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人を虜にする美というもの

「最悪の事態が起こったわ」


私は重々しくキャリンに告げた。

キャリンはきょとんとした顔で私を見る。


「シミ・ソバカスが一気に増えてしまったのよ!」


数日間すっぴんで青空の下にいた結果である。

特に砂漠は日が強いと聞いていたのに油断した。

キャリンが全く気にしていない口調で言う。


「それがどうしたの。私なんかシミだらけよ?外にいれば当然そうなるわ」

「美意識の問題よ!」


叫ぶと私は今晩の宿の庭に飛び出した。

庭にあったビワの木から葉をブチブチと取ると、細かくちぎった。

あっけにとられるキャリンをよそに、宿のお茶箱の一つから乾燥させたカミツレを勝手に取り出す。


「何か瓶はない?」

「とりあえずコップは?」

「うーん、それでいいわ」


本当はもっと材料があればいいが、これで我慢するしかない。

ビワの葉とカミツレをコップに入れて、私は飲めないけれど勝手に宿屋の主が持って来た酒をその中にそそぐ。


「本当は熟成する時間もいるし、とろみをつける薬もいるけれど、両方ないから、裏技よ」


魔力を込めながら男文字と女文字を組み合わせて文様にしたものをコップに筆で書き付けると、ボウッ、と光った。

ここのビワは枝ぶりも良く、力があり、カミツレも酒も良いものだったらしい。

そこに私のSランクの魔法だ。

どんなに高い化粧水を使っても届かない、お義姉さまの透けるような白い肌に憧れて私が編み出したものの一つ。

効果抜群の美白化粧水である。


「明日宿から瓶を分けてもらってまた作りましょう。今日の分は多目にできちゃったから、キャリンも使う?」

「その茶色い液で、何が起こるの?」

「まあ、見ててよ」


コップから化粧水を手のひらに取って、たっぷりと顔に何度もつける。


「……シミって、消えるのね」

「特別製だからね」


キャリンはおそるおそる化粧水を見ている。

使いたくないわけではなさそうだ。


「良かったら今日は私がつけてあげるわ」


と言うと素直に目を閉じ、黙り込む。

こうしていると確かに整ったきれいな顔だ。

余計なシミなんか駆逐してやろう。

薄い紙を適当に破って目と鼻の穴と口の部分に穴を作り、コップの化粧水に浸してその紙をキャリンの顔に乗せた。


「な、何?!」

「こうすると効果が上がるのよ。少しの間、黙っていて」


不思議な沈黙が落ちて、時間を持て余した私はキャリンの荒れた手にも残った化粧水をつけて揉んだ。

キャリンの表情は見えないけれど、文句を言わないということはイヤじゃないということだろう。

手を揉み終わった後で紙を取ると、確かにシミの薄くなったキャリンがいた。


「手鏡があるわ、見てみて」


手渡すと自分の顔を見たキャリンが


「美形で評判だった若いころの叔父さんにそっくり」


とつぶやいた。

自分の顔を知らなかったのか。


「こんなよく写る鏡を見たことがなかったの。ええー、若返っちゃってない?」

「確かにね。効果の高い化粧水はたまにそうなるらしいわ」


私が真面目にうなずくと、さらにキャリンは手をまじまじと見る。


「荒れていた手が全然痛くない……あかぎれやささくれがないわ。何の魔法?」

「Sランクの美の魔法よ」


大げさでも冗談でもない。

お義姉さまに近づきたいと研究に研究を重ねた私の努力の結晶だ。

キャリンが真面目な顔になる。


「あなたの護衛、王都についても続けさせてもらえないかしら?契約の更新は王都の冒険者ギルドでするとして、報酬の一つにこの化粧水を加えて欲しいの」


これ以上はないという美形のキャリンにですら、美への執着はあるのか。

それともあかぎれとささくれが嫌なのか。

とにかく契約の更新は嬉しい。

残っていたコップの化粧水をもう一度お互いで顔に塗り、一緒に歌ってキャリンが舞うと、もう寝る時間だった。


「不思議ね、身体が不思議に軽いのよ」

「自分で走らないからじゃないの?」

「竜の上はむしろ気持ちが疲れるわ」


灯りを消して、自分の髪の毛がゴワゴワなのを思い出す。


「キャリン、ミツロウは持っていたかしら?」

「荒れた手につけるためのミツロウなら持っているわ」

「明日、それを、ちょうだい……」


いいわ、という声が聞こえたような気がする。

私は突き落とされるように眠りに落ちた。



***



翌朝、宿に頼んで上等の食用油と酒、ちょっと大きな瓶2つと小さな瓶を分けてもらった。

大きな瓶ひとつは昨夜と同じ手順で化粧水を作って入れる。

お茶の箱の減り具合を確認した使用人に


「花のお茶が欲しいのならばバラもございますよ」


と言われて遠慮なくもらってこれでも同じ手順で化粧水を作る。

さらに別のコップにカミツレを入れ、ひたひたになるくらいに食用油を注ぐ。

魔力を込めながら男文字と女文字を組み合わせて文様にしたものをコップに書き付けると、ボウッ、と光った。

この油から布を使ってカミツレをこして取り除き、時々魔力を込めた文様を書きながら小さな瓶の中でミツロウと混ぜ合わせる。

キャリンが持っていたのは幸いなことに精製されたミツロウだったので、作業が楽にすんだ。

S級魔法入りの整髪料の完成である。

自分の髪につけてみると、ゴワゴワだった髪がしっとりとまとまって、つやが出るのが分かった。


「小指の爪くらいの量を手のひらに広げて温めてから髪全体につけるのよ。キャリンもやってみる?」


キャリンはもう抵抗がなくなってきたのだろう、迷いもせず同じように髪につける。

髪は大事だ。

キャリンの美貌がぐんと増した。


「整髪料って、もっとベタベタガチガチするものだと思ってた」


私は深くうなずく。

この整髪料はミツロウと食物油の量を調節すればもっとベタベタにもゆるゆるにもできる。

買い集めた整髪料で逆に傷んでしまった自分のふわふわの髪を、何とかお義姉様のように巻いてまとめたくて工夫したものだ。

整髪料というより、髪の栄養剤のようなものかもしれない。

ハポンでは直毛をまとめるのが昔から美しくて良いとされているが、ここメーユ王国はふわふわの髪のままで過ごす人も少なくないようだ。

見慣れればかわいいと感じる。

ムリヤリくくって髪に変な癖をつけるより、こちらの方が私には似合うだろう。


「あとはお化粧品だけど、こればっかりは首都で流行を確認してからじゃないと」


首都までのあと数日、景色は楽しめないが、日焼けしないように防寒具を頭からかぶって竜に乗り、夜はキャリンと化粧水をつけて歌って踊って過ごした。

なかなか悪くない旅路だったのである。

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