チュウ爺さんとノゲ・レイ
「チュウ爺さーん!」
とファレナは研究所の窓越しに、テーブルを挟んで初老の男性と何やら話しているチュウを呼んだ。
「おお、ファレナちゃん!」
チュウの細長い耳が両方、ファレナの声を聞いてそちらを向く。
鳥のような逆関節で直立する、モンスター族のチュウは丸メガネに白衣と腹巻だけを身に着けた格好。
ズボン類を毛嫌いしている。お腹の所に付いているパンパンに膨れた育児嚢が引っかかったりして嫌いなのだそうだ。
その育児嚢にはパンパンに爆弾、タオル、水筒、お菓子、別れた前妻の写真などが詰まっている。
人目に晒す体毛の白い毛並みは薄茶色く汚くなって、清潔感がまるでない。
「どなたですか」
と、少々驚いた様子で発言したのは、チュウが話していた初老の男性である。
「ああ、近所に住んでいる子じゃよ」
「ほう」
チュウは、ファレナを手招きして中へ呼んだ。
チュウの魔術研究所は路地の奇妙に奥まった場所にある。
地上一階地下一階の家は、四方を全て建物に囲まれているため何時でも暗く、昼でも灯りが灯っている、薄暗い家だった。
暖炉の反対側の壁には、枕にするにしても分厚すぎる本がぎっしり詰まった本棚と、何に使うかわからないモンスターの脳や人の骨、色とりどりの鉱物が詰まった棚とで埋まっている。
家具は小さなテーブルと椅子二つと、それに振り子の置時計があった。
ファレナはテーブルの所まで来ると客人と思わしき初老の男性を一瞥して、
「チュウ爺さん何だったんだ、朝のは?」
とチュウに尋ねる。
「ああ、ごめんごめん。ファレナちゃんの家は何ともなかった?」
「ギリギリだけど、なんともなかったようにした」
「そうか、それは良かった。いやーもうご近所中から部屋が汚くなっただの苦情が殺到してのー」
チュウはため息交じりに言った。
「そりゃそうだよ、なにやったんだ?」
「わしの新発明を見せてやろう」
とテーブルの横の棚を開ける。
中から顔ほどの大きさのある、黒くて丸い、物体をチュウは取り出し、テーブルに置いた。
「わしが新たに開発した爆弾じゃ」
球状の爆弾の上部には、キャップのようなものがあって、その中心から導火線がぴょこんと飛び出ている。
「爆弾だね」
ファレナは睨みつけるように爆弾を見た。
「えーじゃあ何なの、朝のはこいつの煙だったの?」
「いや、正確には違うんじゃよ、実験でな、ほれ、あそこにある魔道具ぺ――」
「チュウ博士、それは内密に」
チュウと向かい合って座っていた初老の男性が、発言を制止させた。
ファレナはチュウが指さした方向にあった、布でくるまれた大きな箱を見る。
「ああ、そうじゃった、ごめんごめんファレナちゃん、それは機密じゃったわ」
「機密?」
「こちら、この爆弾の出資者のモウエ銀行のノゲ・レイさん」
「こんにちは、お嬢さん」
「あっこんにちは」
ノゲ・レイは、顔立ちのはっきりしていて鼻筋がスッと通っている、初老であるがかなりの美形で、年をおってさらに男の魅力が増すタイプの伊達男であった。
金髪でいかにも高い白のスーツを着込んだ気品ある佇まいに、ファレナは、なぜか懐かしさを感じてじっと見てしまう。
「どうしました?」
ノゲが戸惑って尋ねた。
「えっ、いやっ別に、チュウ爺さんのトコにお客なんて初めて見ましたもので」
ノゲは何か言おうとしてやめると、
「ええっと、ファレナさんでしたか、苗字は何とおっしゃるのですか?」
「別にファレナで良いですよ」
「そうはいきません、マナーというものがあります」
「ああ、ヴェルデと言います」
ファレナはなぜか照れたように頭をポリポリ掻きながら言った。
「ヴェルデさん、辛いでしょう――」
ノゲはファレナを憐憫の眼差しで見ながら、
「恨みを背負って生きていくのは」
「……」
3種の神器の一つ、神器カガミは死んだ人を「幽霊」としてこの世に居続けさせるという奇跡を起こしていた。
条件は恨みを持っている事。
犯罪を犯すなら恨まれそうな人を皆殺しにするしかない。そうして罪を犯した犯罪者達は、こうして新たな種族「幽霊族」の者達に永遠に狙われることとなった。
ただその場合、何故かマガタマは幽霊に犯人は誰とも教えてくれない。幽霊族は、自分達で探し出さなくてはならない。
本気の恨みを持っていれば誰でも幽霊化し、幽霊による逆恨みでの殺しも、勾玉の報復対象となり処刑人が幽霊を始末するという、そんな事も起こっている。
ファレナはノゲの眼差しに黙り込んでしまう。
チュウはファレナの方を見た。
「いやでもな、わしは将来幽霊になって永遠に研究を続けてやろうと考えてるんじゃ」
チュウは空気を変えようとおもって声を明るくしてそう言った。
「もしよければ、私は協力したいとおもうのですが」
ノゲはファレナに、
「私も犯人捜しを手伝いますよ、とりあえず、私は西門を出てしばらく行った所に別荘を持っていまして、そこに来て住んでも良いですよ、もう使っていませんし」
「……あ、ありがとうございます、でも、結構です。家もありますし、協力してくれる人もいるし……ただ、情報はお願いします」
「協力者が?」
「あの、ノゲさん。生きて行く事は辛くはないです、悲しくなることはありますけど、私大丈夫ですから」
「……そうですか……」
「ファレナちゃん、わしにできることがあったら何でも行ってくれまえよ」
チュウは勇ましい声音でそう言った。
「はいはい、ありがとう」
ファレナは笑って適当に流す。
「犯人は見てないんですか」
「えっと、左腕に緑色のひし形の水晶が埋め込まれてるのを見まして、それだけが手がかりなんです、何かご存知ないですか?」
「……うーん、調べてみますよ、私は分かりませんが知っているものがいるかもしれません」
「ありがとうございます」
ファレナは頭を下げてお礼を言った。
「わしも全く知らん」
「はいはい、そうでしょうね」
ファレナは適当にチュウを流すと、
「じゃあ私もう行かないと」
ファレナは窓へと体を向けた。
「またバイトかい?」
「そう」
「バイトをしていらっしゃるんですか」
「ええ、お化け屋敷で働いてます」
「ああ、それでその恰好なんですね」
「えっ、ああ、はいいらないから貰ったんです、着る服買うお金もなくて……」
「ああ……そうでしたか……」
「じゃあ、行ってきます!」
ファレナは元気よくそう言うとふわふわ浮いて大通りの方へ飛んで行った。
「はーい、行ってらっしゃーい」
チュウは手を振ってファレナを送る。
ファレナが見えなくなると、ノゲがチュウに、
「さて、チュウ博士、次の実験をどうするか決めましたよ」
「おお、何じゃ急に」
「さっき決めたんです、開かない金庫がありましてね、中に良い壺が入ってるのは分かってるんですが、それを爆発で開こうとおもいます」




