各務鏡子の鏡ばりの部屋
「今夜、わたしの部屋に来ない?」
大学のマドンナ、各務鏡子から唐突に話しかけられた。
彼女は3年生で、色白でほっそりとしており、大和撫子を絵に描いたような儚げな美女である。
対して、俺はほっそりしたといえればよいが、ようは肉付きの悪いヒョロヒョロの冴えない1年生。モテた試しがない。いや、はっきりいおう。恋人がいたこともない。
同じ美術部に所属しているとはいえ、そんな俺にどうして彼女が? 何かの間違いではないだろうか?
「文化祭用の絵を家で描いているのだけど、アドバイスをもらいたいの。銀木くん、センスがいいから」
何だ、そういうことか。
確かに、この前の展覧会で賞をとった。それが原因で、部活の副部長をしている先輩にやっかまれて大変だったのだが、彼女は違ったらしい。年下でも、俺の実力を買ってくれたのだろう。
その副部長も最近めっきり姿を見せないし、今のうちに彼女と親睦を深めてもよいかもしれない。男なら誰しも、あわよくばという下心はあるものだ。
「行かせていただきます!」
俺は、二つ返事で了承した。
「さあ、上がって」
鏡子は大学近くのマンションで部屋を借りて、一人暮らしをしていた。なかなかに家賃の高そうな外観だったが、中はもっとすごかった。
「うわぁ……!」
ミラーハウスのような鏡ばりの部屋だった。縦長に見えるものや、太って見えるものもある。とにかく、凝った造りだ。
「わたし、鏡が大好きなの。下手な絵を飾るより、よっぽどいいわ」
美術部員らしからぬ言葉だが、ひどく納得した。彼女自身が、一種の芸術作品のようなものだ。その辺りの画家では、裸足で逃げだすだろう。
そう思ったとき、彼女が奥の扉を開けた。
「ほら、見て」
暗い部屋の中には大量の姿見があり、見知らぬ男たちが映っていた。いや、一人だけ知っている顔がある。例の副部長だ。
まさかこんな場所で出くわすなんて。どういいわけをしたものかと思いながら、部屋に入る。
しかし、明かりがついても、当人が見あたらない。副部長どころか、まわりの男たちも。鏡には映っているのに、どこにもいない。
「何これ、マジックミラー……?」
いや、違う。男たちの顔には、怨嗟の色が浮かんでいた。
「鏡に映ったものは、綺麗だと思わない?」
いつの間にか背後にまわりこんでいた彼女が、一枚の鏡を指さす。その鏡だけ、誰も映っていない。
「才能のある人も好きよ。思わず、集めたくなっちゃう」
各務鏡子が、ニコリと笑った。