迎えてくれる……
パルティーレの街の東、商業区との境にある東居住区五番街が、朝日に照らされ街中が爽やかな空気に包まれていた。
ノメン大道りに沿いある、モウエ銀行と看板が掲げられた地区一つを丸ごと使った十五階建ての堂々としたの豪奢な巨大建造物の、横の薄暗い路地にロッサはトボトボと入っていく。
入ってちょっと行ったところにあるパン屋では、朝ご飯のパンを買う行列ができていた。朝の街は、通りよりも路地の方が活気づいている。
奥様方の並びながらの世間話、買った後も世間話、時間の許す限り世間話の賑やかな声が響いている路地を抜け、ロッサは薄暗い裏路地へ。
町内の便所で用を足した後、3階に部屋を借りている古びた5階建ての建物、その階段を上り始める。
パルティーレの街は王都へと繋がる港町として、その王都を凌いで繁栄したのがだいたい百年前。ロッサの住む建物ができたのも百年前、大変歴史のあるボロボロの建物だった。
皆が新しい物を良しとするこの街で、ロッサのオンボロの貸し部屋は家賃が安い以外に住む理由が見当たらない。
それに、ただでさえ安いこの部屋は、さらに呪われていると噂があったため家賃が格安であった。
ロッサは大変、住むのを嫌がったが、孤児院から出る際、姉に、
「処刑人が幽霊族なんかにビビってたら終わりですよロッサ。
えっ?怖いものは怖い、ですって?
バカ言ってるんじゃありません!
良いですかロッサ。家賃なんてもの少なければ少ない方が良いんです。雨風を防げれば十分なのです。将来のためにも節約できるところは節約しませんと!
えっ治安が心配?処刑人が何そこら辺の奴らに臆病になっています!
えっ日当たり?一日中窓を閉め切ってる引きこもりが何を言っているのです!
えっ景色?そんなもの見るのは最初の日だけです。絶対次の日から飽きてもう見ることはないようになります。それとも何ですか、彼女でも作って一緒に夜景でも見て、そ、そ、それから……それから……きゃあぁぁ、いやらしい!
ロッサ、お姉さん許しませんからね!処刑人らしく、とっとと行って悪い幽霊なら退治してきなさい!」
と無理やり住まわされた部屋であった。
そして、恐くて恐くて仕方ないまま住み始めて一日目の丑三つ時の事。
(う、動かない!?)
と案の定、早速ロッサは金縛りにあってしまう。
「うぐぅぁぁぁぁ!」
何とか動こうと顔を歪め全身に力を入れるが、
「ぐぐぉぉぐぐぐぐ!」
動かない。
「ぐあぁぁああ!」
全く体は動く気配すらない。体中から脂汗が流れ出る。
その時、耳元に幽霊が現れた。
――我が家に帰って来たロッサは、その現れた女の子の幽霊に、
「おっかえり、ロッサ!」
と迎えられる。
ぱっつんショートカットで死装束姿、ロッサと同い年という、自称十六才の幽霊族、ヴェルデ・ファレナは両手を上にまっすぐ伸ばし、片足立ちするヨガポーズをしていたのをやめた。
「ただいま、ファレナ」
害のない幽霊だったことや、退治しないでくれと懇願され情が湧いたこともあり、一緒に暮らす事になった。
(迎えてくれる人が居るってのも良いもんだ……まぁ人ではないんだけれども……)
正直、初めは気味悪がって部屋から出ていくことも考えたロッサだったが、今ではそうおもうようになっている。
「遅かったな、どうだった?依頼は成功したか?」
ファレナはそう言いながら、ロッサの方へぷかぷか浮かんで肩につかまってくる。俯いているロッサにファレナは、声のトーンが落ちる。
「おい、どうしたんだよ?」
「……」
「また……失敗したのか……」
ファレナはがっかりとして、悲しい目をロッサに向けた。
「……」
「ほら見ろ言ったじゃないか、一攫千金でって大物なんて狙うからぁ」
「……もう寝かしてくれ……」
「また今月も私のバイト代だけで暮らしていくのか……」
「……もう疲れてるんだ……はぁぁぁぁ……」
ロッサは気だるそうに溜息を吐くと、俯きながら靴を脱いで上がり框を上がっていく。
大きな部屋と小さな部屋一つの間取りからなるロッサの住まい。
玄関と直結している大きな部屋の中心には、二人がいつも寛ぐ楢の四人用のテーブル、椅子は二つと、ごみ箱として使っている木箱が脇に置かれて、左の壁には裏路地を見渡せる窓二つ。右の壁には、水瓶、洗濯籠が置かれて、奥の壁には寝室として使ている小さな部屋へのドアがある。
ロッサはテーブルに燭台と風呂敷を置くと、椅子にジャケットを掛けた。
それから洗面台に刀を立てかけ、服を脱ぎ、横の籠に放り込んでいく。
ロッサの服はこの一着しかない。一張羅のジャケットとズボン。肌着は三枚を使いまわす、使えなくなったらその時買う、そういう男である。
「きゃああ!」
ファレナがロッサの右わき腹を見て驚き叫んだ。
「ロッサ怪我してるじゃないか!」
「……うん」
「えっ怪我しないんじゃなかったのかお前?」
「……しにくいだけだよ……」
「ええぇ……」
ファレナが心配そうにロッサの近づいて、怪我の具合を確かめていく。
「あ、でも単なる擦り傷だ、なーんだ」
「血が出てるだろ……」
「出てねぇよ」
「……」
「なんだこれくらいで痛がって!」
「……」
「おい!」
「……」
「おいってば!」
ロッサはもうファレナの声を聞かないように、明後日の方角を向くと耳を両手で塞いだ。
「あっ都合が悪くなると何時もそうやりやがって」
3種の神器の一つ、神器ツルギはその恩恵をすべての生き物に不平等に分け与えていた。
神器ツルギより恩恵をもらう事ができると、首の左右にある丸い塊に魔力を滞在させることができるようになる。
宝玉付きの杖を使う事で魔法が使えるようになり、そして空中浮遊、視力五十・二になる、手足が伸びる、火を口から噴いて攻撃してくる、不利な接近戦に持ち込んでも瞬間移動で距離を取ってくる、などなど、人体の変化が起こり「魔能力」といわれる常人離れした特殊な能力を持てた。
「ケガしにくさ◎」の魔能を持つロッサは目を瞑り独り言のように、
「明日は昨日も言った通り、昼に姉さんの所へ行くから」
「わかってるよ、何度言うんだよ、バカロッサ」
下着姿になったロッサはムカムカしながら寝室に向かった。
「えっロッサ、もう寝るの?」
「……疲れたんだ」
小さい部屋で、そんな大きくないベッドに部屋の半分を取られている。ベッドの上には、この寝室ほどの大きさがあるマンモスの毛布が折り畳まれて置かれていた。
ベッドに倒れこむと、ロッサは毛布にくるまる。
ファレナが、後に続いて入って来て、
「よっこいしょ」
一緒の毛布の中に潜り込み横に寝転んだ。
「すーーーー、はあぁぁぁぁぁぁ」
毛布から顔だけ出して、ロッサは大きく深呼吸をした。そして目を瞑り全身の力を抜いていく。
「おやすみファレナ」
「ああ、おやすみ」
二人は目を瞑った。
「……そういや」
ロッサは目を瞑りながら静かに言った。
「お前の仇じゃなかったぞ、左腕にあったのは単なる入れ墨だった」
「ん、そうか違ったのか……」
「ああ、水晶が埋め込まれてるって、とんだ嘘情報だったよ」
「……そうか……ありがとな」
とファレナはロッサの横顔を見る。
「なぁ、今日の処刑対象は、それで選んでくれたのか?」
「ん?違うよ」
ロッサは無機質にそう答えた。
「……」
ファレナは無言でロッサの胸に顔を埋めた。
一晩コロネを待ち伏せていたために、意識していなかったがよほど疲れていたのだろう、目を瞑ったロッサはすぐにうつらうつらとしていく。
ファレナもファレナで、夜なべしてロッサの帰りを待ちわびたせいで眠たくてしょうがなかった。




