」
ラーパは懐から一振りのナイフを取り出した。
「刀身にスベカミ神の御姿が描かれている、幽霊族を処刑できるよう聖なる力を宿らしたナイフ。刺された場所から神の光が包み込み、対象を光と共に霧散して葬り去る、教会の必殺武器です」
「これで刺すの?」
「そう、今回は私が幽霊族を対象にして力を宿しましたから、存分に振るいなさい、もう一本要りました?」
「一本で十分だよ」
そう言いながら、心配か、恐怖かにとらわれそうな顔で、ロッサは水晶の緑の光を見ると、すぐに光を消した。
「さあ、行きましょうか、お父さんとお母さんの所へ」
そんなロッサに、ラーパは明るい優しい声で言う。
「そうだね、途中何か食っていこう」
ロッサも、それに応えるようにファレナの事は忘れて明るく言った。
「ええ、ご馳走するわ。何でも食べなさい!」
「やったー!」
取り越し苦労はせまい、そうロッサ自分を律していた。




