#0 光に刻まれて
「あれ?今、太陽青くなかった?」
強烈な日照りが差すコンクリートの街並みの中で一人空を見上げつぶやく。
沈む太陽は白く輝き、空を赤く染め上げる。青色に見えるはずもなく。
──普通か。暑さで頭イカレたか?くっそ、夕方だってのにまだ暑いな。
日本。記録的な猛暑など毎年のように更新する夏。
そんな青年はビニール袋を片手に舗装された道路を歩く。
真っ黒な髪と眼。薄いTシャツにジーパンにシューズを履いている。
おしゃれ着ではない。何も考えずに部屋着のままの服装で外をほっついている格好だ。
おそらく、思い立ったら即行動したのか、または面倒くさがりながらもおつかいに出たのかもしれない。
ペットボトルに入っているお茶を飲み干し、自動販売機の横に設置してあるゴミ箱に捨てるとマンションに入っていく。
上矢印を示したボタンを押すとエレベータはゆっくりと開く。
普段より少し大きく歩幅をとり、ドアの隙間を踏まないように踏み越える。
「……あっ」
自身が昇るはずの7階。その下にある6階ボタンを押してしまった。
急いで6階のボタンを連打する青年。バグなのか連打によって一度ついたボタンの点灯がまた消えてしまう。技術者から見れば、やってほしくない使い方、ワースト10に入るのではないかと思える使い方だ。
その行為、つまりボタンの連打と関係なしに……。いや、そうとは言い切れないがこの不可思議な現象はたった今起こっている。
……ボタンの消灯のことではない。もう一つの現象だ。
「……っ、なんだ、コレ。」
そう、エレベータの天井に起きている現象だ。
天井から、ドロッとした液体がゆっくりと垂れてきているのだ。ソレは白く、うっすら青く発光している。蛍光灯の白い光は切れ、そこには白と青の光が漂う。
「ちょ……まっ。なんだコレ。なんだコレ」
青年の焦りと驚き、恐怖はもっともだろう。しかし、抗っても時間は進む。つまり、この不可解な発光現象は、止まらずに進行し続ける。
発光液体は、ゆっくりと変形をはじめクモの巣を模った。ピンと張られた、青白いクモの巣だ。
「チン」。目的階に着いた。そう判断した青年は、急いでドアから出ようとする。その瞬間だった。
フッと、青白いクモの巣は青年の体を通過して、エレベータの床も通り抜け消える。
謎の青白い光は消えたのだ。幻想的だが、不気味で奇妙な現象は消えたのだ。……であるならば、なぜエレベータ内にいる青年がはっきり見えている。ドアは開いていない。開いていないのだ。外の光は入り込まない。黒い箱のようだ。では、蛍光灯が復活したのか。いや、違う。何が起こっているのかは、青年が一番よく知っている。いや、理解はしていない。だが、ありのまま起きたことなら説明できるだろう。
「……体が、ぼろぼろに崩れて光っている?」
現象は、また次の現象を起こす引き金だった。真下へ、垂直に通過した青白いクモの巣は、青年の体に跡を残す。崩れた箇所は、クモの巣と同じ青白い光を放ち、霧散する。
霧散した光の粒は、暗い箱の中を蛍のように浮遊し、満たしていく。
頭から目、あごにまでかけてできた光の傷は、目を眩ませた。
そんな眩んだ目で微かに捉えた、木製の黒い扉は青年の希望であった。この場から逃げ出すための最後の希望の暗闇だった。
ドアノブを回し、勢いよく飛び出る青年。
――――飴花晶。
その先に待っているのは、こんな現象など奇妙な神秘の一部に過ぎないことを青年はまだ知らない。
そう、不安定で不確かで不可思議な世界へ。どうぞ、よろしく。