目からビーム
ソリーソは、一つ一つの部屋をゆっくり巡っていく。
全ての部屋が装飾を施され、お高く留まったインテリアがソリーソを出迎えた。
一階を隈なく確認していって、ソリーソが厨房に入ると、真ん中のテーブルの上には鶏団子に、それ入れるであろう、竈の鍋は煮込まれてあるだけで、室内は無人だった。
(……誰一人いない……女中はどこへ行ったんだろう?)
ここが一階の最後に見て回る部分である。誰一人いなかった事に強い違和感を覚えて、立ち止まる。
「料理を作ってらしたんですか?」
と後ろをついてきていたノゲに尋ねた。
「はい。それが何か?」
「いえ、しかし誰も見当たりませんね」
「ああ……おそらく、私達の事を察していなくなってくれたんでしょう」
「そうですか……」
(また嘘か……)
ノゲから、本当は自分と出会わないように移動している事が読心できた。
(しかし、なぜ私と出会わないようにする必要が?)
ソリーソは二階に上がっていく。
やはり二階にも誰もいない。
最後に、残る地下を調べるために階段を降り、斜向かいにある地下への階段を降りていこうとすると、
「先行しますよ」
とノゲが言い右手の伸ばした人指し指の先から、光る光の玉が現れ、暗い階段を照らしだす。
先行され入った地下室は長方形の何もない広異空間が広がっていた。
入ってきた扉側の左右の壁にドアが一つずつ、床は真っ平に練磨された石畳になっている。
柱も何もなく、天井はアーチ状の梁によって支えられた、奇妙な空間であった。
ノゲがもう三個パッカの光球を作り地下室全体を照らすようにちりばめる。
ソリーソが明るくなった地下室を眺めると、入った時は気づかなかったが、部屋の奥に台があるのに気が付いた。
「何ですか、これは?」
台の近くに寄ると、腰の高さの石台には繻子の布が被せてあって、丸く膨らんでいる。
「お見せしましょう」
ノゲはおもむろに布を取り払った。
「人工の水晶です、魔道具と化しています」
石台の上には窪みに、真っ黒な丸い水晶が置かれてある。
何かとても柔らかそうな素材でできているような、本当に水晶なのかと、疑うフォルムをしていた。
「一体何に使うために手に入れたんですか?」
「爆弾の実験用に。強力な爆弾があれば、今まで登って超えるしかなかった山にトンネルを掘れます、交通の便は劇的に良くなるでしょう」
(協会に対する攻撃のために、盗んできた!?)
「ガンキではすでに二つもトンネルを作り、交通の便が劇的に向上しています」
「この魔道具にある魔能は何なんですか?」
「エネルギーを吸収してくれるんです」
そう言ったノゲの言葉が嘘だと、ソリーソは読心で見破っていた。
(本当は、魔力を増大させる魔能……)
じっと台の上に乗った球体を見つめる。
(そうだ、これ、ヴァルデ事件の際使われた魔道具ペンゼだわ! これはつまり!)
「もう良いですか?」
と、ノゲは布が被せ、入ってきた扉の方へ歩き出していく。
ソリーソはその後を距離を置いて歩いていく。
「……私の事は調べ済みで?」
ノゲは歩きながらファレナを振り向きもしないで尋ねた。
「昔、あなたは、ガンキ魔力研究所で、に、居ましたね」
ソリーソはそう言った。
ソリーソは、ノゲの事は調べてない。
しかし今、ノゲがおもっていることを読心しながら、そのままその内容を口にしただけだった。そのため、詰まり詰まりになってしまった。
「そうです」
ノゲは急に噴き出し笑った。
「ふふ、ヴェルデ博士は私の同僚だった事がすべての始まりです」
ソリーソが素早くノゲの方に体を向け、剣の柄に手を伸ばす。
読心はノゲの殺気を読み取っていた。
「私は魔能、一球入魂から作られるゴーレムを移植元にして、欠損部位のある人の治療に役立てれないかという、研究をしていました」
(ん?それって……)
「彼とは親しく付き合ってました」
ノゲは左の壁にあるドアを開けると、長く細い廊下にパッカを飛ばし、向こうまで照らした。
「神器の研究をしていた彼はある重大な発見をしました……教会と魔協が何としても隠しておかないといけないほどの」
「……」
長い廊下をノゲは先行して歩いていく。
(魔力も十分な量……いつでも戦闘になっても大丈夫……)
ソリーソは緊張しながらノゲに続いく。
「ここは食料の貯蔵庫ですね」
とノゲは廊下にあるドアを開いて中を見せた。
少し遅れてソリーソは後をついて来ていたソリーソが中を覗くと、ノゲの説明通り所狭しと食料が積み上げられている。
ノゲがドアを閉め、再び歩き出した。
ソリーソは、
「たしか、ヴェルデ博士は幽霊化の原因が魔力の作用によるものであるとの研究だったと記憶していますが……」
とノゲに尋ねた。
「そしてその証明のための実験を行ったことにより追放されました」
「神器ツルギの魔力が。神器マガタマを狂わせているという事を証明しようとした、あの実験の事ですよね」
廊下の先まで来ると廊下は左に折れている。最初に入った広い部屋を囲むように、コの字型に廊下があった。
「昨日の朝と昼、二回実験をしましたので、おそらくその時の魔力の変動を探知されたんでしょう」
「……何の実――」
ソリーソの発言を遮って、
「お待ちしておりました、しかしまだ準備が整っていないんです」
ノゲが静かに、しかし語気の強くそう言った。
「……」
発言の意図がつかめないソリーソの顔が固まる。
「教会と魔協の対立に巻き込まれて、同情しますよ」
「……、……何言ってるんですか?」
ノゲが鉄製のドアの前で立ち止まった。
「そうだな、あなたへの憐れみと、被験者への説明義務という所かな」
と言いながら、ドアを開く。
中は二十ジョー(約二十畳)の部屋を鉄格子が二つに割って、牢の中には白装束の女の子が、眠っているのか、ベッドに横になっている姿がソリーソの目に入った。
部屋は明かりはパッカの光球が牢内に一つと外に一つ、端に正方形の机が一つと赤い椅子が一つ置かれて、天井まで届く箪笥が隙間なくずらりと並べられ、壁というものがほとんど見えない。
ドアが閉められた。
と同時、そのノゲの双眸からビームがソリーソに向け照射される。
読心で読んでいたソリーソはサッと横に躱して剣を抜き去ると、切っ先をノゲに向けた。
双眸から放たれたビームはすぐに勢いを無くし、放物線を描いてノゲの前方四五歩ほど歩いた所に落ちては眩い光を発し消散していく。
返す刀で斬りかかろうとしたソリーソはたじろいでしまった。
ノゲのビームはまるで尿切れが悪い小便のように、ちょろりと出ては、またちょろりと出て、たまにビュンッと勢いよく照射されるのを繰り返していたのである。
ビームの出が意識的なものではないため、ビームの出が読心による先読みでも予測できなかった。
「あなたは読心であることは分かっています」
魔力を液状にして飛ばす魔能「目からビーム」は、それこそ原理は小便と同じとおもって良い、体に貯めた魔力を水鉄砲と同じ原理で目から飛ばす魔能である。
勝手に流れ出していく魔力を、目を細めたり開いたりの発射口の調節に加え、角膜と水晶体のピント合わせによって、コントロールしていく。
目をそばめ遠くを見ようとすると、ビームは最長二リン(約八キロメートル)飛ばす事が可能で、魔能の中でも攻撃範囲は最長を誇っていた。威力も一リン半離れた所からでもラーパの体を貫くほどであり、非常に高い。
ただ、両目からビームが出るために、視界が全くなくなるという大欠点がこの魔能にはあった。
接近戦を実に苦手としていた。
なのでノゲは、ビームを出るに任せて駄々漏らしにしする、この魔能を持つ者にとっての基本戦術、通称「ちょろり出し戦法」を取っている。
こうしておくと一瞬だけ止まった時に辺りを確認できるのだ。
「ハァッ!」
ソリーソが右手人指しを突き出した。
指先から放電された電気が小枝を空中に無数に作り視界を悪くした、その刹那、閃光とバチバチッと破裂音を立てて、ノゲ目掛け電撃が飛んで行く。
腹部にバリンが直撃したノゲは何事もなかったように、ちょろり出しながらこちらに近づいてくる。
驚き後ずさるソリーソがもう一度バリンを、今度はノゲの顔面目掛け撃ち放った。
(バカな!? どうして!? 痺れて動けなくなるはずっなのにっ?)
ノゲは双眸からビームを勢いよく照射し、ソリーソに迫る。
読心で読めていたソリーソは簡単に身を翻し避けたものの、動揺を隠せない。
ソリーソは剣を構える。
(なんとか背後……側面でも良いから取らないと)
読心と相性の悪いちょろり出し戦法に、前方からの攻めをソリーソは絶念せざるを得なかった。
(ビームが出て相手がこちらを見失った瞬間に……)
と、そう考えていると、ビームがいきなりビュンッと伸びてくる。
「きゃああ!」
驚いて悲鳴を上げながら咄嗟に横に避ける。
ビームの当たった服の端が焼かれて抉れてしまった。
ノゲはビームを照射しながら、ソリーソに攻撃を加え追い詰めていく。
あの傷では左脚はもう動くまい――ノゲはそう考えて、猛攻に出た。
ちょろり出し戦法に成す術ないまま、ソリーソは壁際へと追い詰めてられていった。
なすすべなくも後退していくしかない。
そうして、ソリーソの背中が、ついに、壁に付いてしまった。
ノゲが勝負を決めにくる。 今だと、読心で読んでいたソリーソも勝負を決めにいった。
――左脚で踏み込む。ノゲの背後に回ることにソリーソは成功した。
ソリーソの目の前で、ノゲは明後日の方向にビームを照射している。
この隙を逃すわけにはいかない。
ソリーソは剣を振りぬき、ノゲの左腕を切断する。
「ぎゃあああああっ」
ノゲは悲鳴を上げ、目からビームが噴火するように照射したので、部屋全体が眩い光に包まれた。
ノゲの暴発するビームにより、天井が崩れ、瓦礫がソリーソ目掛け降ってくる。
と、瓦礫が頭に直撃し、ソリーソの意識が途絶えた。




