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読める男

作者: センサイ

はじめに


 これは小説ではない。


 今これを読んでいるあなたが、私の文章を一人の愚かな人間が描いた妄想だと捉えるなら、本書を閉じるなり鼻で笑いながら読み進めるなり好きにして貰って構わない。本書を読むことにより「心を読む能力」を会得したところで、(悪用しない限りは)損する場面の方が圧倒的に多い。真っ当に生きたいなら尚更である。なお、私は本格的な物書きの経験が一切無いため、煩雑な文になってしまう事をお許し頂きたい。


 予め言っておくが、本書は私個人の感覚、圧倒的主観と経験を基に進めさせていただく。よって論文の引用などはあまり行わない。科学的根拠を求める方は、本書を元に類似した事象について研究している論文を探すか、卒業論文の題材にでもして自ら確かめてしまうのがよかろう。


 なぜ今回このような文を書くことにしたのか。それは、この力を何らかの形で世に残しておかなければならないという考えに至ったからである。私が今まで感覚でしか感じ取れなかった、心を読む能力のメカニズムを多少なりとも文章化する事が可能になったというのも大きな要因である。


 本書を製作するにあたり、私は自身の特定を避けるため細心の注意を払っている。本サイトの登録に必要なメールアドレスから私の正体が炙り出されぬよう本書専用のGmailアドレスを作成したり、プロフィールの生年月日を1896年1月1日(もちろん嘘である)にするなど...一つ一つは単純ながら、骨の折れる作業であった。しかし、万が一この力が周囲に明るみになってしまった場合、私の今後における社会的な立場が脅かされかねないので仕方がない。


 散々、駄文散文を書き連ね、やんわりと本書の閲覧を中止するよう忠告したにもかかわらず、ここまで読み続けている者は、余程の暇人か、酔狂な本の虫か、好奇心の塊のような人物であろう。本気でこの力を得るつもりなら、どうか世のため人のために役立てて欲しい。本書によって誰かの心が救われるなら、私もこれを書いた甲斐があったというものだ。

 この力が悪用されぬ事を切に願いつつ、本題に入っていくとしよう。


 あなたは人の心を読めるようになりたいと思ったことがあるだろうか。

意中の人が自分の事をどう思っているのか知りたい、過去に手酷い裏切り行為を受け、もう二度と騙されたくない…各々、この力を求める動機は異なるだろう。この「心を読む能力」で、相手の本心を見抜くことは可能なのか。


 結論から言うと可能である。

この章では、私の実体験に多大な脚色、嘘を織り交ぜた例を元に「心を読む能力」の基礎を記していく。


まずは一番簡単な例から考えてみよう。


 夏のある朝の事である。その日は朝から天気が荒れ、地域一帯がバケツをひっくり返したような大雨に見舞われていた。

 あなたは通勤のため、いつも通りバスに乗車した。職場最寄りのバス停に到着し、乗客数人が数珠つなぎに運賃を支払い下車していく。あなたは列の最後尾につき、バスを降り、傘を広げて職場へ足を踏み出そうとした時、ふと隣にいる青年に目が行った。

 一足先にバスを降りた青年は、バス停の屋根の下で道路とは逆方向、大きな駐車場の奥に建つ公民館を上目遣いで見つめていた。眉尻と肩は下がり、いかにも(しょんぼり…)といった様子で立ち尽くしている。

 今この場にいる人物は、あなた・青年・次に停車するバスを待つ乗客数人のみ。他の人たちは公民館及び隣接する施設へ既に向かい始めている。


 この時、この青年の心の内はどうなっているだろうか。答えは、「何らかの事情で傘を持たずに公民館周辺まで来たものの雨は止まず、かといって赤の他人へ傘に入れて欲しいとも言い出せず困り果てている」である。

 そんな事は自分でも分かる、と考えた方も多いであろう。実際、これほど分かりやすいものであればシチュエーション・ジェスチャー・表情をきちんと捉えれば推察が可能である。特に表情は、相手の心を読む上で大きな鍵となる。


 微表情心理学というものをご存じだろうか。かくいう私も最近知った言葉である。この学問は、一瞬のうちに現れては消える人間の微細な表情について研究するものらしい。私の体験に基づいて言えば、およそ人の本心が表情に現れるのは0.1~0.05秒ほどである。個人差はあるものの、年齢が若いほど微表情が表に出る時間が長く、年配の人ほど短い傾向があるように感じる。


 もう一つ、相手の心が投映されやすいものがある。それは声である。人の耳とは高性能なもので、ほんの些細なトーンの変化も聞き分けることができる。相手の気分に高揚感が見られる時は、高音域が伸びやかになり、苛立ちが見えるときは高音部分が僅かに潰れ、くぐもった低域が前に出てくる。但し、声・表情どちらにも言えることだが、まずは相手の心が平静を保った状態、基準値を知っておかなければならない。


 基準値を知る方法はタイミングによるが、表情は「はじめまして」の笑顔が消えた瞬間を見るのが一番手っ取り早いと思われる。声に関しては、初対面のうちはメッキが施されている場合も多いため、あまり当てにしない方がよい。なお、総合的な心の情報量は声の方が多く含まれるため、親密になるほどに声で察知する割合が増えるという逆転現象が起きる。


 前章では「心を読む能力」の基礎を記した。長々と書いたが、要約すると「感情と共に現れる身体反応の一般的な癖を知る」事である。だが、これだけでは心を読むには至らない。相手の心を完全に把握するためには、個人の癖まで手を伸ばす必要がある。少々気が引けるが、ここ数年で出会った人たちの興味深い癖を一部紹介していく。


T:午後になる、もしくは疲労が溜まると返事が伸びる(例:「はい」→「はーい」)。異性との交際が始まったり、交際が順調な時は返事の「は」と「い」が常にくっつくため、午後の返事は「はいー」となる。なお、フリーの状態で良い出来事が起きた時は、上記の変化は発生しない。喧嘩別れをした時などは頷くだけか、さらに返事が伸びる。


M:体調が優れない日は、後ろ髪のセットが乱れるのが特徴。ある時から、鞄を開けたまま帰宅しようとしたり、歩行中に椅子に足をぶつけるなど、以前は見られない不注意行動が見られ周囲に指摘されていた。その数か月後に職場を休みがちになり、精神疾患を患ったと聞いた。不注意行動は発症の前兆だったと思われる。


S:嫌なことがあった時、友人から「大丈夫?顔死んでるよ?」と言われるほど感情が表に出る人物。惚れた異性と目が合ったとき、反射的に目を下へ逸らす癖がある。人間的なスペックがポンコツなため自嘲気味になりながら文章を綴っている。もうそろそろ髪を切りたい。


 これまでのステップを整理すると、


①「感情と共に現れる一般的な身体反応を知る」

②「個人の癖を見抜く」


 以上である。2行で終わってしまった。今まで書いてきた努力は何だったのか。なお、個人の癖は別人の似たようなものでも同じ意味を持つとは限らないので、断定には少なくとも1~3ヶ月を要する。半端な読み方であったり、安易に決めつけてしまうと人間関係のトラブルに繋がる恐れがあるので要注意だ。


 ここまで「心を読む能力」をさも超能力のように扱ってきたが、実のところ私は「心を読む能力」を超能力めいたものだと考えていない。多くの人がそれほど他人を気にしていないか、心を読む前段階の「勘が鋭い」程度で留まっているだけの話ではないかと思う。


 最後に、この力を持つことによる危険性についても記しておかねばなるまい。

 本書へ興味を持った方の中に、メンタリスト Daigoさんの事をご存知の方も多いのではないだろうか。彼は恐らく、この能力を後天的に獲得した人物である。彼は血の滲む努力の末にこの力を手に入れ、最大限に活用することで莫大な富、地位を手に入れた。だが、ホームレスの命を軽視する発言により、多方面から批判を浴びて活動が一時的にストップしたというのも記憶に新しい。


 彼の発想や過去の発言には看過できないものもあるが、人に理解されない苦しみを数多く味わった人であるとも思う。「アナタの事が嫌いです」と顔に書いてあるのに、相手の表向きの反応は好意的だったとき。以前はフラットな関係を築けていた人から、徐々に富や権力を持つ人へ擦り寄る浅ましさ、狡猾さを感じるようになってしまったとき。自分がどう接し方を変えても、相手から感じられるのは明確な敵意のみだったとき。

 信頼できる人に相談したところで「あの人はそんな風には見えないけどなぁ」と共感されないどころか、自分から離れて行ってしまう事を恐れ、相談すら二の足を踏む。


 「自分にとって必要のない命は軽い」


 これは彼が物議をかもした発言の一部だが、彼にとってこの発想は、優性思想ではなく彼が人生を歩む上で身に着けた防衛機制ではないかと思う。

 防衛機制とは、不安やストレス等の心理的危機にさらされた時、自分を守るために起きる心理的メカニズムのことである。

 前述したような状況に直面すれば、我々の心は傷つく。その時、彼は


 「こいつは僕の敵だ。もしこいつの身に何かあっても、こいつは救わない。」


 こう心の中でこき下ろす事で、心の安定を図っていたのではないかと思うのだ。そうやって自分の中で絶対的な味方を選別する。その姿勢が、今回の炎上騒動に繋がったのではないか。


 本人と直接的な交流は無いので確かめようがないが、少なくとも私はそういった他者に理解されづらい痛みを長年味わい続けてきた。

 もし、あなたが「心を読む能力」を習得した場合、私と同じような心の痛みに苛まれる可能性がある。そんなものを好き好んで味わう必要はない。喜びを感じるよりも、痛みを感じることの方がずっと多いのだ。


 一度、人の心を読めるようになってしまえば最後、読む前には二度と戻れない。この力は、場面によって読む・読まないといった融通が利かないのである。


 もうひとつ、念押ししておかなければならない事がある。特に草食系男子諸君。君たちの中に、この能力に恋愛における強力なサポート機能を期待している者もいるかもしれない。

 確かに、この能力は恋愛において好感度のバロメーターに近い役割を果たす。ゲームのように選択肢は用意されてはいないが、自分の行動によって相手の好感度が上昇/下降したかの判断基準としては有用である。

 しかし、この能力には重大な欠点がある。相手の好感度が一瞬にして0になる瞬間まで分かってしまうのだ。そうなるともう取り付く島もない。デート中であれば別れ際、もしくは当日夜~数日後にLINEで交際終了を告げられる事まで想定できてしまう。同棲している場合は話し合いの前から身辺整理まで考え始める始末である。


 人生は一冊の本と似ているとはよく言ったものだが、それになぞらえて言えば私の人生は完全に禁書である。この力が研ぎ澄まされていくほど、交わらないものが見えてくる。


 この本を書いているうちに、孤独を嘆き誰かに見つけて欲しい自分を発見した。あぁ、そうか。寂しかったのだ、私は。知っていながら、知らない振りをしなければならない事が。他者と自分の間には、決して交わらないものがあるという事が。

 誰かに私の苦しみを見つけて欲しいからこそ、人の興味をそそりそうなタイトルを考え、読み進めてもらえる文章を推敲している。そんな私は今、どんな顔をしているのだろう。


 頼む、誰か助けてくれ。


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