牢に二人
「あのーすいません」
「ぐーぐー」
ソリーソは鼻提灯を膨らませて眠りこけていた。
「あのーすいません」
と、気持ちよさそうに寝ているソリーソを起こそうと、再度ファレナは声をかけた。
「あのー、お嬢ちゃん起きて」
とファレナが声をかけるも全く起きる素振りがない。
「もうたべられないよー、むにゃむにゃ」
と寝言を言っているのを、ファレナは起こそうとすると体を揺さぶった。
すると、
「うーうー」
と唸ってソリーソの目が薄く開かれる。
寝ころんだまま両腕を上げ伸びをする、気持ちよさそうな顔のソリーソに、
「……おはようございまーす」
遠慮しながらファレナは挨拶をした。
ファレナと目が合ったソリーソの目がパチッと開かれる。
六ジョーほどの牢の中は、腰ほどの高さの仕切りの向こうに床に穴が一つ空いているだけで他には何もない。
鉄柵越しにこの牢の五倍ほどの広い、さっきまで戦っていた場所だとソリーソは確認できた。
グルっと見渡したソリーソは、
「あなたは?見た所幽霊だけれど?」
ファレナの方に向き直って素性を尋ねる。
ファレナは少し戸惑いながら、
「私はファレナ・ヴァルデです。ノゲって人に攫われて、もしかしてお嬢ちゃんも?」
(ヴァルデ……?)
「私はロンブリコ・ソリーソ、魔協の者よ。調査でノゲの別荘に来たんだけど……」
「魔協?」
「今何時かわかる?」
「……わかりません、鐘の音なんて聞こえてこないし」
ソリーソは俯いて、今度は体をチェックしていく。
体には異常が何もない。
ソリーソに、ファレナは、
「本当に魔協の方……ですか?」
と恐る恐る尋ねた。
「ええ、そうです」
ソリーソは紫魔石を見せようとして、胸元を探る。
「……」
体中を隈なく探していく。
「……え?ない!」
紫魔石はどこにもなかった。
「嘘でしょ!ああっ!これ協会からめっちゃくちゃ怒られるやつじゃない!どうしよ!どうしよ!」
「……あ、あの、大丈夫ですか……」
「あっ……ごめんなさい……」
ソリーソは驚いてこちらを見ているファレナに、
「信じてもらうしかないわ」
と威圧を込めて言った。
「はい……」
「信じるのね、それなら良いの」
読心でファレナが自分の事を信じたのを読み取って、ソリーソは、
「すぐに脱出しましょう、すぐに脱出しましょう大丈夫、私の魔法であなたも助けてあげるわ」
と言ってソリーソは魔力を貯め始める。
が、魔力が貯めれない。
(どういう事?)
「どうしました?」
と、ファレナにとっては突っ立ったまま動かないでいる姿にしか見えない、ファレナを読心しているソリーソを、心配そうに覗き見る。
「いえ、魔法が使えないの。おそらくこの部屋に結界が張られて魔力が遮られているみたい……。……ごめんなさい、脱出は、どうすればいいものか……」
ソリーソが眉をひそめ、鉄格子に寄りかかりながら言った。
「あっ大丈夫ですよ」
元気よくファレナが答える。
「牢屋は抜けれるんですけれど、でも抜けた後建物から脱出する時に掴まっちゃうなっておもってて、どうしようかとおもっていた所なんです」
「抜けられる?どうやって?」
ソリーソが首を捻る。
「私、ヨガやってるんです」
「……ヨガ?」
「はい」
ファレナは鉄格子の前までスタスタ来ると、徐に両掌を合わせ、目を瞑って、腕を捻じりながら天に伸ばす、脚の指先からピンと一直線に体を伸ばす体勢を取った。
そして、
「キャーーー!!化け物ーー!!」
ソリーソは屋敷全体に聞こえるかと思うほどの絶叫をして仰け反ってしまう。
幽霊といえど人間の体が異様に歪んでいくその過程は、とても直視できるものではない。
体が細くなるごとに、それに押されているのか目玉が徐々に飛び出していって、舌もにょろりと顎下まで垂れ下がっていき、体の方は服で見えなかったのが幸いして何が起こっているかソリーソには分からなかったが、袖から皮膚が垂れ下がって来たのだけ見えて、サッと目を反らした。
やがて、鉄格子の間を余裕で通り過ぎるほどの太さになった紐状のファレナは、クネクネしながら、のた打ちながら、
「うんっ!ふんっ!あふううぅぅんっ!」
急いでいたために艶声に似た声を発しながら、にゅるにゅるクネクネと少しずつ鉄柵の向こうに渡っていく。
そして外に体の全てが出ると気合を一発入れ、ファレナは捻じれたゴムが一気に元の姿に戻るように元の姿に戻った。
「よし、出れた!さて……鍵はどこかな?」
とファレナは探し始めた。
「確か、ここら辺に置いてたような……」
呟きながら左側にある箪笥をかたっぱしに物色していく。
「……、あった!」
ファレナは鍵を手に高く掲げ、どうだと言わんばかりにソリーソを振り向き見た。
ソリーソは、その満面の笑みに応えようと、引きつった笑顔でそれに応える。
「あと、ついでに武器もあった」
ファレナは一振りの剣を掲げる。
「あっそれ私の」
「ソリーソさんのなの?」
「ええ、それも持ってきてください」
ファレナは持って小走りでやって来ると、床に置き鍵穴に鍵を差し込んでいく。
「あなたすごい、というか……、すごいわね、あなた、さっきの……ヨガ?」
ソリーソは感嘆して言った。
と、鉄格子を掴んだ自分の左腕の袖がめくれて、そこに埋められている水晶があらわになった。
「えへへ、そうですかぁ」
ファレナが照れて、ソリーソを見る。
そして、ファレナは絶句した。目を見開き、鍵を刺し込んだまま動かなくなる。
ソリーソの方もそんなファレナを驚き見た。ソリーソは、一点を見つめているファレナの視線を追っていく。
と、袖がめくれて、あらわになった水晶を、ファレナが凝視しているのに気付いた。
「どうしました?」
「……その、水晶」
ファレナは驚愕して、茫然としたような顔つきになってしまって、うまく動かない口を動かしていく。
「あなた、あなたが……」
ファレナがゆっくりと牢から離れて行く。
(この水晶が犯人の証拠? どういう事?)
ファレナは震える体を抑えて、冷静になろうと自分に言い聞かせる。
「私はずっと、自分やお父さんを殺した相手を探してたんだ」
ファレナは水晶を指さした。
「ただ一つの犯人への手掛かりが、その埋められた水晶」
そしてじっとソリーソを見つめる。
「あなたなんですか!どうなのか言え!」
ファレナが鍵穴から鍵を抜き、持っていた剣を抜刀しソリーソに向けた。
「……なるほど、ヴァルデ博士の娘だっの、あなた……」
(馬鹿な、ありえない……)
とおもいつつ、ソリーソは戸惑いをうまく隠し、落ち着き払って話し出す。
「まず、あなたやヴァルデ博士を殺害したのは私ではありません」
「じゃあ、その水晶は!」
「この水晶は義体を動かすための動力源です、魔力を配給しています。私の手を触ってみてください」
と言って、左手を差し出した。
「何で触らなくちゃ」
「私の体は気の樹脂から錬成された物質で作られています、触ればすぐに人の体と違うのがわかります」
ファレナがゆっくりとソリーソに近づく、差し出された左手を触ると、確かに何かおかしいのがわかった。
爪が単なる絵であるし、骨の感触もなければ、血管も見えない。ソリーソの体は軟質のすごく弾力のある物質で出来ていた。
「見てください、関節も」
とソリーソは右手で左腕を持つと肘を伸ばしていき、そしてそのまま逆向きに折り畳んでいく。
ファレナは目を見開いて驚きながら、
「気持ちわる」
とつぶやいた。
「あなたに言われたくありません」
ソリーソはプライドが傷つけられて、ちょっとムッとしてそう言うと、話し出す。
「私は三十年前に全身に火傷を負ってしまって、ゴーレムの体を人に移植する、魔協の最新の救助手術実験によりこの体になりました。内臓以外、私はゴーレムなんです。この体は事故当時の私の体を模して作ったので、こんな小さな体だけど、本当は三十七歳になります」
「……じゃあ、あなたではないと……」
とファレナは疑わしい目で見ながら、つぶやくように言った。
「信じてもらうしかありません。それよりも、ヴァルデ博士の一家を殺害した犯人は処刑されていたはずです」
「違う!」
いきなりのファレナの叫びにソリーソはたじろいでしまった。
「犯人はお母さんじゃない!」
ソリーソがたじろいだのは、別にファレナが叫んだのに驚いたからではない。
(……この子、やはり本当のことを言っている……)
「そんな……、もしこの子の言う通り犯人は別だとしたらマガタマが狂ったという事になる……そんなこと……」
ソリーソの脳裏にヴァルデ博士の実験事件がよぎる。
「……誰かがマガタマに干渉した……」
ソリーソの中で、先ほどの魔道具ペンゼが思い浮かんだ。
「……魔力がマガタマを狂わせているという事を証明しようとした、あの実験……ノゲの今回の異常魔力……これは……」
その時、ドアが突然に開かれた。
「わぁ!吃驚した!」
入って来ようとしてたノゲは、牢から出てるファレナに驚いてドアを閉めて一回出ようとしてして、しかしすぐにドアを開け堂々と入って来て、
「どうやって出れたんです!」
落ち着き済まして、後ろ手でドアを閉めファレナに威圧するように屹立した。
「まったく、悲鳴が聞こえたから昼寝を中断して来てみれば、どうして大人しくしてくれないんです!」
「ファレナさん! 牢の鍵を!」
ソリーソはファレナに催促した。ファレナは少し迷った素振りを見せたが、鍵を持ち直し牢へと駆け寄っていく。
「ちょっと待ちなさい!」
ノゲの制止勧告に、ファレナは立ち止まった。
「手荒な真似はしたくないけれど」
と言いながら、ノゲは腰のあたりを手で探る。
「……嘘でしょ」
ノゲは手で探るのをやめ、上着を脱ぎ体全体を両目も使い探っていく。
「……馬鹿な……」
「どうしたんです?」
ソリーソが牢屋越しに尋ねるのに、吃驚してノゲは打ち振り向いた。
「いやっ、何でもない、それより、どうだろう、考え直してもらえないか」
「お前、武器持ってないのか?」
ファレナが言った。
沈黙して分かりやすい図星を疲れた顔のノゲを尻目に、ファレナは牢の鍵を開ける。
と、素早くソリーソは牢の外に出ると、ノゲに剣を突きたてる。
戦闘になると覚悟したが、
「待、待って、待って、落ち着いて落ち着いて」
以外にもノゲは両手を上げ、何ら害心などないことを必死に訴えてきた。




