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#1 暗闇の敵

 「……っ、間に合わなかった」


 フードを被った人物が走る。

 この異様な空間を。

 壁や床のすべてが漆を塗ったような真っ黒な木目の模様が走っている。

 奥を覗くほどブラックホールに吸い込まれるような闇の中を駆け進む。


 ──おそらくこの爆発、成功させてしまった。だが、やつらにとって予想外のことも起きたと考えるのが妥当だと思う。


 「ぐっ……」


 フードの人物がよろめく。

 足元が崩れたのだ。一瞬、足の力が抜けたような浮遊感を感じ下へ落ちる。

 すぐさま、崩れた瓦礫の突起を掴んでは宙にぶら下がった。

 突き抜けた床から風が吹き抜ける。

 下を見ると、小さくアリのように大量にうごめくものがある。

 アリではない。人間だ。ここからではあまりにも高いため小さな粒にしか見えない。

 粒に注目すると、慌てた様子で放射状に離れていく。

 老若男女問わず恐怖に顔を引きつらせ逃げているようだ。


 視点を変えよう。フードの人物を中心に視点を広げていく。

 塔だ。外から見ると、白と灰色で装飾された彫刻をまとう塔の最上階であろう。

 塔の最上部からは破壊の痕跡と土煙が立ち上がる。

 フードの人物は塔の上部にある突き出た部屋の床から下へ脚を垂らしている。

 手を伸ばして崩れた床を這いあがると、フードの人物はまた走り出す。


 「もし、いるならここだ。この先は危険すぎる」


 黒い扉を押し開けるとフードの人物は愕然とした。

扉の奥は高熱が吹き荒れていたのだ。

 広がる部屋の至る所を抉り、赤熱とし崩れた表面は溶岩を彷彿させる。


 「流石にこれは……」


 フードの人物は諦めたように口元を歪ませ踵を返す。


 「うっ……、いてぇ」


 ──まさか……。


 黒い扉のそばに山になっている瓦礫の下から聞こえるうめき声に驚く。

 すぐさま瓦礫を退かすと、中から青年の頭が見えた。

 黒色に傷のような青色をした髪は無造作に乱れている。


 「ふ、ふふふ。あっはははははは」

 「え、なに。どゆこと。どういう状況。」


 フードの人物は高らかに笑う

 困惑する青年をよそに口を大きく開けて身体を抱える。

ふう、と一呼吸置くと青年を見つめ質問する。


 「君、名前はなんていうんだい」

 「……(あめ)(ばな)(しょう)といいます」

 「ショウが名前かな? おっけ、僕はリル・オータムだ」


 リルと名乗る人物はバッとフードを上げると快活に微笑む。

 水色の髪に琥珀色の瞳、フードコートの下にはショウが知っている服装とは違った風変わりな格好をしていた。


 「よし。今から助けるからね」


 そう言うとリルは右腕を横に大きく薙ぎ払う。

 するとショウの上に山積みになっている瓦礫を吹き飛ばした。

 一人の人間が埋もれて動けなくなるほどの瓦礫を腕の一振りの力で退かしたのである。

 間一髪で避けたショウは何が起きたか分からず困惑する。


 「ショウ、逃げるぞ。」


 ショウの手首を掴み引っ張るとそのままもと来た道を走る。

 風に靡く鯉のぼりのように引っ張られていく。


 困惑をよそにリルは先ほど崩れた床から飛び降りる。


 「うわぁあああああ」


 抵抗する間もなくショウは塔から落下する。

 太陽は傾き、夕刻に入ろうとしていた。



 ──────



 「はあはあ」


 ──お、俺はどこにいるんだ。なんなんだ。光に包まれたと思ったら何かに押しつぶされるし。いきなり知らないやつに助けられたと思ったら、くっそ高い所から落とされるわ。夢か?夢でも見ているのか俺は。


 周りを見渡すと、落ちてきたと思われる巨塔と人がいたと思われる形跡。そして、鬱蒼と茂る森林に囲まれている。


 ──俺は確か、母さんに頼まれた物ついでに少し買い物して家に帰ってきたんだ。夕方なのに暑かった。我慢できずにお茶飲んでペットボトルを捨てるところも覚えている。その後か?暑さでぶっ倒れたのかもしれない。だとするとこれは夢だと合点いく。


 「困惑しているところ悪いけどこれは現実だよ。夢ではない。君は無理やりこちらの世界に連れてこられた被害者なんだ。申し訳ないけど、僕はどうすることもできない。」


 考えていることを見透かされるように現実を突きつけられ、次々と理解しがたい話をつらつらと述べられる。整理しきれない情報量に頭がパンクしそうになる。しかし勘が告げている。これはおそらく嘘ではない。

 突如、波にように感情が全身を襲う。

 絶望だ。

 この何もわからない場所、状態。不安にならないわけがない。常人ならそうだ。


 「で……」

 「……お、俺を雇ってください!」

 「……え?」


 リルが続けて口を開く瞬間、頭を下げて懇願する。

 不安に胸が苦しくなりながらも腹から出した声は震えながらも力強かった。

 振り絞った。声を。そして考えを。その結果が自身を雇ってもらうことであった。

 当然、ショウの心中がどのような経路を辿ってこのような考えになったか知らない。リルは唐突に言われて困惑するだろう。


 ──今は全く分からない。だが、俺をあそこから助けて連れ出したこの人はいい人だと思う。違う世界みたいだがなぜか言葉は通じる。見苦しくても助けてもらわなくては。なら、住み込みバイトをする。助けてもらう見返りだ。


 ショウの弱々しくも今を必死に生きようとする力には驚くべきものだ。リルの眼にはそう映ったのだ。


 「……いいよ。じゃあ、僕たちは仲間だ。あと一人、僕の連れがいるんだけどここにはいないんだ。付いて来て」


 にやっと口角を挙げたリルは樹海に向けて歩を進める。

 正直、一抹の不安は拭えないでいるショウだが付いて行くしかないだろう。


 「僕の連れに会うまでにあらかた話しておこうか。まずここは君の知っている世界とは全く違う世界。多分、住んでいる星が違うのかな? そこはよくわからないけど別の国に来たと思えばいい。君は転移したんだ。僕たちの世界の勝手な奴らがね」


 「転移? あのラノベとかアニメで流行ってる、別の世界に迷い込んでしまうやつか?」


 「そう。話が早いね。らのべっていうのは知らないけど合っているよ。いわゆる神隠しってやつさ。隠したのは神ではなく人間だけどね」


 ──なんてこった。最近はまりだした世界観に自分が入り込むなんて。物理的に。まてよ。だったら、俺がアニメを観てきた限りでは……


 「じ、じゃあ俺はこのまま帰れないかもしれないのか?」


 「……わからない。少なくとも僕は断言できない。別に、もしかしたらって希望を持たせるために言うわけじゃない。けどこの世界では絶対はない。そして、なんにでも可能性があって、その可能性が実現しやすい世界に君はいるんだよ。どういうことかはあとで教えるし、分かってくると思う」


 「……そうか。ありがとうございます。少し安心した気がします」

 「おっと、敬語はいいよ。仲間なんだ。別に僕は君の上司じゃない。もう一人の連れは微妙なとこだけど、僕はため口にしてほしい。その方が楽だからね。名前もリルって気安く呼んでくれよ」

 「わかった。俺のことは晶って呼んでくれ。リル」

 「さっきから呼んでたけどね。ショウ」


「で、話を戻すとこの国はアーガンタイト王国。覚えておいても損はないよ」

 「そうか。なあ、この世界には魔法はあるのか?」


 ──さっきから気になっていたことだ。ワクワクというかドキドキしてきたな。少し安心したからか? 


 「ああ、言い方は時代や地方で色々あるけどあるよ。俺はスキルって呼んでいる。」

 「スキル。魔法と違うのか?」

 「いや、スキルは一人ひとつしか持ちえない特殊な能力。言い方は違っても全部同じものだよ。」

 「特殊ということは、全員が持っているわけじゃないということか?」

 「そうだね。スキルを持っているのは多くはない。けど、君には素質がある可能性が大だよ」

 「え、それって……」


 次の瞬間。

 ショウの言葉を遮るように、黒い塊がリルの脇腹を襲う。

リルは「ぐっ……」と小さく呻くと茂みの中に飛ばされる。


 ──なんだこれ。何が起こった


 困惑するショウの視線の先には鞭のようにしなる木の枝があった。

 触手のように空中をうねうねとしなる黒い枝は次の目標めがけて襲ってくる。

 顔に勢いよく伸びてきた枝は空を切り地に突き刺さる。

 辛うじてだが強襲する枝を避けた身のこなしは猫のように速かった。


 ──今まで筋トレとジョギングしてきた成果だな。これは。リルは無事なのか。どうする? ラノベの知識があっているかどうかは知らないが、おそらくこいつはモンスターだ。もしくはリルが言っていた能力を持つ者の可能性。俺は何もできない。できることといえば……


 「リルを助けてここから逃げる。それしかない。」


 危機的状況の中、自身に出来ること冷静に選択し行動することができるのは彼の強さか。それとも、この世界が彼をそうさせるのか。それは誰にもわからない。

 しかし……


 「うぐっ……」


 ──これは、地面から生えているのか。


 地面から生える黒い木の根は腹部目掛けて伸びる。

 刹那の中、彼の反射神経は両腕を防御に転じた。

 常人には考えられない速度である。

 それでも、襲い掛かる魔手は彼の身体を蝕んだ。

 青年の身体がサッカーボールのように飛ばされると樹の幹に背中を強打する。


 ──ヤバい。俺も死にそうだが、リルから遠退いてしまった。もし気絶していたらアイツに殺されてしまうかもしれない。


 死の淵に立ちながらも彼の眼は依然と輝いていた。


 太陽は沈み始め赤く世界を照らしている。


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